第114話 施術

 神聖魔法の授業が終わった後、教科書を持って教室から立ち去ろうとするディーバ先生を呼び止める。


「ディーバ先生、少しよろしいですか?」


「なんだね、レイチェル君」


 なんだろう、今日のディーバ先生は表情が少し硬いような気がする。


「その、治療魔法についての相談があるのですか」


「ふむ、どういうことかね?」


 そこで私は、名前は出さなかったが、トゥール卿の心臓の持病について話をした。


「ふむ、なるほど、心臓の持病か… 今、ここで答えるのは時間が掛かるな、また放課後に私の事務室に来なさい」


「わかりました。放課後にお伺いいたします」


 そう答えると、先生は素っ気なく教室を去っていく。


 なんだろう、ディーバ先生のあの素っ気の無さは…私はまた何か忘れているだろうか?以前の実家での転移魔法陣の設置工事の件は連絡済みである。色々な事があったからもう時間が空いているように思えるが、マルティナの事件の事で少し警戒されておられるのかもしれない。


 とりあえずは、放課後に先生の所に行って、トゥール卿の事を相談して、そして、そろそろ実家の工事に立ち会う事も打ち合わせしなくてはならない。それが終われば、またマルティナが新しいお菓子を準備して待っていてくれる。


 私は今日の予定に色々と思いを馳せながら、授業を終わらせ、一人、先生の待つ礼拝堂の事務室へと向かった。



 私はいつもの通り、先生の事務室の扉をノックする。


「ディーバ先生、レイチェルです」


「入り給え」


 入室許可の返事が素っ気ないのはいつものことだ。私はいつも通りに扉を開けて入室すると、そこにはいつも通りではない状況があった。いつもは先生が一人であるが、今日は先生の隣に女官がいる。礼拝堂の職員であれば、ほとんどの人を覚えているが、この女官の姿は見たことがない。


 下級職員のような質素な服装ではなく、そこそこ高位の服装をしている。この女官はいったいだれなのであろう。


「レイチェル君、ソファーに掛けたまえ」


「は、はい」


 私は戸惑いながらも、いつものソファーに腰を降ろす。しかし、先生は事務机の所に座ったままだ。


「そう言えば、前に瞳の封印の解除について話をしていたね」


「解除できるようになったのですか?」


 先生の思いがけない言葉に私は少し浮ついて答える。


「では、その、少し胸元を開いてくれないか」


「はい?」


 先生がそう言うと、先程の女官の方が、先生と私の間に進んできて、先生と私を隔てる敷居の様に立つ。


「大丈夫ですよ、私が間に立って見えないように致しますので」


 女官は私に優しい声で話しかける。


 私は唐突で訳が分からなかったが、女官の優しい声に安心して、胸元を開くため、シャツのボタンを外し始める。


「そこまででいいですよ」


 鎖骨から少し下あたりまで、広げて見せられるぐらいボタンを外した所で、女官から制止が掛かる。


「両手でシャツを開くようにしておいて貰えますか? あと、少しくすぐったいので我慢してください」


 私は言われるがままに自分で胸元を開くようにしていると、女官が小さなガラス製のインク壺とペンを取り出す。


「少々時間が掛かるので、背もたれにもたれ掛かって楽な状態でいてください」


 私は、女官のいう通りに少し背もたれに寄り掛かる。すると、女官は赤黒いインクをペンにつけて何やら私の胸元に書き始める。


 最初は顔を引いて何を書いているのか見ようとしたが、私の顎が邪魔になるので、顎をあげて邪魔にならないようにした。


 女官の作業は結構な時間を要した。その間、私はどうして瞳の封印を解くのに胸元に細工を施すのであろうかと思いながらいた。最後に女官が私の胸元に手をかざし、少し胸元が暖かくなる。


