第067話 意外な事実
「レイチェル君」
「はい?」
先生は私の真正面に座りなおし、前のめりで私を覗き込んでくる。
「少し、顔を上げて、前に出しなさい」
「こ、こうですか?」
私は少し上体を前に逸らし、顔を先生に突き出す。
「では、ちょっと、目を調べてみる」
ディーバ先生はそう言うと、私の顎を手で添えて、ぐっと顔を近づけて、私の瞳を覗き込んでくる。
「………あんっ」
「先生…ちょっと、すみません…」
私は上体を戻して、先生から離れ、隣のマルティナに向き直る。
「ちょっと、マルティナ… 変な声を出さないでくれる?」
「えぇ…でも、だって…」
マルティナは頬を少し赤らめ、瞳をキラキラさせて、まるで、思春期に入ったばかりの少女がキスシーンでも見るような顔をしている。
「あんな声を出されると、診察してもらっているこちらまで恥ずかしくなってくるのよ」
「だって、蝋燭の明りに、見つめ合う二人…見ている私だって恥ずかしくなってくるのよ」
マルティナの言葉だけを聞くと、確かにロマンスシーンに聞こえるが、私にとっては魔力を見る事が出来るかどうかの瀬戸際である。
「そうだぞ、診て貰うのは一時の恥じだが、魔力が見えないのは一生の恥じだぞ。レイチェル君、我慢して診察を受けなさい」
えぇ…今の流れで、私の方が怒られるのか…
「は、はい…わかりました」
私は理不尽だと思いながらも、諦めて、再び先生に顔を突き出す。そして、先生も私の顎に手を添えて、顔を近づけて私の瞳を覗き込んでくる。
ゴクリ…
となりで、マルティナから固唾を呑む音が聞こえてくるが、ここは我慢して先生の診察を受け続ける。
「ふむ…」
先生は真剣な眼差しで私の瞳を覗き込んでいるが、私も先生の瞳を見つめると、先生の蒼い瞳に私の瞳が映し出されている。
「レイチェル君」
「はい」
私たちはそのままの体制で言葉を交わす。
「少し、眼球に違和感を感じるかもしれないが、我慢しなさい」
「はい?」
眼球に違和感? 私の眼球を手で触れるということなのだろうか?
私が気構えていると、先生は片方の手の指を私の瞳に指し示す。すると、先生が言った通りに、直接手が触れている訳でもないのに、眼球に違和感を感じ始める。
「先生、眼球に違和感を感じます」
診察中なので、頭や身体を動かすことが出来ない為、歯医者の診察の時の様に、私は膝の上の手を小さくあげて意思表示を行う。
「ふむ、では、次に視界が白くぼやけたり、鮮明に見えたりするかな?」
先生はそう言いながら、私の瞳を指し示す指先を小さく左右に動かす。それと共に、再び先生の言った通りに、視界が白くぼやけたり、鮮明に見えたりし始める。
「はい、先生のいう通り、白くぼやけたり、鮮明に見えたりします」
「ふむ…なるほど…次にレイチェル君」
「はい、なんでしょう?先生」
「君の父親の瞳の色は何色かね?」
唐突な質問内容に私は首を傾げたくなるが、堪えてそのままの体制で答える。
「濃い茶色ですが…」
「では、君の母親の瞳の色は?」
私はそこで言葉が詰まる。私はあの家でついぞ母親と対面する事はなかったし、恐らくあの母親は後妻で、レイチェルを産んだ母親は別にいるのだろう。だから、私は母親の瞳の色を知らなかった。
言葉に詰まる私の様子に、先生は何かに気が付いたように、言葉を変える。
「あぁ、済まなかったな… 質問を変えよう、祖父祖母の瞳の色は分かるかね?」
「すみませんが、分かりません…」
私は項垂れたくなったが、そのままで答える。
「そうか…」
先生はそういうと、私の顎から手を放して、ソファーに深く座りなおす。
「診察は以上だ。もう眼球に違和感を感じたり、視界が白くぼやけたりはしないだろう?」
「えぇ、違和感を感じませんし、視界も普通に見えています」
私も前のめりの身体を元に戻して、瞼をパチパチさせて、目の具合を確かめる。特に問題はないようだ。
「それで、診察の結果はどうでしたか?」
