第060話 絶望の悪夢
あの後、私とジュンは泣き続けて、ディーバ先生は黙ってその状態を見守ってくれていた。そして、私とジュンが一頻り泣き終えた後、ディーバ先生が寄宿舎まで送ってくれて、私たちはその日一日の授業を休むことになった。
ジュンはニースが午後から戻って来てくれて、部屋でずっとジュンの面倒を見てくれるそうだ。私は、自室に戻り、なんだから倦怠感と疲労感から、ベッドに倒れ込み、そのまま眠ってしまった。
そして、私は夢を見た。
夢の中の私は視線が高い。大体5~8メートルぐらいだろうか。かと言って、高い建物の中から見ている訳でも、何かの上に立っている訳でも、空を飛んでいる訳でもない。
夢の中だと言うのに、足の裏に接地感があり、風により辺りの空気の感触すら感じる。高い視線で風を感じるのであれば、本来は心地よい気分になれるはずだが、そんな気分には慣れない。何故なら、辺りから人々の悲鳴が響いているからだ。
私は一歩踏み出す。それと共に悲鳴の数も増えていく。二歩踏み出す。足の裏に生暖かいものが潰れる感触が伝わってくる。
「ママァァ!!! ママァァァァァ!!!」
足元で子供の悲鳴が響く。足元に視線を向けると、黒く巨大な足が、女性を踏みつぶしており、辺りを血の色に染めながら、下半身だけが残されている。その下半身に小さな子供が縋りついている。おそらく踏みつぶされた女性の子供なのであろう。
『可哀そうに…慰めてあげなくては…』
私は子供を慰めようと手を伸ばす。子供は母の死にしか興味がないのか私の手は全く気がつかない。
『あれ? どうして私の手が、黒くて巨大な手になっているのだろう?』
そんな疑問を思ったが、手は子供を慰めるために頭を撫でるのではなく、そのまま子供を鷲掴みにして持ち上げる。
「ママァァァァァ!!! イヤァァァァァァァァァ!!!」
私の手に掴まれた子供は握りつぶされそうな強い力で絶叫を上げて泣き叫ぶ。
『ダメ! 放してあげなきゃ!!』
私はそう強く念じるが、子供を握り締める力はそのままで私の顔の前まで子供は運ばれ、私の口が大きく開かれる。
「イヤァァァァァァァ!!! イヤァァァァァァァ!!!」
『何! 何がどうなっているの!!!』
そして、子供の体は私の口の中に放り込まれ、咀嚼される。
ぷちゅっ
骨が砕け、皮が破れ、肉が裂け、血が溢れる感触が私の口内一杯に広がる。
『いやぁぁぁぁ!! 私は子供なんて食べたくない!! 食べたくないわ!!!』
私の意識は子供を食べた事に対しての絶叫を上げているが、口の中の味覚は『美味』という感覚が私に伝わってきて、その後、満足感と共に、子供であったものは喉越しを味わいながら呑み込まれる。
しゃがみ込んで絶叫を上げたい私の意識に反して、私の足はどんどんと、逃げまどう人混みの中を進んでいき、その度に人が踏みつぶされる生暖かい感触が伝わってくる。そして、時折、逃げまどう人を摘まみ上げ、まるで拾い食いでもするかのように口の中に放り込む。
『いやぁ! やめて! やめてよぉ!! 人が! 人が死んでいく!!』
絶叫し、否定する私の意思に反して、身体の方は、まるで楽しむ様に、次々と人を踏みつぶしていき、また喰い千切っていく。
そんな最悪な状況の中、私は更に最悪な事に気付く。
『この身体、学園の方に向かっている!!』
まさか、この身体は学園にいる私の友人や知人までも、踏みつぶし、喰い殺そうとしているのではないか? そんな考えが想い上がり、私は必死になって、身体に抗おうと気を高ぶらせる。
しかし、私の抵抗は空しく、私の身体は学園の門をぶち破り、先ずは寄宿舎へと向かっていく。その寄宿舎の中には、逃げまどう学生たちの姿の中に、私のメイドのエマの姿もあった。
「あっ」
エマがそう声を漏らした瞬間、私の足の裏に、エマの潰れる生暖かい感触が伝わる。
『エマが! エマがぁぁ!!!』
私のエマの死を悲しむ暇もなく、人混みの中から、まるで雑草でも毟る様に、誰かの上半身を毟り取る感触が手に伝わる。
そして、私の足はまるで麦踏やブドウの果汁を作る様に、次々と人を踏みつぶしていき、その都度、赤い血飛沫が、床に赤い花模様を作っていく。
「やめろ!」
