第102話 親友

 私は今、どこにいるのであろう。先生の呪文が聞こえた後、私の意識は暗転して途切れた。『アイツ』が出て来た時にはいつもの事であるが、あの時の状況を考えると、私は意識が途切れた方が良かったであろう。私やマルティナ、シャンティーに危害を加えようとした男達の惨状など見たくもない。


 薄っすらと感じ始める身体の感触から、私は柔らかい物の上に寝かされているようだ。きっとベッドの上であろう。その上、私の手に暖かさを感じる。心地よい安心できる暖かさだ。この感覚は前にも感じたことのある感覚だ。それは確か、前世での玲子の時代に、私が熱を出して魘されている時に、苦しむ私の手を母が握りしめていてくれた感覚と似ている。


 ということは、ベッドの上で横たわる私の手を、誰かが握りしめてくれているのであろうか…それは誰なのであろう。


 前世の母はこの世界にいる訳もないし、現世の母は未だに見たこともない。では、誰が私を案じて手を握りしめてくれているのであろうか?


「レイチェル…」


 あの空き家で意識だけがあって、声がハッキリと聞こえる状態とは違って、今は声は遠くに聞こえる。


「レイチェル…」


 再び私を呼ぶ声が聞こえる。声が段々近くになってきた。


「ねぇ、レイチェル…起きてよ…」


 まるで死者に訴えかけるような、泣き言の声だ。


「私は、突然にこの世界に転生させられた…」


 転生させられた? という事はマルティナなの?


「誰も知る人のいない世界で、貴方だけが同郷の日本人だったの…」


 あぁ、そうだ、私も転生してきたときは、一人で心細かった…


「でも、貴方がいてくれたお陰で、私は一人ぼっちにならなくて済んだの…だから、私は貴方から離れたくなかった、また一人ぼっちになってしまいそうで、貴方が自分の部屋に入りびたる私を置いてくれるのは、本当は凄く嬉しかったんだよ」


 そうか、マルティナは心細くて寂しかったから、ずっと私の部屋にいたのか…


「だから、レイチェル、起きて…起きてよ… 私をこんな世界に一人ぼっちにしないで…」


 明るく振舞っていたマルティナの胸の内が、こんなに寂しがり屋だったなんて思わなかった。でも、私はマルティナの…スズギ・マリコの力になれていたのね…


 そう思っていると、握られている手の暖かさが、手から腕、そして身体へと広がっていき、手に力が入るようになる。


 私は動かせるようになった手で、マルティナの手を握り返す。


「…レイチェル?」


 握り返す手にマルティナが反応する。私はそれに答える様に更に握り返す。


「レイチェル! レイチェル! 聞こえているの!?」


 マルティナの声と気配を顔のすぐ近くで感じる。


「…えぇ…マルティナ…聞こえていたわよ…貴方の声が…」


 私は戻ってきた力を使い、口を動かしてマルティナに答える。


「レイチェルゥゥゥ!!!」


 マルティナの声と共に、私の身体にマルティナの重みを感じる。マルティナが私に抱きついて来ているのであろう。マルティナの身体の暖かさが私の身体にも伝わっていく。


「…大丈夫…大丈夫よ…」


 私はそう答えながら、全身に力が戻り、薄っすらと瞳を開く。最初はぼんやりとした視界であったが、徐々に鮮明に辺りを映し出していく。


「ここって…マルティナが眠っていた部屋よね?…なんだか立場が入れ替わったわね…」


 私は視線を部屋の景色から、私に抱きつくマルティナに移して微笑みかける。


「レイチェルゥゥゥゥ! よがったぁぁ~~!! めざめでぐれでほんどうによがったぁぁぁ~~~!!!」


 そこには、涙で顔をぐちゃぐちゃにしたマルティナの顔があった。


「マルティナ…もう泣かないで、私はちゃんと起きたから…」


「だっでぇ~だっでぇぇ~! わだし、マルディナが悪魔になっちゃんだどおもっだがらぁぁ~~!! ぞじだら、わだじ、まだ、ひどりになっちゃうっでおもっでぇぇ~!!」


 あぁ、やはり、あの時、マルティナは私に憑りつく『アイツ』の姿を見ていたのか…『アイツ』の姿が出ている上で、私を引き戻す為に、私にしがみついて呼びかけてくれたのか…


 マルティナは一見、お調子者のような所もあるが、実は寂しがり屋で一人になりたくないから、明るく可笑しく振舞って、皆の気を引いていたのか。そして、自分にとって掛け替えのない人物には、自分自身を顧みずに救おうとする人物なのか。だから、自分も変な男たちに狙われているのに、コロン嬢の為に一人で追跡なんてことをしたのか…


 私は、前世ではあまり友人の数は多くはなかった。それはこの世界に於いても同じだと思っていた。しかし、友人は数ではなく、その質に価値があるのだと、今ようやく気が付かされた。私はマルティナの様な友人が持てて本当に幸せ者だ。


「マルティナ…ありがとう…貴方が身を挺してくれたお陰で、私は化け物にならずにすんだわ…これもマルティナのお陰よ…」


 私はまだ本調子ではないが、マルティナを抱きしめ返す。


「よがっだぁ~ よがっだぁぁ~~! ほんどうによがっだぁぁぁ~~!!」


 マルティナは顔を擦り付けるようにして声を上げる。


「マルティナ、起き上がりたいのだけど、手を貸してくれる?」


 私は力が戻って来たのでマルティナにそう伝える。


「うん、わがっだ…」


 マルティナは泣きじゃくるのを一旦止めて、私から離れて、肩を抱きかかえて私の上体を起こしてくれる。


「ありがとう、マルティナ、所で、あれからどれぐらい時間がたったの?」


 この部屋は厚手のカーテンで外の光が遮られている為、今が何時なのか全く分からない。


「えっど、あれから一日経っているわ、翌日の朝よ」


 あの事件が夕方ごろだったので半日ぐらいは眠っていたのか…


 私は身を起こしてから、自分の身体を確かめる。私の服装はあの時着ていた制服ではなく、前にマルティナが眠っていた時に着ていた服と同じ、病人の衣装をしていた。


 マルティナの姿を見ると、マルティナも制服ではなく、普段着に着替えている。


「レイチェルの服は私とエマとで着替えさせたわ…あの制服は…」


 マルティナはそこで言葉を詰まらせる。私はあの時に視覚情報はなかったが、どの様な状況であったのかは理解している。恐らく、洗濯をしても使い物にならないほど、汚れと臭いが染みついているだろう…血の汚れと臭いが…


「ありがとう、マルティナ、大変だったでしょ?」


「別にいいわよ、そんな事ぐらい、でも、流石に洗髪までは出来なかったから、お湯と布で拭っただけだから、後でお風呂に入ってちゃんと洗った方がいいわ…」


 私はマルティナの言葉を聞いて、髪を鼻に近づける。確かに微かではあるが血の臭いがする。


「そうね、後で一緒にお風呂でも行きましょう… それより…」


 私は一度、呼吸を整える。


「あの後、どうなったのかしら…?」


 私はマルティナに向き直って尋ねる。その時、部屋の入口から咳払いの音が響く。


「ゴホンッ」


 その咳払いに視線を移すと、部屋の入口にディーバ先生の姿があった。


「その事については私から説明しよう、レイチェル君…」



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