第106話 親子を繋ぐもの

「しかし、レイチェル嬢、どうして私に協力してくれる気になったんだい? 君はオードリーの友人であるのだろ?」


 書店に向かう馬車の中でトゥール卿が私に問いかける。


「そうですね…私は確かにオードリーの友人で、彼女の事を信頼しておりますが、同様に私はトゥール卿をどこがとは言葉にしにくいですが、信頼に足る人物であると思っております。なので、私の信頼するお二人が行き違っている様に思えるので、出来れば互いに理解し合えて友好的な関係になればと考えております」


 私の言葉はトゥール卿の胸に通じたようで、いつもの柔らかな笑みを浮かべる。


「私の娘は本当に良い友人を持ったものだ。こんなにも私と娘の関係を真摯に考えてくれる人物が娘の友人だと思うと、私まで嬉しく思うよ…だが…」


「なんですか?」


 私は首を傾げて尋ねる。


「最後には、私と娘の間ではなく、娘の側に立っていて欲しい… その方が老い先短い私より、末永い将来がある娘の方が有益だと思う」


 この言葉を聞いて、やはり私の見立ては間違っていなかったと思う。自身の娘と仲良くしたいという想いよりも、娘の将来の事を考える人物である。だからこそ、二人のもつれた関係が改善されて、仲の良い親子になって欲しいと心から思った。


「そうですね…でも、最後には、みんな一緒に同じ側に立てたら、もっと素晴らしいとはおもいませんか?」


 トゥール卿は私の言葉に最初は目を丸くするが、徐々に幸せそうに目を細めていく。


「あぁ、そうだね…そうだね…その方がいい! 本当に娘は良い友人を持った…ありがたい…ありがたいよ…」


 私は自分自身で、何故このトゥール卿を信頼しているのであろう、何故、この人をにこやかにしてあげたいのであろうと思ったのかを考えた。


 そして、ようやくその答えが分かった気がする。私はこのトゥール卿に理想の父親像を重ねていたのだと思う。前世での玲子時代の父親は父親としても、そして人としても私の瞳から見てとても慕えるような人物ではなかった。そんな父親に飢えていた私が想像していたのが、このトゥール卿のような娘の為を想える人物なのであろう。


 そんな事を考えていると馬車が停車し、書店前に到着したことを告げる。


「さぁ、レイチェル嬢、足元にご注意ください。僭越ながら私がエスコートさせて頂きます」


 先に降りたトゥール卿が御者に変わって私が馬車から降りるエスコートをしてくれる。


「トゥール卿の様な、私よりも年上の上位の御方にそんな事をさせられませんわ」


「いや、いいんだよ。私は君にお礼をして尽くしたい気分なんだよ。私の娘の大切な友人の為に…」


 本当にこの御方は娘の為に何かしてやれる事が好きなのだと思う。私もここまで言われると、その申し出を無下にはできない。


「で、では…お言葉に甘えさせていただきます、トゥール卿」


 私はトゥール卿の手をとって馬車の階段を降りていく。ちょっと、オードリーの父親を横取りした気分であるが、少しぐらいであれば許されるであろう。


「では、レイチェル嬢、書店の中へ参りましょうか?」


「はい、参りましょう、トゥール卿」


 私たちはそう言葉を交わして書店の中へと進んでいく。


「それで、娘のオードリーがお気に入りの本はどれのことかね?」


「はい、オードリー様は私とマルティナの三人でお喋りをしている時に、『りぼんのナイト』を読みたがっておられました」


 私の言葉にトゥール卿は、すぐに閃いたような顔をする。


「あぁ!オードリーが小さな子供の頃に買い与えた本の事だな」


「ご存じだったのですか?」


「あぁ、いつも読んでいたからいつの間にボロボロになって捨てられてしまったようだ。だが、あの本のお陰でオードリーは演劇の道に進む切っ掛けになったかも知れないな」


「どの様な内容だったのですか?」


 私は気になったので尋ねてみる。


「何度も読み聞かせをせがまれて今でも内容を覚えているよ。ある王国で跡取りの王子が必要なのだが、姫が生まれてしまい、仕方なく、王と女王が王子として育てていく話で、その主人公の姫が、りぼんを付けた騎士のように活躍するお話だよ」