そんな私に誰かが怒声を浴びせてくる。その声の主を見ると、剣を構えたニースの姿があり、その後ろに腰を抜かしたジュンの姿もあった。
「ジュン! 私が相手をしているうちに貴方は逃げて!! 私は、ゾンコミクの一門の一人! 貴方が逃げる時間ぐらいは稼いで見せる!!」
そう言って、ニースは震える切っ先を私に向ける。
「で、でも…サナーが…サナーがまだ見つかっていないのっ!!!」
その言葉に反応して、私の腕が、先程毟り取った人の上半身を掲げる。
「サ、サナー!! なんて酷い…」
ニースの顔が更に青ざめる。しかし、彼女は持てる勇気を振り絞り、怒声をあげて剣を振り被り、私に切りかかってくる。
そんな彼女に私はピンッと指を弾く。それと共にキンッと金属音が鳴り響き、ニースから何かが吹き飛ぶ。
「あ、あぁ…あぁぁぁぁ」
そこには剣ごと両腕を吹き飛ばされたニースの姿があった。
「ジュ…ジュン…早く逃げて… 私じゃ…」
ニースが振り返って、そう言いかけると、先程、吹き飛ばされた剣が頭に突き刺さるジュンの姿があった。
「あぁぁ…あぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!」
狂ったように声を上げるニースを、私は無情にも踏みつぶした。
私の身体は満足すると、次は学園に向かって動き出す。
先ずはマルティナ。恐怖のあまり腰をぬかしてへたり込む彼女を、そのまま口で喰い殺す。
次にミーシャ。小さな身体で逃げまどう彼女を踏み潰し、赤い花模様へと変えた。
三人目が、オードリー。彼女の取り巻きの令嬢たちを、一人残らず、惨殺してから、彼女を掴んで握りつぶし、そのしたたりを飲み干した。
四人目が、テレジア。小さな教室に逃げ遅れた人々を匿っていた彼女の首を引き千切り、人々に彼女の首を見せながら、次々と首を引き千切っていった。
五人目が、コロン。彼女は逃げも隠れもせず、私の前に立ちはだかった。そして、私に向かって何かつぶやく。
「ごめんなさい…私は貴方を…」
彼女が言い終わる前に、指で彼女を弾き、彼女を肉塊へと変えた。
最後にディーバ先生。先生は懐から魔法具を取り出し、私の周りに展開する。
「済まなかった…レイチェル君…私は君を救う事が出来なかった…」
先生の声は、友人や知人を惨殺していって呆然自失のなっていた私の意識に届いた。
『私を…救う事ができなかった?』
先生の魔法具のキラキラと輝く水晶は、私の周りを取り囲み、魔法陣を形成する。その水晶に一瞬、私の姿が映し出される。
私の姿は、あの『アイツ』の姿になっており、その頭の額に私の無表情の顔が張り付いていた。
『私の顔が…『アイツ』の額に…』
だから、身体からの五感の感覚は感じる事は出来ても、身体を制御することは出来なかったのであろう。私は『アイツ』が感じたものを共感するだけの寄生虫の様になっていたのだ。
「私の力では、すで解放されてしまった『人型』に対抗することは出来ないであろうし、『人型』に吸収されてしまった君を解放することも能わないだろう…しかし、それでも私はやらねばならない! それが教師として、大人として、君と約束した人の矜持だ!!!」
先生はそう言い放つと、持てる全ての力漲らせて、魔法陣に力を注ぎ込む。
「我が全力! 我が持てる力の全て! 我が魂魄を搾りつくし! お前を!!! くふっ!!」
先生の言葉が終わる前に、私の手刀が先生の上半身をえぐり取っていた。
私の手は、先生を掌に乗せたまま顔に近づいてくる。
「クッ…レ、レイチェル君…そこに…いるのだろ?…最後に君に…言いたい…」
掌の上の先生は、『アイツ』の額にある私を見ている。
「や、約束を…守れなくて…済まなかった…」
そう言い終わると同時に、先生の身体は私…いや、『アイツ』の口の中に放り込まれた。
そして、私の口の中には先生の味が広がった…
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※はらついの次回は現在プロット作成中です。
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