第068話 嵐の予感
「あっ、あの子…」
私は教室に入って、とある少女に目が留まる。
「あの子がどうしたの? レイチェル」
となりにいたマルティナが、私と視線の向きを追いかける。
「ほら、昨日、ディーバ先生が言っていた留学生よ」
「あぁ、昨日の話の…」
マルティナには、除霊の事は話せないので、彼女が倒れている所を助けたという事になっている。その事をマルティナに話すと『倒れている人を助けるのが好きなの?』と言われてしまった。
マルティナ本人が記憶を失っているので、私に憑りつく存在のせいで、本来のマルティナが魂を欠損していることを話してはいない。なので、マルティナも倒れている所を私が助けた事になっている。
留学生の彼女は一人ぼっちで皆から離れた所に座っている。例の事件で隔離されていた為、同級生との交流が一切なく、言わば新学期が始まってゴールデンウィークを過ぎた後の転校生のようになっているのだ。
「ちょっと、話しかけてみようかしら」
「えっ? レイチェル、貴方も変な事に首を突っ込むのが好きね」
「まぁ、先生のお願いでもあるし…」
確かに先生への恩返しもあるが、人助けをする事は、私の善性を高める結果になるかもしれない。
「それに、この世界の転校生のような存在の私たちにとって、転校生みたいな彼女は、同じ境遇のものだとは思わない?」
「確かに言われれば、そうよね…」
「じゃあ、似た物同士で助け合わないと」
私たちは、一人不安そうにしている留学生の元へ歩いていく。
「あの、ちょっとよろしいですか?」
私は、目を伏せて黙り込んでいる留学生に声を掛ける。すると、突然、見知らぬ人物に声を掛けられた彼女は目をパチパチとさせながら、私たちの方へ向き直る。
「貴方がは…?」
「私たちは、ディーバ先生から貴方の話を聞かされまして…」
全く見知らぬ人物から声を掛けられたら警戒するだろうが、ディーバ先生の関係者という事であれば、彼女も心を開いてくれるだろう。
「あぁ、貴方が私をじょ…」
「しーっ」
私は咄嗟に人差し指を口元に立てて、除霊と言いかけた彼女の発言を制止する。皆の前で除霊の話をされるのは困る。
「私はレイチェル・ラル・ステーブと申します」
「私はマルティナ・ミール・ジュノーよ」
二人で彼女に対して自己紹介をする。それに対して彼女は、座席から立ち上がり、彼女の国の作法で自己紹介を始める。
「私は、アシラロ帝国の南方、海峡を挟んだ所にあるプラム聖王国の王女、システィーナ・プラムと申します。以後、お見知りおきを」
彼女は以前、地下室であった時は少しやつれていたが、今ではやつれも無くなっており、張りのある褐色の肌になっている。また、青みがかった黒の長髪にも艶があり、元気に健康を取り戻しているようだ。
「お隣に座ってもよろしいですか? システィーナ王女様」
私は微笑んで彼女に尋ねる。
「はいっ! 喜んで! どうぞお座りくださいっ! それと、ここは帝国で、私は一介の学生でしかないので、私の事はシスと呼んでください」
「では、私の事はレイチェルと呼び捨てで」
「私もマルティナでいいわ」
シス王女は私たちのような一介の貴族に対しても腰が低い。それと言うのも、彼女のプラム聖王国は、アシラロ帝国に比べて非常に小さく、軍事的にも経済的にも全く及ばない。それどころか、帝国の公爵家いや、侯爵家ぐらいの影響力しかない。その事を恐れてのことだろう。
「私は色々あったので、皆さんに比べて様々な事がかなり遅れてしまい、一人寂しくしておりました。でも、こうして話しかけてくれる人が出来たので嬉しいですっ!!」
知人が出来たことで嬉しいのもあるだろうが、彼女の本来の性質は快活な人柄なのであろう。ディーバ先生からの頼まれ事から始まったが、彼女の性格であれば、普通に交友関係を成立できたであろう。
「私の方こそ、シス王女とお知り合いになれた事は光栄ですわ。それよりも帝都での生活はどうでしょうか?」
私は先ず無難な話から切り出して見る。
「そうですね、故郷のプラムと比べると寒いですね。服を来ていないと風邪をひきそうです」
彼女の発言と褐色の肌から察するに、彼女の故郷のプラム聖王国は南国のような所なのであろうか?
