第103話 マルティナが見えた訳

「先生…いつからそこに?」


 私は全く、ディーバ先生の存在に気が付かなかったので、思わず尋ねてしまう。


「あぁ、マルティナ君の叫び声が聞こえたのでな、何があったのかと心配になって駆けつけたのだ」


 確かに、あれだけ大声で泣けば、何事かと思うだろう。


「そうでしたか、それで…あの後どの様な事になったのでしょうか?」


 私が尋ねると、先生はすぐには答えず、一度チラリとマルティナの方を見る。


「その前にだ、マルティナ君にレイチェル君の事を詳しく説明してもいいか?」


 私もその言葉を聞いて、マルティナを見る。すでに彼女は私に憑りつく存在を見て、そして、私の為に尽くしてくれた。なのに、マルティナに私の事情を話さない訳には行かない。


「分かりました。私からマルティナに詳しく事情を説明します」


 私はマルティナに真剣な目をして向き直る。


「マルティナ、私の話を聞いてくれる?」


「うん、レイチェル、貴方には何か深い事情があるのでしょ?あの時のアレもその事にかかわっているのでしょ?」


 マルティナも真剣な目で私を直視する。


「えぇ、そうよ、だから話すわね…」


「うん…」


 そして、私はマルティナに私の前世からの話を伝えていく。前世の玲子時代から、私には途轍もないモノが憑りついている事、それは並大抵のものでは対処できない事、前世で死を迎え、この世界に転生してきてもついてきた事、『アイツ』は何かの鎖で私の魂に繋がれている事、その鎖が全て千切れて開放されてしまうと、『アイツ』はこの表の物質世界に出て来て私を取り込み、私に見せつけながら関係者を虐殺していき、行く末は世界の人々を抹殺していく事である。


 開放された時に関係者を殺して回る事を言うのは躊躇われたが、それでもマルティナなら受け止めてくれると信じて話した。


「レイチェル…貴方、とんでもないモノに付きまとわれているのね…ストーカーなんて目じゃないじゃない、転生しても追いかけてくるなんて…どうしてそんなものにつきまとわれているのよ?」


「それは分からないわ、今回の転生では運よく前世での記憶を保てているけど、普通の転生では前世の記憶は残らないから、前世よりもっと前の人生で『アイツ』に相当恨まれることをしたのでしょうね…」


 私自身は思い出せないが、何代も前の自分が、『アイツ』に対して転生しても許す事の出来ない悪行をしたのであろう。私は自分の罪深さに項垂れる。


「それでも何代にも渡ってストーカーするなんて、暇な奴よね、そんな後ろ向きな事に時間を費やすなら、もっと自分の為に前向きに生きたらいいのに」


「確かに私もそう思うわ、私なんかに構っていないで新しい人生でも送ればいいのにって、でもどうやら私の魂に鎖で繋がれている様だから、離れられないみたいね…そういえば」


 そこで、私はある事を思い出し、マルティナに向き直る。


「マルティナ、貴方、何時から『アイツ』が見える様になったのよ? 今までそんな素振りを見せなかったのに?」


「いや、あの時が初めてだけど、前にディーバ先生に教えてもらった魔力の視認方法を毎晩、寝る前に続けていたからだと思うけど… でも、ちゃんと見えたのはレイチェルがあの男に首を切られそうになって、あの男が暴れ出した時に黒いオーラみたいなのがレイチェルから吹き出して、その黒い固まりが私の顔に当たった時かな?」