「はい、終わりましたよ。もう頭を戻しても大丈夫です」


 女官がそう告げたので、私は顔を戻して胸元を見ると、私の胸元には精密な魔法陣が描かれていた。


「大丈夫です。呪文を唱えて魔法陣が起動すれば、魔法陣は見えなくなるので大丈夫です」


 私は女官の言葉にほっとする。いくら瞳の封印を解くといっても、胸元に入れ墨のようなものが残るのは困る。私だって乙女なのだ。


「あとはこれを首から下げてもらえますね」


 そう言って女官は私の首から首飾りをつけて、飾りの部分が丁度魔法陣の上に来るように調節する。


「はい、もう手を戻しても大丈夫ですよ。でも、ボタンを止めるのは後にしてください」


 私はシャツを広げていた両手を放して、夏場に胸元を開いている様なちょっと行儀が悪いような状態のままでいる。


「ディーバ様、準備が終了いたしました」


 女官はディーバ先生に振り返って声を掛ける。


「ご苦労だ。ノイン」


 ディーバ先生はそう答えると、椅子から立ち上がり私の前までやってくる。流石にディーバ先生と言えども胸元を開いたままで見せる訳にはいかない。私は手で胸元を押さえる。


「レイチェル君、呪文を唱える間は目を閉じているので、その間は広げておいてくれないか」


「わ、分かりました…」


 私が小さく答えると、ディーバ先生は私の胸元に手を翳す。手を翳すなら手が邪魔になって見えないので、私は押さえていた手をどける。


「それではこれより、魔法陣の起動を開始する」


 ディーバ先生の声が部屋に響く。


「Reagiert auf meine Stimme, Leute in der Welt der Weisheit.」


 ディーバ先生は約束通り、瞳を閉じて呪文を詠唱し始める。


「Aktiviere den magischen Schaltkreis.」


 私の胸元に描かれた魔法陣が仄かな光を発し始める。


「Dieser magische Kreis ist, wenn das schreckliche Wesen dieser Person, die von der Seele zurückgehalten wird, freigesetzt wird.Verwandle meinen Opferkörper und meine Seele in Ketten, bändige ein neues und furchteinflößendes Wesen,」


 今日の呪文はなんだか長い…


「Stoppen Sie den Herzschlag dieser Person und bringen Sie den Tod.」


 先生が最後に熱の籠った呪文を唱えると、私の魔法陣が凶暴な光を発した後、光と共に描かれた魔法陣も消えていく。


 ディーバ先生は翳していた手を放して、少し苦しそうに息を整える。そして、私の前に女官がやってきて私の胸元を確認する。


「ディーバ様、成功です。魔法陣は起動して埋め込まれました」


 女官は先生に振り返って言葉をかける。


「そうか…」


 先生は短く答えると、私の前のソファーに疲れた身体を預けるように座り込む。


「もう胸元は閉じてもいいわね」


 そういいながら、女官は私のシャツのボタンを止めていってくれる。


「あ、ありがとうございます。私の為に」


 私が女官に労いの言葉を掛けると、一瞬、女官の顔に眉間に皺が寄る。


 彼女はシャツの最後のボタンを止めると、すっと立ち上がり、ディーバ先生の後ろに回った。


 私は座ったまま、ディーバ先生とその女官の姿を見るが、私の目に映るのはいつもと同じ景色である。二人の周りに魔力のオーラが見えている事はない。


「あの…ディーバ先生、施術をして頂いたのですが、魔力が見える気配がありません」


 二人がせっかくあれだけ色々してくれたのに、何も見えないので申し訳なさそうに告げる。


 先生は、疲れた身体の身なりを直して、私に向き直る。


「その前に、君に話しておかなければならない事がある」


 先生は凄みのある声と表情で私に話す。


「な、なんでしょうか?」


 私はその凄みに少し気圧され気味に答える。


「マルティナ君の事件の時だ。鎖が一本千切れたのだよ」


 私の血の気が一瞬で引いていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei


ブックマーク・評価・感想を頂けると作品作成のモチベーションにつながりますので

作品に興味を引かれた方はぜひともお願いします。


同一世界観の作品

異世界転生100(セクレタさんが出てくる話)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054935913558

はらつい・孕ませましたがなにか?(上泉信綱が出てくる話)

https://kakuyomu.jp/works/16816452220447083954

もご愛読頂ければ幸いです。

※はらついの次回は現在プロット作成中です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る