第115話 犠牲と代償
「え、えっ!? どういうことですか!? 『アイツ』を拘束する鎖が切れたなんて、あの時は言ってなかったじゃないですか!」
私は全身に冷や水を被せられた思いをしながらも、震える声でディーバ先生に問い質す。
「あの時は、マルティナ君がいたから、鎖の事まで説明出来なかったのだよ…」
「そんな… 『アイツ』の鎖がまた一本千切れたなんて…先生…先生の力でどうにかする事は出来ないのですか?」
私は、ディーバ先生に向かって前のめりになって、訴えかける。
「…だから、先程、君に魔法陣を使って術を施したのだよ」
「えっ?」
一瞬、私は耳を疑った。
「先程の魔法陣は、私の瞳の封印を解くためのものではなかったのですか?」
「違う…君を騙すような事をして申し訳ない…」
ディーバ先生は少し顎を引いて、頭を下げるような仕草をする。
「そうだったのですか…でも、それならそうといって下されば良かったのに…でも、先生はあの存在を封じる手段を見つける事が出来たのですね」
瞳の封印を解く事はできなかったが、それよりも最優先事項の『アイツ』の封印が出来たのであれば、喜ばずにはいられない。もう私は『アイツ』から解放されるのだと思った。しかし、そんな喜ばしい状況であるのに、先生とそして後ろの女官も重々しい表情をしている。これは何かがおかしい…
「先生?…本当に私に憑りつく存在を封印する事ができたのですよね?」
不安になった私は、先生に確認するために尋ねる。
「違うんだ…違うんだよ…レイチェル君…」
先生はそう言って、顔を伏せて、私と顔を合わせない。
「な、何が違うのですか? 教えて下さい!ディーバ先生!」
私の不安は増大して、自分に施された施術が恐ろしくなってくる。
「レイチェル君、君は以前にその存在の目的を話してくれたね… それが解放された暁には、巨大な存在になって現世に出て来て、君の知人を中心に人々を虐殺して回ると…」
「はい…夢の中で見た光景ですが、やけに生々しく現実のものしか思えなかった事を先生にお話しました…」
あの時、先生は私の夢の話なのに、真剣に聞いてくれた。
「その時、私はその夢は単なる夢ではなく、全ての鎖が切れた時にはそれが現実になると告げたね」
「はい…そう仰いました…」
先生は目だけをぎろりとこちらに向ける。
「そうなっては困るのだよ…レイチェル君」
「はい?」
「私はこれでも公爵家のはしくれで、帝国臣民の一人だ。その私が帝国崩壊の危険性を看過することは出来ないのだよ…」
先生はそう言って再び目を伏せる。
「一体、何を仰りたいのですか?」
私は何だか悪い予感がして、身体が震えてくる。
「…君に施した魔法陣は…君に憑りつく存在が鎖を全て引き千切り、解放された時に…」
ディーバ先生はゆっくりと顔を上げ、私を見据える。
「君の心臓の鼓動を止めて、君を死に至らしめるものだ…」
「!!!!!」
私は先生のその言葉を聞いた瞬間、胸の鼓動がドクン!っと大きく響き、息が詰まる。
「君には大変すまないと思うが、公爵家の人間として、帝国臣民の一人として、帝国の為、帝国の人々の為に、奴の解放を許すわけにはいかないのだ…」
先生はそう言って、まるで謝罪か贖罪でもするように再び頭を下げて伏せる。
「だから、その魔法陣は、奴が解放された時には、君に死をもたらして、君ごと奴を次の転生に送る為のものなのだよ…」
確かに前の人生で、私に憑りついていた『アイツ』は、私が死んで転生しても、私に付いてきた。だから、再び私が死ねば、私はこの世界から離れて、別の世界に転生し、『アイツ』もその世界についてくるだろう。
また、先生の言っている理屈も分かる。もし『アイツ』が解放されることがあれば、この世界の人々は死に絶えるかもしれない。その時の打開策として、『アイツ』の目的を考えるのであれば、私を殺すのが一番である事も分かる。
