第065話 魔法技術の初老先生

 私はあの後も、授業が終わってから、診療所でのテレジア嬢の手伝いを何日も続けていた。そして、仕事が終わるたびに、テレジア嬢とカイ老人の二人に、駅馬車の停留所まで、送られながら会話を交わす日々を送っていた。


 テレジア嬢とカイ老人の二人は、その二人だけで生活をしているようで、とても仲の良い祖父と孫娘であった。たとえ叔父に家督や資産を奪われていたとしていても、互いがたった一人の家族であり、互いに思い合っている様子は見ていて幸せそうであった。


 なんだか善行を積みにいくはずが、二人の姿を見て癒されている状況である。しかし、私にはそんな状況で癒されている余裕は無かった。善行を行い、自身の善性を高めて、『アイツ』の拘束を強化しなければならない使命もあるが、それ以前の問題が発生しているのである。


 それは、魔力を視認できないことである。


 あれから、何度か、軽症の患者で、治療術の実習をさせてもらったが、やはり魔力を診れない事によって、繊細で精密な治療を行う事が出来ず、魔力の無駄遣いばかりして、一向に上達することが出来ていないのである。


 私も最初は大きな魔力でごり押しをすればいいのではないかと考えている所もあったが、テレジア嬢の例えでは、喉が渇いている人には水、お腹が空いている人には食べ物、寒さに震えている人には毛布といった具合に、魔力の使い分けが必要だそうだ。私の場合は、必要でないものまで何でもかんでも渡している様なので、効率が悪いそうだ。現実はゲームの様には行かない物である。


 そんな状況で迎えた魔法技術の授業の日、私はようやく魔力が目視できない事を相談できると思いながら、授業に望む。だが、授業中に先生に聞くのは流石に恥ずかしいので、授業終了後に尋ねようと、席に座って先生が来られるのを待っていた。


 そして、時間になって老齢の先生が教室に入ってきて、教壇につく。


「それでは、只今より、初級魔法技術の授業を始める」

 

「先生!」


 教団の先生が言い終わるや否や、私の隣に座っていたマルティナが突然に手を上げる。


「どうしたのかね?」


 先生は老眼鏡を掛けなおし、マルティナの方に視線を向ける。


「あ、あの私、魔力を目視する事が出来ないのですが、授業を受ける事はできますか?」


 マルティナは少し恥ずかしそうにもじもじしながら、先生に尋ねる。


「魔力を見る事が出来ないという事は、魔法も使う事も出来ないのかね?」


「いえ、魔法はある程度使う事は出来るようになったのですが、魔力が見えないので細かい操作が出来ません…」


 彼女は壇上の先生に上目づかいで説明する。


「貴族の令嬢と言うのに、基本である魔力視認が出来ないとは…なんという恥知らずだ」


 後ろの方からマルティナに対する悪口が聞こえてくる。誰がそんな事を言っているのかと思い、振り返って見てみると、その声の方に『攻略対象』の五人組が腰を掛けている。


 私とマルティナが眉を顰めて見ていると、『攻略対象』の一人のカイレルが動揺して目をそらす。あのクソ眼鏡、よくも婚約者に対して公の場でその様な言葉を言えるものだと思う。


「ッチ! あのクソ眼鏡…」


 マルティナが自分にしか聞こえないような小さな呟きをして吐き捨てる。またマルティナと同じ悪態をついていたと思うと吹き出しそうになる。


「あーええっと」


 初老先生は、老眼鏡を掛けなおして、教室の皆に向き直る。


「それぞれの体質によって魔力が視認しにくい人は数多くいる。また、本人は魔力が見えていると思い込んでいる人もいる。例えば…」


 初老先生は、そういって手を掲げると、むんっ!と力を込めていく。すると、手が仄かに淡白く輝いて見える様になる。


「皆、これがどのように見える? ほれ、そこの青髪の子、言ってみなさい」


「えっ、手が、手が淡白く輝いて見えます」


 いきなり指名された青髪の生徒は戸惑いながら答える。


「それだけか?」


「はい、それだけです」


 青髪の生徒がそう答えると、先生は手の輝きを消して口を開く。


「手が輝いて見えたのは明りの魔法で見えた、ただの物理現象だ。本当の魔力は私の頭の上で星マークが見えていたはずだ」


 先生が種明かしをすると、青髪の生徒は驚いて目を丸くするが、自分が見えなかった事が分かり頭を項垂れる。


「というわけで、私の頭の上の星マークが見えなかったものは手を上げなさい」


 教室内の生徒の手がパラパラと上がっていく、マルティナや先程の青髪の生徒、そして、この私もだ。


「えっ? レイチェル君も見えないのか?」


 後ろの席から、先程のクソ眼鏡のカイレルの声が聞こえる。私は振り返って、『そうです。私も恥知らずの令嬢です』と言ってやりたかったが、黙って先生の方を向いて手を上げ続ける。


「なんだぁ~、レイチェルは魔力が見えないのか~ だったら、僕が見える様にしてあげるよっ! どう?僕のハートマークが見える?」


 今度はオリオスの声が聞こえてくる。


 だから、最初から見えないと言って手を上げているのに、魔力のハートなんてものが見えるはずがない。かと言って、名指しされている以上、ガン無視する事は出来ない。私はオリオスが視界に入るか入らないかの角度で振り向き、少し会釈する。


 すると、壇上の初老先生が、オリオスに向けて指を突き出す。


「むんっ!」


「ちょ!ちょっと!やめてよ!先生!僕のハートに矢を刺さないでよ!!」


 先生の掛け声に反応して、オリオスが声を上げる。話の内容から察するに、オリオスの魔力のハートを初老先生が、同じく魔力の矢で撃ったのであろう。


「私にハートを撃たれたくなければ、その様な事は授業が終わってからしなさい。あーちなみに私に惚れても知らんぞ」


 先生の言葉に教室の中の生徒たちがくすくすと笑いだす。初老先生は中々ウエットなジョークができる御方だ。


「では、話を戻すぞ、魔力を視認することが出来なくても、自身の身体を起点とする魔法は十分に使う事ができるが、やはり見えていた方が、繊細な操作が出来るので見えていた方が良い。そこでだ…」


 初老先生はそう言うと、懐から紙片の束を取り出し、教室の生徒目掛けてまき散らす。


 突然、何をするのかと思っていると、紙片が、教室の生徒一人一人の手前に一つづつ、ひらひらと落ちていく。


「それは、魔力を与えると、起き上がる紙切れだ。皆、試して見なさい」


 その言葉通り、私の目の前に振ってきた紙片に魔力を加えてみる。すると、紙片がぴょこっと起き上がる。


「どうだ? 起き上がっただろう? それを角度を変えたり、距離を離したりして試してみなさい。魔力操作の練習にもなるし、見えない人は紙片と手の間を凝視して魔力の流れを見る練習をしなさい。いずれ出来る様になるだろう」


 確かに角度を変えても、距離を離しても、紙片に魔力が届けば起き上がるようだ。これは少し面白い。


 私とマルティナは紙片に対して変な踊りでもするような身振りで魔力を加えながら、魔力技術の授業を受けたのであった。



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