第062話 『アイツ』の目的

 私は礼拝堂まで辿り着き、祭壇横の扉を抜けて先生の事務室のある部屋へと向かう。


 ここまで来て言うのもなんだが、怖い夢を見たと言っていい年をした令嬢がどう思われるのであろうと少し考える。しかし、ここまで来る間にあの夢の事を考えていたのであるが、あの夢で分かった事が一つある。


 それは、『アイツ』の目的だ。


 その事はあの夢が『アイツ』が関わっているのなら、間違いない事実だと思われる。その事を告げれば、ディーバ先生も、怖い夢を見たという私を邪険にしたり笑ったりはしないであろう。


 先生の部屋の前まで来た私は、一度呼吸を整えて、気合を入れてから扉をノックする。


 コンコン


「誰だ!」


 ノックの音にすぐさま先生の返事が返ってくる。


「先生、私です。レイチェルです」


 扉の向こうの先生に私は自分の名前を告げる。


「…入り給え」


 先生は私の用件も聞かずに入室を許可する。私はそこに少し違和感を感じながらも扉を開けて部屋の中へと入室する。


 部屋の中では、先生が事務机に座りながら、険しい顔をしていた。


「レイチェル君…そこに座りなさい」


 先生は視線でソファーを示す。私はその指示に従い応接セットのソファーに腰を降ろす。先生も事務机の所から立ち上がって、私の前の席に腰を降ろし、一度だけ、なんだか物言いたげな顔を私に見せて、少し顔を伏せ、言葉を選んでいるのか考え事を始める。


 そのような感じで、どちらから話を切り出すのかという、微妙な空気が二人の間に流れる。


 しかし、初めに言葉を発したのは先生の方からであった。先生は、少し顔を伏せたままで、私を覗くように声を発する。


「で、どの様な用事で来たのかね?」


 少し率直に言うのは躊躇われたが、私はそのまま告げる事にした。


「そ、その恐ろしい夢を見まして…」


「…恐ろしい夢?」


「はい、その普通の恐ろしい夢と言う訳ではなく、リーフもその夢を共有したようで…」


 先生に問い返された時に、その目が険しくなったように見えたので、私は取り繕うように普通ではない事を告げる。


「どの様な夢だったのかね」


「その夢の内容を告げる前に、その夢を通して私に憑りつく存在の『目的』が分かったような気がするんです」


「あの存在の『目的』だと?」


 先生の眉がピクリと動く。


「はい、『アイツ』の『目的』は…私への復讐です…」


「君に対しての復讐… 詳しく話して見なさい」


 先生は険しい目をして私に告げる。


「はい…お話します…」


 私はディーバ先生に、先程の夢の内容を話していく、私が巨人の様になっていた事、しかし、思い通りに動かせなかった事、でも感覚は共有していた事、その巨人が人々を踏みつぶし、喰い殺して惨殺して回った事、学園に行って知人・友人を殺して回った事、そして、その巨人が『アイツ』で私は奴の頭部に吸収されていた事。


 それらを先生に説明していった。その時に感じた感覚までは当然説明しなかったが、最後に先生と相対して、先生を喰らった事までは話せなかった。


「夢の中での『アイツ』は明確に私の友人や知人を優先して探し回って惨殺していきました…しかも、その感覚を全て私に共有して… その行動原理から、ワザと私に友人・知人の死を見せつけ、感じさせるようにしていたと思うのです…」


 夢を内容を説明している時に、その時の感覚を思い出し、再び胃液が込み上げてきたがなんとか我慢した。


 私が説明をしている間、ディーバ先生は一言も口を挟まず、黙って私を直視しながら聞いていた。そして、話し終わった後、俯きいてふぅっと息を吐いた後、私に向き直る。


「夢の話を聞いた上で、レイチェル君、君に話さないといけないことがある」


 先生の目つきは今までになく、とても険しい目をしている。それ程までに深刻なはなしなのであろうか。私は固唾を呑んでから先生に尋ねる。


「一体、何でしょうか…」


「君に憑りつく存在を拘束する鎖の一本が… 千切れたのだ…」


 私ははっと息を飲み、目を見開く。


「き、切れたのですか…鎖が…」


 私はわなわなと震える声で先生に尋ねる。


「あぁ、あの家で君を襲おうとした男の魂を喰らった後にな…右上腕の鎖が弾けたのだ…」


「では…『アイツ』が解放されかかっていると…」


 私は項垂れ、膝の上で拳を握りしめる。


「いや、完全開放までは至らないであろう…あの存在を拘束する鎖は、私が見る限り、首、上腕、手首、恐らく見えていないが足にもあるだろう。全て合わせて七本の鎖だ。その一つだけに過ぎない」