「うむ、瞳の部分を避けて、君の眼球の中に魔力を通して、直接、網膜に魔力を当ててみた」
「あの眼球の違和感は、先生の魔力の為だったのですか?」
「そうだ」
私の眼球は結構凄い事をされたようだ。でも、物理的な接触ではないので大丈夫なのであろう。
「それで、視界が白くぼやけたり、鮮明に見えたりしたのですか?」
「うむ、その結果を言えるという事は、君の網膜自体は、ちゃんと魔力が見えるような構造になっているという事だ」
「あっ!」
あれはその為の行為だったのか、確かに私の視界は白くぼやけた。という事は私はちゃんと見る事が出来るという事になる。でも、どうして見えないのか…
「結論から言うと、君の瞳は何らかの方法で、魔力等が見えないように封印されてある」
「えぇ!? 私の瞳が封印ですか!?」
前世での玲子ならいざ知らず、今世でのレイチェルの瞳が封印されている?
私は今までの間、そんな事をされた記憶がない。という事は、私がこのレイチェルの身体に転生する前に、封印されていたとしか思えない。
もしかして、私が転生する前に、本来のレイチェルが首をつっていたのはそのためなのであろうか…
「そうだ、そして、もしかすると、今の君の瞳の色は本来の瞳の色とは異なるかも知れない」
「それで、先程、両親や祖父母の瞳の色を尋ねたのですか…」
私の今の瞳の色は、血の様な赤い瞳の色だ。浮気や連れ子なら話は別であるが、私を産んだ母親の瞳の色は知らないが、深い茶色の瞳の父親から、私の様な瞳の色が産まれてくるのは奇妙な話だ。
「先生、私の瞳の封印を解く事はできますか?」
私は、率直に尋ねる。封印されている事に気付けたのであれば、先生であれば封印を解除することも出来るかもしれない。
「…今すぐは難しいな…」
「先生でも困難なのですか?」
「解除できたとしても、不手際で失明してしまっては元も子もないだろう。だから、慎重に封印を解析して、対処せねばなるまい」
確かにそうだ、いくら魔力が視認できないからといって、失明してしまっては元も子もない。それに魔力が見えなくても、今まで普通に生活できているのだから、特に急がなくても大丈夫であろう。
「診療所の仕事があるので、大変だとは思うが、時間が出来た時は私の所に来なさい、封印を解析して解除できるように努力しよう」
「ありがとうございます、ディーバ先生。先生に頼りっきりて、御恩をお返しできなくてもうしわけございません」
実際に、先生に頼りっぱなしなので、先生には足を向けて眠れない状況である。
「なるほど、君は私に恩義を感じているのか…それでは、その恩義を返してもらおうか」
「はい?」
まさか、すぐに返す様に言われるとは思いもしなかった。でも、なんでもするとは言ってないので、無茶な事は言われないであろう。
「以前、君がじょ… ゴホン、君が関わった少女がいるだろう?」
先生はマルティナがいる事を思い出して、咳ばらいをして言い直す。私が関わった少女と言うと、あの除霊を行った留学生の少女の事であろう。
「はい、存じております」
「うむ、あの少女が回復して復学する事となった」
「まぁ、それは良かったじゃないですか」
あの時は私も大変だったので、その後、彼女の安否が分からなかった。でも、回復して復学するなら良いことだ。
「だが、ずっと休学していてな、知人も少なく、その授業も出席出来ていない。私の方からも学業に関しては、手助けするが、学園生活については君も手助けしてやってくれないか?」
「分かりました。喜んでお手伝いさせて頂きます」
私は二つ返事で引き受けた。
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※はらついの次回は現在プロット作成中です。
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