第105話 親の姿

 学園の授業が終わり、私はその後で学園の外に出てオードリーのいるオペル座へと向かっている。それというのは、時間のあった日にマルティナもシャンティーもいないマルティナの家でオードリーは途方に暮れて、仕方なくオペル座の一室で宿泊をしたそうである。


 なので、もうマルティナの家に戻って良いことをオードリーに伝えなくてはならないが、いくら実行犯が死んだ後だと言っても、マルティナ本人が行くわけにもいかないし、メイドのシャンティーもマルティナの側から離れようとしないので、私が伝えに行くことになったのである。私自身はあの男たちの話から、まったく目標にはなっていないようだったので、学園の外にでても無事であると思われる。


 ちなみにエマに頼んだり、付き添って貰おうとも考えたが、あの事件で私の制服が一つ使えなくなったので、急遽出来合いの物を仕立て直してもらっている。裁縫仕事までできるとはパートタイムメイドとは言え、かなり優秀である。ここの学園生活が終わっても、私の専属メイドとして実家に連れて帰りたいと思う。


 そんな事を考えていると私の乗っていた駅馬車がオペル座前に到着したので、私は駅馬車を降りてオペル座前に降り立つ。するとオペル座前に見覚えのある人物を見つける。


「あの…書店でお会いした御方ですよね?」


 私はその人物に声を掛ける。


「あぁ、君は書店で私を手助けしてくれたお嬢さんだね。こんな所で会うなんて奇遇だね」


 やはり、書店であった貴族男性で、オードリーの話が正しければ、この御方はオードリーの父親であるはずだ。


「今まで自己紹介をせずにもし分けございませんでした。私はレイチェル・ラル・ステーブと申します。貴方様はオードリー・ミール・トゥール様のお父上とお見受けしますがいかがでしょうか?」


 私は、貴族紳士に対する作法のカーテシーで挨拶する。


「あぁ、すまない、私はメル・ミール・トゥール。お嬢さん…いや、レイチェル嬢の言う通りにオードリーの父親だよ」


 私が自分を知る人物だと分かったのでトゥール卿は少し戸惑いながらも柔らかい笑顔で答える。


「ところで、私がどうしてオードリーの父親だとわかったのかね?」


「はい、それはオードリー様から、その…本の話を聞きましたので…」


 私がそう答えると、トゥール卿は照れ笑いとも苦笑いともとれる笑みを浮かべる。


「それよりもトゥール卿こそ、どうしてこちらへ?」


「あぁ、そうだね…君にはなんでも相談に乗ってもらっているから、話しても構わないだろう」


 トゥール卿はコホンと咳ばらいをして、私に顔を近づけて話し出す。


「君も知っているとは思うが、今、オードリーは家出をしていてね…でも、実はその家からオードリーがジュノー家のマルティナ嬢の所に泊まっていることは知っていたんだよ」


「えぇ!? そうだったのですか?」


 オードリーの計画がバレバレだった事に驚く。


「あぁ、そうでなければ家の力を使って捜索していた所だよ。友人のジュノー家の当主にオードリーが家出したことを相談したら、マルティナ嬢のメイドから連絡してくれていたのだよ。だから、私はオードリーが落ち着くまでマルティナ嬢の所で寝泊りすることを見逃していたんだよ」


 親と言う字は、木の上に立って見ると書くように、このトゥール卿はオードリーの事を密かに見守っていたのか。


「でも、昨日の夜に連絡がなかったので、心配になって調べて見たら、ここで寝泊りをしていると聞いてね、心配になって見に来たんだよ」


「…という事は、オードリー様がオペル座で役者として仕事をなさっている事もごぞんじなのですか?」


「あぁ、知っているとも、娘は子供の頃に演劇を見せてから演劇が大好きになったからね、役者の練習もいっぱいしていたよ。娘が望むならこのまま演劇の仕事もさせてやりたい…」


 これは一体どういうことなのであろう…オードリーの言っている事と全く違う。オードリーの言葉では、トゥール卿はオペル座で寝泊りする事も、働く事すら許していないといった感じだった。


 しかし、今トゥール卿から話を聞く限り、そんな素振りは一切感じられない。それどころか、オードリーが望むのであれば演劇の仕事も続けさせたいと思っている。


 そもそも、書店で演劇の話である『ガラスのマスク』を買う事も、娘の演劇を許していないなら、あんなものは買わないし、読んだり、話しかけたりもしないだろう。


 私の前では良いように言っている可能性もあるが、私の見る限り、このトゥール卿は嘘を並べ立てられる様な人物には思えない。


 では、オードリーはこのトゥール卿の浮気が原因で母が逃げた事の一点だけで、蛇蝎のように父親であるこのトゥール卿を嫌っているのだろうか。


「レイチェル嬢、どうかしましたか?」


 考え込んでいた私に、トゥール卿が心配して声を掛けてくる。


「いえ、少し考え事をしておりました。申し訳ございません」


「いやいや、いいよ。それよりもレイチェル嬢はどうしてここに?」


「あっはい、それはトゥール卿と似たような事です。マルティナ嬢が自宅に戻ったので、その事をオードリー様にお伝えに来たのです」


「あぁ、それは私の娘の為に君の様な御令嬢に使用人の様な事をさせて、大変申し訳ない」


 トゥール卿はそう言って私に頭を下げようとする。


「いえいえ、謝罪は結構ですよトゥール卿、私自身もオードリー様の友人でございますから、これぐらいの事は当然ですよ」


 そう言って、トゥール卿が頭を下げるのを制止する。


「それよりも一つ、トゥール卿にご相談事と言うかお願い事があるのですが、よろしいでしょうか?」


 私はある事を思いついたので、トゥール卿に少しお願いをしてみる。


「はて、なにかね?」


「これから一緒に書店へと行きませんか?」


「…書店かね?」


 私の言葉にトゥール卿は目を丸くする。


「はい、私、オードリー様から好きな本のタイトルを聞きまして、トゥール卿もプレゼントに新しい本を捜しておいででしたから丁度良いかと」


 私の言葉を聞くとトゥール卿は嬉しそうに顔を綻ばせる。


「あぁ、私の以前の話を覚えてくれていたのだね、しかも娘から好きな本の話を聞き出してくれるなんて、なんてありがたいことだ」


「いえいえ、私が本人の気に入るものをプレゼントした方が良いと言い出したのですから当然の事ですよ」


 私はトゥール卿に微笑んで返す。


「では、私の家の馬車を用意するのでご同行願えますか? レイチェル嬢」


 トゥール卿は丁寧な令嬢をエスコートする作法を私に向ける。


「えぇ、喜んでご同行いたしますわ、トゥール卿」


 こうして、私とトゥール卿はオードリーに話をする前に書店へ向かう事となった。



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