「では、その七本全ての鎖が千切れた時には…」


 私は震えるからだで視線を先生に戻す。


「恐らく、君の夢の通りになるであろう…」


 私は両手で自分の顔を覆う。『アイツ』の解放がそんな恐ろしい事になるなんて…私は、被害者になるのは私だけだと考えていた。でも、夢の中の『アイツ』は私だけを残して、私の大切な人々を、私の目の前で、私に感覚を共有させて殺しまわっていた。


「君が見た夢は、ただの怖い思いをしたから見た夢ではない。どのような理屈かは分からないが、あの存在が完全開放された暁の未来であろう。そして、君の考えた、あの存在の目的も恐らく間違いではないだろう。私の考察とも合致する」


「先生の考察ですか?…」


 私は、掌から顔を上げて尋ねる。


「そうだ、今までのあの存在の行動をおかしいとは思わないか?君に害意ある者がいる時に限って出現する。まるで、君を守っている様じゃないか」


「た、確かにそうですが、それは宿主である私を守る為のものと考えていましたが…」


 トモコに聞いた冬虫夏草の話を思い出す。


「だが、あの存在が自身の成長を望むのであれば、害意ある者だけに限らず、手あたり次第、周りの者をとって喰らえば良いだけだ。だが、あの存在はそれをしない。どうしてだと思う?」


「そんな状況になれば、私は自身の死を選ぶか、死にきれなかった場合には、どこか一人で隠れ住むと思います…」


 一人で生きるのは寂しいが、大切な人を失うのは嫌だ。


「そうだろう、そんな状況に追い込まれれば大抵の人がそうするだろう。だから、そうさせないように行動する知性があの存在にはあるのだよ」


「そ、そんな知性が?」


「あぁ、そして、人は生きていれば、いくらでも敵対するものや、害意ある存在と遭遇する。その時に、あの存在は、君自らに自分の力に頼らせ、そして君自らが奴を解放させることを望んでいるのだよ」


 何という悪辣な考えなのであろう。その上で完全開放された暁には、私だけを残して感覚を共有させながら、人々を知人を友人を、大切な人々を殺して回るのだと言うのだ。


「わ、私にはどうする事も出来ないのですか…」


 私は先生に知らされた自分の状況に絶望に苛まれる。


「ふむ、いくつかの対策はある。一つはあの存在の力を行使しない事と、もう一つは…」


 先生はそう言うと、懐から、小さな小瓶を取り出して、テーブルの上に置く。


「先生…これは?」


「これは、砕けた鎖の破片だよ。霊的存在であるが、拾い上げ、なんとか保存することが出来た」


 小瓶の中には、半透明の白い金属片のような物が宙に浮いている。


「私が様々な魔法の解析をしてみたが、どの様にして作り上げたかは解析する事は出来なかった。言わば神秘の存在と言うべきものであろう。だが、いくつかの属性は知りうる事ができた」


「どの様な属性なのですか?」


「善性だよ」


「善性?」


 聖属性でなく善性?


「うむ、私の見立てでは、これは人の良心や正義感、道徳心などの善性を霊的実体として構成されている。この善性をつかって、人の悪意を凝集したようなあの存在を拘束しているのであろう…まさに神秘の存在と言えるものだよ」


 そして、先生は真面目な顔をして私の目を直視する。


「よって、この善性で構築された鎖を強化するために、君自身が善行を行って君自身の善性を高めなければいけない」


「私の善性を高める?」


 私は先生の説明に困惑したのだった。



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