『アイツ』の目的は、私の知人や友人、人々を虐殺して回って、それを私に見せつけ感じさせるのが目的であるのだから、私がいなくなれば虐殺して回る意味もない。
だから、先生の言い分も分かるし理解もできる。でも…でも…納得はできない。
「酷い…酷いじゃないですか…」
私は自然と言葉が漏れていた。
「私…先生を…先生を信じていたのに…こんなことをするなんて…」
私は膝の上の手を握りしめる。爪が食い込んで血が滲みそうなぐらいに握りしめる。
「あんまりじゃないですか!!! 酷い!! 酷すぎますよ!! 先生!!!」
私は高ぶる様々な感情に歯止めを掛けず、先生に罵声を浴びせる。
しかし、先生は俯いたままで何も答えない。
「どうして!! どうしてなにも答えてくれないのですか!!! 先生!!!」
私はそんな先生に更に罵声を浴びせ続ける。
「お黙りなさい!!!」
すると、先生の後ろの控えていた女官が声を上げる。
「ノイン、やめなさい!」
ようやく先生が顔を上げ、女官を制止する。
「いいえ、ディーバ様!! 言わせてください!!!」
女官はディーバ先生の制止を振り切り、私の前に立ちはだかる。
「貴方!!! ディーバ様が何も思わずにそんな事をしたとでも思っているの!!!」
「……」
私は女官の勢いに押されて、言葉を返すことが出来ない。
「やめなさい! ノイン! 止めるんだ!!」
ディーバ先生が再び声で女官を制止する。
「ディーバ様は、貴方に魔法陣を施すに当たって、悩み、苦しみ、考え抜いた上で、ディーバ様お一人が全ての責任を取る形で決断されたのよ!!!」
怒声をあげる女官は怒りの表情をしているが、何故だか瞳を涙で潤ませている。
「せ、責任を取るって…どう責任を取るお積もりなのですか!」
私も女官に言い返す。人の命を奪う責任なんて取れるはずがないからだ。
「ディーバ様は、貴方をただ殺して世界を救うお積りではないの!! ディーバ様はね…ディーバ様はね…自分の身体と魂を鎖に変換したうえで、その存在を拘束して、貴方を殺すのよ!!!! これがディーバ様の責任の取り方なのよ!!!」
「先生は…自分自身を鎖に…!?」
あまりに衝撃的な話に、頭が真っ白になる。
「そうよ!!! その存在が解放された時に、まず一番にディーバ様が鎖になって、再拘束を試みて、それでダメなら、貴方の心臓が止まるようになっているの!!! 貴方が先に犠牲になるんじゃない! ディーバ様が先に犠牲になるのよ!!!」
「ノイン…どうして言ってしまったのだ…」
ディーバ先生は消沈した声で女官に言う。
「ディーバ様…私の気持ちも察してください…私はディーバ様の切願を受けて、ディーバ様がこの世界を守るためにその身を犠牲にされることを承諾して、その魔法陣を私の手で描きました。そのディーバ様が悪し様に言われたままでは、私が行った行為までその意味が穢されてしまうではありませんか…私がどんな想いをして書きあげたとお思いなのですか?…」
女官は今度はディーバ先生に向けて、涙を流しながら訴えかける。
「すまん…ノインにも辛い想いをさてていたのだな…」
ディーバ先生は再び詫びを入れる様に項垂れる。
「先生…」
私は呆然としながら口に出していた。
「なんだ、レイチェル君…」
先生は少し顔を上げる。
「私、帰っても良いですか?…」
もう私はなにも考えられなくなっていた。
「相談事もあったのでは…いや、このような状況下で出来る訳がないな…」
先生は再び、顔を伏せた。
「では…私、帰ります…」
私は夢遊病にでもなった状態で先生の部屋を後にした。
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