第061話 生きている実感

「いやぁぁぁぁぁ!!!!」


 私の絶叫が私の耳に響き、私は上体を起こす。まるでドラムロールの様な鼓動と、荒い自分の呼吸を感じる事が出来る。目の前には、ベッドとめくれ上がる掛け布団があり、その布団の上には、ちゃんとレイチェルである私の腕がある。


 辺りを見回すと、ここは寄宿舎の部屋で、私はベッドの上で横たわっていたようだ。


 先程、見て感じていたのは単なる夢なのであろうか…それにしては全てが生々しく感じられた。握りつぶす感触や、踏みつぶす感触、そして、知人達を喰らい味わう感覚…


 そこまで、思い出して、私は猛烈な生理的嫌悪感から止めどない吐き気を覚え、ベッドからすぐに降りて、洗面器に首を突っ込む。


 実際に私自身が食べて呑み込んだわけではないので、胃液しか出てこないが、少し気分が良くなる。


「レイチェル様…大丈夫ですか?」


 私の背中から声がかかる。振り返って見てみると、ソファーからクリクリの目を眠たそうに擦りながら、エマが心配そうな顔をして私に近づいてくる。


「エマ!!」


 私は思わず、エマを抱きしめる。


「レ、レイチェル様!?」


 突然の抱擁にエマは動揺するが、私は構わずにエマを抱きしめる。


 エマの身体は私の抱擁でも折れてしないそうなぐらいに、か細く小さいが、まるで子犬や子猫を抱きしめるような体温の暖かさと、布越しではあるが、エマの小さく脈打つ鼓動を感じ取れる。その感覚はエマが生きていることを実感できる。


 あの一瞬で散ってしまった足の裏の感触を吹き払うように、私はエマの生きている実感を感じ続ける。


「ど、どうなさったんですか?レイチェル様…」


 無言でひたすら抱きしめる私に対して、エマが困惑して尋ねてくる。


「…私、怖い夢を見たの…」


「怖い…夢ですか?」


 エマはきょとんした瞳で私を見上げる。


「そうよ…とても怖い夢…私、その夢の中で、エマを踏みつぶしちゃうの…だから、目が覚めた今、エマが生きている実感を感じたいのよ…」


「あはは、レイチェル様っ、私、踏みつぶされるほど、小さくありませんよ」


 抱きしめられる理由が分かった為、エマは表情を崩して笑って答える。エマも安心したようだが、私もそのエマの安心した様子を見て、ようやく安心できてくる。


「ごめんね、エマ、突然抱きしめたりしちゃって、でも、もうエマが生きていることが実感できたわ」


 私はそう答えて、ようやくエマを解放する。


「ちょっといい?レイチェル」


 唐突に苗木の所にいたリーフが私に声を掛けてくる。


「えっ?どうしたの?リーフ」


 そう答える私に、リーフは少し難しい顔をしている。


「うーん、なんていったらいいかなぁ~ そうだ!ディーバの所へ行こう」


「えっ? ディーバ先生の所へ? もしかして今すぐにってこと?」


「そうだよ、これからすぐに」


 突然のリーフの不可思議な提案に、落ち着き始めていた私の心は不安になり始める。


「どうしてなのよ、リーフ」


「えっとね、レイチェルがさっき見た夢、私も見たんだよ」


 私はリーフの言葉に胸の中の不安が確信へと変わる。


「私とレイチェルとは繋がっているから、レイチェルの気分が分かったり、たまにレイチェルと同じ夢を見たりするけど、さっきの夢は普通じゃないよ。この夢の話は、ディーバと相談した方が絶対に良いと思う」


 あのリアルな感覚に、リーフとの夢の共有、確かに普通ではない。


「今何時かしら…って夕食前ね、礼拝堂の事務室にディーバ先生はまだおられるかしら…」


「マルティナの時にはもっと遅い時間だったから大丈夫じゃないの?」


 善は急げだ。すぐに行った方がよいであろう。


「レ、レイチェル様っ! 待って下さい!」


 エマが声を上げて私たちを静止させる。


「どうしたの?エマ」


「あのレイチェル様、先生の所に行かれるのであれば、そのお召し物は…」


 私はエマの言葉で自分の衣服を見直す。あの家の中で、血糊がついたところもあり、そのまま寝てしまったので、皺だらけ、また、エマは口にはしなかったが、あの夢のせいで、寝汗も酷い。


「そうね…いくら急でも、このままではダメね。エマ、着替えを用意してもらえる? 私は本当ならお風呂に入りたい所だけど、お湯で寝汗を拭うわ」


「はい、着替えはレイチェル様が眠っておられる間にご用意しておきました。お湯はすぐに準備いたしますね。後、先生の所で、お時間がかかるようでしたら、食堂で何か召し上がるものでも取ってきましょうか?」


 エマは小さいけど、よく気遣いのできるメイドである。私が眠っている間に着替えを用意してくれていたなんて、でも、食事に関しては、どうしても食べる気がしない。きっと先程の夢のせいだ。今、食べたら戻ってしまうだろう。


「食事はいいわ、お湯をお願い」


「分かりましたっ」


 そう答えると、エマはすぐにお湯の準備を始める。私は着ている物を脱ぎ始め、お湯で拭う準備を始める。


 エマの事前準備と手早い手伝いのお陰で、私は短時間で着替えを済ますことが出来た。


「エマ、本当にありがとう。今日はもう上がっていいわ」


「分かりました。レイチェル様、着替えだけは帰りに洗濯に出しておきますので」


パートメイドであるが、私についてくれたのがエマであったのが、本当に良かったと思う。


「じゃあ、行ってくるわね、エマ」


「行ってらっしゃいませ、レイチェル様」


 こうして私は、礼拝堂のディーバ先生の元へと向かった。



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