 これって、あの大先生のお話と酷似しているような気が…また、日本人転生者の所業であろう。


「うふふふ、確かにそうですね、オードリー様は今、オペル座で男装をした令嬢の将校の役を演じられておられます」


 オードリーは小さな頃から男役に憧れていたと思うとなんだか笑みが湧き出てしまう。


「あぁ、私も一度自分で見てみたいものだよ…」


 そう言ってトゥール卿は寂しい目をなさる。そうか、嫌われていると思っているから、邪魔にならないように、未だにオペル座でのオードリーの公演を見ておられないのか。


「では、早速、店員に本がどこにあるのか聞いてみましょうか」


 私は落ち込んだ空気を変える為に、話を切り替える。


「あぁ、そうだね、探し出してオードリーにプレゼントしてやらないと」


 今までは嫌われて公演を見る事ができなかったが、プレゼントをして関係が改善されれば、直接自分の目で公演を見る事ができる。そう前向きに考えてもらえたようだ。


「店員さん、少しよろしいですか?」


 私は近場で本の平積みをしていた店員に声を掛ける。


「はい、なんでしょう、お客様?」


「『りぼんのナイト』と言う本を捜しているのですが…」


「あぁ、『りぼんのナイト』ですね、何版をご所望ですか?」


 私はその店員の言葉に目を丸くして、トゥール卿に顔を向ける。


「その…何種類もあるのかね?」


 トゥール卿も一種類しかないと思っていたので動揺しながら尋ねる。


「はい、先ず小さなお子様向けの絵本版。それをコミカライズした初期コミック版、そのリメイクの新コミック版、その後の話を記した双子版と四種類あります」


「あの…話に続きがあるのか…」


 トゥール卿がポツリと呟く。


「はい、双子版の事ですね、ヒロインが結婚して出来た二人の子供の話です」


「そうか…そうか、あのヒロインは結婚して子供が産まれたのか…」


 トゥール卿がそう口にした時に、店員はネタばれをしてしまってしまったと思った顔をした。


「あのやんちゃなヒロインが結婚して子供をつくるか…物語の中の人物も成長するのだな…」


 どうやら、トゥール卿は物語のヒロインと自分の娘のオードリーと重ね合わせて想い耽っているようだ。子供だった娘が少女となり男装して活躍し、その後、オードリーにはまだ訪れていないが、結婚して子供を成す。


「それで…お客様、どの版をご購入なされますか?」


 先程のネタばれがあるので、店員は遠慮しがちに尋ねてくる。


「全部だ…」


「えっ?」


「全部、購入したい。持ってきてくれるかね?」


「はい! 喜んでお持ちいたします!!」


 トゥール卿が全て購入すると告げたので、店員は憂いが吹き飛んで大喜びで店内に目的の本を捜しに行く。


「あぁ、娘に渡す前に、無性に私の方が先に読みたくなってきたよ」


 トゥール卿はやはり、続きの話が気になるのであろう。娘と重ね合わせて見ているヒロインがどの様な未来を送るのかを渇望する思いで見たがっているのが分かる。


「そうですね、先に読んでも罰はあたらないと思いますよ」


 私は微笑んで答える。


「お待たせいたしました!お客様! こちらになります!」


 そういって本を捜しに行っていた店員が戻ってきて、トゥール卿に本を差し出す。


「あぁ!これだ!これ! この絵本が私が娘に買い与えた物と同じだ!そして、こちらは娘が少し大きくなってから、書店で強請ってきたものじゃないか」


「あぁ、それは旧コミック版ですね」


 店員が答える。


「ありがとう!君! 私の欲しかったものが揃ったよ! こんなに嬉しく思うのは久しぶりだよ!」


 感情の高ぶったトゥール卿は大げさに礼を店員に告げる。


「いえいえ、これが私どもの仕事ですので…」


「では、早速会計を頼む!」


「ふふっトゥール卿、本は逃げませんよ」


 会計を急かすトゥール卿に私は笑いかける。


「ははっ、あまりにも嬉しすぎて、なんだか怖いぐらいだよ」


「でも、本当の幸せはその本をオードリー様に手渡せてその笑顔が見れた時ですよ」


 そうして、会計を済ませて店を出ようとしたときに、トゥール卿が立ち止まる。


「どうされました?トゥール卿」


 私は振り返ってトゥール卿に言葉を掛けるが、トゥール卿は青い顔をして胸を掻き毟っていた。


「トゥール卿!? どうされました!! トゥール卿!!」


「む、胸が… がはっ!!」


 トゥール卿は本を抱えたまま床に崩れ落ちた。


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