「えっ? では、故郷ではすっぽんぽんなんですか?」
「あはは、裸じゃありませんよっ、ちゃんと隠すところは隠してますよ」
マルティナのちょっと失礼な質問に、シス王女は笑って答える。
まぁ、確かにそうであろう、この学園は帝国の最高学府。そこに留学に来るぐらいだから、裸ですごす未開人などではないはずである。
「おはようございます。マルティナとレイチェル様」
突然、名前を呼ばれたので顔を上げるとコロン嬢の姿があった。
「おはようございます。コロン様」
「あら?そちらの方は…プラム聖王国のシスティーナ王女様?」
コロン嬢はシス王女の姿を見て目を丸くする。
「はい、コロン様、こちらはプラム聖王国のシスティーナ王女です」
「はい、初めまして、私の事はシスとお呼びください」
シス王女は立ち上がり、先程、彼女の故郷の作法で挨拶を行う。
「まぁ、こちらこそ、ご挨拶が遅れました、私はコロン・ミール・マウリシオ・ロラードと申します。以後、どうぞお見知り置きを」
コロン嬢は帝国式の作法で挨拶を返す。
「コロン様もこちらにお掛けになってはいかがですか?」
「よろしいのですか?」
マルティナの言葉に、コロン嬢はちらりとシス王女を見る。
「はい!私も知り合いが出来るのは嬉しいですっ! どうぞお掛け下さい」
シス王女は微笑んで答える。
「では、お言葉に甘えまして、失礼致します」
コロン嬢は一礼すると、私の隣に静々と腰を降ろす。私は、マルティナとシス王女の息王に呑まれて気楽にシス王女に接してしまったが、さすがコロン嬢は小国とは言えど、一国の王女に対しての礼節を守って対応している。流石、コロン嬢である。
「そう言えば、コロン様はいもくじってご存じですか?」
マルティナがコロン嬢に話しかける。
「いもくじですの? 存じ上げませんわ…」
コロン嬢がそう返した時、教室の入口が騒がしくなる。視線を向けると、例の『攻略対象』の連中が入ってきたところであった。
私はすぐに目を逸らして気付かれないようにするが、その前にアレン皇子に見つかってしまう。そして、ニコニコしながらこちらにやってくる。
「やぁ、レイチェル、おはよう。今日も君は美しいね… あれ?」
アレン皇子は私に挨拶の言葉を掛けたところで、シス王女の存在に気が付く。
「こちらの御令嬢は?」
「おはようございます、アレン皇子。こちらの御方はアシラロ帝国の友好国、プラム聖王国の王女、システィーナ・プラム王女ですわ」
コロン嬢がアレン皇子に対して、シス王女を紹介する。この辺りは外交上の重要事項なので、次期皇后を目指しているだけあって、その辺りはしっかりしている。
「はい、シスと申します。貴方様は…?」
この学園の人間であれば、誰でも知っているアレン皇子であるが、ずっと監禁されていた留学生のシス王女では分からない。
すると、アレン皇子はシス王女の前でまるで物語の騎士が姫にするように、膝を折って手を差し伸べる。
「私はこのアシラロ帝国の皇子、アレン・カウ・アシラロです。貴方の様な素晴らしい女性とめぐり合えて光栄です。システィーナ王女」
そして、アレン皇子はシス王女の手をとってその甲にキスをする。
「アレン皇子! この様な場所でその様な事をなさるのはお控えください!」
その様子を見ていたコロン嬢が声を上げる。
しかし、キスをされた当の本人であるシス王女は、なんだかうっとりとした顔をしている。私やマルティナ、そしてコロン嬢はアレン皇子の中身を知っているので、乙女心がピクリともしないが、アレン皇子の中身を知らないシス王女に対しては効果抜群の様である。
「静かにしてくれないか?コロン。僕はシスティーナ王女に挨拶をしているんだ」
アレン皇子は被害者面をしてコロン嬢に言い放つ。
それに対してコロン嬢が言い換えそうと口を開いた時、教室に担当の先生がやってくる。コロン嬢はその様子を見て、声を上げるのをやめて、小さく話す。
「このお話は、また後ほど致しましょう…」
なんだか、また嵐が始まりそうな予感を感じた。
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※はらついの次回は現在プロット作成中です。
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