「それは本当か!?」


 私たちの話を聞いていたディーバ先生が突然、声を上げる。


「えっ? はい…そうですけど」


 突然、声を掛けられて目を丸くしながらマルティナが答える。


「マルティナ君、少し私に目を見せてみなさい!」


 ディーバ先生は懐からいつものモノクルを取り出し、目に装着するとマルティナを手招きする。


「えっ? えぇぇ!? レ、レイチェルの前でですか!?」


「何故、レイチェル君の前ではいかんのかね?」


 ディーバ先生は眉間に皺を寄せる。


「いえ、なんでもないです…」


 マルティナはディーバ先生の威圧に押されて承諾する。


 ディーバ先生は、マルティナの顎に手を沿えると、以前の私の時の様に、瞳の中をモノクルで覗き込む。


「先生…一体、私の目がどうしたんですか?」


「黙っていなさい」


「はい…」


 そんなやり取りをしながらも、先生の診察は続くが、先生の眉間の皺はどんどん深くなっていく。


「分かった…もうよろしい…」


「はい…」


 先生から開放されたマルティナは開きっぱなしで乾いた瞳をパチパチとさせる。


「それでディーバ先生、急にマルティナの瞳を診察して、どうされたのですか?」


「…そう言えば、レイチェル君は自分の目であの存在を見たことが無かったのだな」


「はい…前世で知人が絵に描いて見せてくれた事がありましたが…」


 一番の当事者が見たことが無いというのはおかしな話だ。


「マルティナ君は、視認する事が出来たのだったな、あの存在の表面がどの様なものだったかおぼえているか?」


「えぇっと… 黒いのですが、ただ黒いだけではなくて、何というか…わさわさ?いや、何かうじゃうじゃと蠢いている様な感じでしたね…」


「そうだ、あの存在の表面は無数の黒い蛆虫の様な物が張り付いて蠢いている… あの存在が黒く見えるのはその為だ」


 先生のその話を聞いて、私は寒気の様なものを感じる。ただでさえ不気味なのに、無数の蛆虫が蠢いているなんて、生理的嫌悪が増していく。


「その蛆虫のような存在は、ただの虫ではなく…恐らく…人だったものだ…以前、私の手に着いた時も言葉を発していたのだ…」


「えっ!? あの黒いオーラ全てが人だったものなのですか!? だったら、物凄い数じゃないですか!!」


 マルティナが驚きの声をあげる。私は自分の目で見たことがないので想像がつかないが、恐らく相当な量になるのだろう。


「あぁ、恐らく数万…いや数十万の数にのぼるだろう… その一つがどうやら、マルティナ君の瞳に入り込んだようだ…」


「えぇぇ!!! 私の目の中に入り込んじゃったんですか!!!」


 マルティナは先生の言葉を受けて驚きの大声をあげて、目に手を刺し伸ばす。


「大丈夫だ、マルティナ君、君の中に入った個体は恐らく大人しい個体だったのであろう、既に君の中で溶けかけて消えそうになっている。安心しなさい」


 先生はそう言って、掻き毟りかけたマルティナの手を押さえる。


「えぇ…先生でも…」


「君に害をなすのであれば、私がすぐに除去するつもりであったが、もうすぐ消える。影響は君も霊的存在が見やすくなったぐらいであろう、それ以外に君自身も瞳に違和感を感じたりしないだろう?」


「確かにそうですが…」


 マルティナは諦めたように手から力を抜き、先生もそれを感じたのかマルティナの手を開放する。


「ディーバ先生…あの存在は人の魂を食い殺す恐ろしい存在なのに、それに無数に群がるその黒い蛆虫のような存在は一体何なのですか…?」


 話を聞いていた私は、新たな情報に戸惑いながらも先生に尋ねる。


「現状では私も詳しいことは分からない…ただ、以前、私が見た時には人の言葉を喋っていたのだ…しかもあの存在に対する敵意のようなものをな…」


「…あの存在は私の魂に鎖でつながれ、そして、その存在には数十万のあの存在に敵意をもった存在が憑りついている…ということなのですか?」


 訳が全く分からない…一体、何がどうなっているのだろうか…


「とりあえず、現状ではあの存在についてこれ以上の考察は出来ない…なので、あの後何が起きたかを説明していこうと思うがよいか?」


 先生が分からないと言うのだから仕方がない。私は先生の言葉に頷いた。



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