第059話 ユリの言葉の真意

 あの後の私は、先生が側にいてくれたから、不思議なほど冷静でいられたと思う。


 この建物はやってきた憲兵によって、警戒線が敷かれて、関係者以外は締め出しとなった。その建物の中を私と先生が、憲兵に事情を説明しながら回っていく。私は玄関入り口に当たる二階部分と三階部分しか回っていなかったが、半地下の一階部分では、この家の使用人が家人と同様に惨殺されていたようだ。


 この事件での生存者は、私が探し出し、先生が治療した男の子と、『アイツ』が魂を喰らったという謎の男性だけだった。先生の話では魂を喰われたあの男は長くはないだろうという事であったが、憲兵と共に先生があの男を調べて、憲兵に話しかけていた。


「死霊術を使えるものを呼んで来い。男性から始めろ。それで事情が分かったなら、後はしなくても良い。それと、法務局のトーヤという奴がいる。その人物にも連絡を入れろ。恐らく犯人は他国の工作員だ。背乗り可能性がある」


 先生は憲兵に指示をしていたが、私には何のことか、分からなかった。先生は指示を終えると私に向き直る。


「レイチェル君、お疲れ様だった。後は憲兵に任せて、私たちは学園へ戻ろう…」


 私は先生の言葉に頷いて答える。色々な事があって感覚が麻痺しているが、こんな一家が惨殺されたような現場は私のような小娘のいる場所ではない。


 私は前を進む先生の後に無言でついていく。そして、暗く陰惨な屋内から、明るい屋外へとでる。一瞬その明暗の違いに目がくらんだものの、すぐに順応し、この家を取り巻く状況が分かる。


 家の門の入口には警戒線が敷かれ、憲兵が立って、無数にあつまる野次馬を静止しているのが見える。私は何気なくその人混みに視線を流していたが、その中の一人と視線があってしまう。


 ここに一緒に来た友人のジュンだ。


 彼女は私の言葉を待つように私を注視しているが、私は目を伏せて、彼女の視線を外してしまう。そんな私にジュンの方から声がかかる。


「レイチェルさん!」


 まるで、彼女の存在を無視する私に対しての、自分の存在をアピールするような呼び方だ。私はそんな彼女に対して、胸の内にあるユリの事実の事で項垂れて、さらに顔を背けてしまう。


「レイチェルさん! ユリは! ユリはどうしたんですか!!」


 彼女は憲兵に制止されるのも気にせず、重ねて必死に私に声を掛ける。玄関の階段を降りて少し歩けばすぐに彼女が静止されている門の所に辿り着く。もう彼女の言葉を無視できない距離だ。


「ねぇ…レイチェルさん…答えてください…ユリは…ユリはどうだったんですか?」


 悲壮な表情をした彼女のか細い搾りだすような声が私にかかる。


「彼女は…」


 私がそう言いかけた時、後ろの玄関が騒がしくなる。


「すまない! 通してくれ!!」


 憲兵が毛布に包まれた生存者の子供を運んでくる。その憲兵が彼女の横を通り過ぎた時、息のある子供の姿を見た為か、彼女の顔が期待に明るくなる。


「まだ、通るぞ! 道を開けてくれ!!」


 次の憲兵の姿を見た瞬間、彼女の顔が強張る。毛布に包まれた生存者の姿ではなく、皮袋に詰められた被害者を担ぐ憲兵の姿だったからである。


 最初の皮袋は憲兵二人係で運ぶ成人男性ほどの袋だ。恐らく、子供部屋の前で亡くなっていた父親と思われる人物の物だ。


 次に運ばれてくるのが、成人女性の袋。二階の奥で亡くなっていたご婦人のものであろう。


 そして、その次に運ばれてきた皮袋を見て、ジュンの瞳は大きく見開いた。憲兵が一人で胸元に抱える皮袋の大きさは、私たちと同じ少女の大きさであった。


「嘘…嘘だぁぁ! ユリが! ユリが!!」


 ジュンはユリを抱える憲兵に駆け寄ろうとするが、門にいた憲兵に静止され、近づく事はできない。


 静止されるジュンの前で、ユリの遺体は人が乗る馬車ではなく、荷馬車へと積み込まれ、出発していく。


「ユリ! ユリィ!!」


 取り乱したジュンはその荷馬車を追いかけようと、駆け出すが、私が彼女の肩を掴んで止めさせる。


「レイチェルさん! ユリが! ユリが!!」


「ジュン!」


 私は彼女の肩をひっぱりこちらに向きなおさせる。


「レイチェルさんっ!」


「聞いて、ジュン…彼女は亡くなったのよ…」


 私の言葉に彼女の瞳孔が揺れる。


「でも、さっき玄関に出て来たじゃないですか… 私、ユリと話までしたんですよ…」


「もう、その時には既に彼女は亡くなっていたの…だから、最後の力を使って、ジュン、貴方に会いに来たのよ…」


 私は顔を伏せて涙を零し始めるジュンに優しく話す。


「でも…ユリは…その最後の時でさえ、私に帰れだの…会いたくないだの… 私、そんなに嫌われていたなんて…」


 私はその言葉を聞いて、ジュンの肩を強くつかみ、大きく揺さぶる。


「違う! 違うわ! ジュン!!」


「だって…最後の言葉がそんなのだったんですよ…」


 ジュンはポロポロと大粒の涙を流す。


「聞いて、ジュン! あの家の中には…まだ、彼女を殺害した殺人者がいたのよ…」


「そ、そんな…そんな…」


 ジュンの瞳が大きく開かれる。


「あのまま、家の中まで入ったら、ジュン…貴方の命まで危なかったの…だから…だから…」


 これからジュンに伝えるユリの気持ちに、私まで涙が溢れてくる。


「貴方を死なせたくないから、ユリは、最後の力を使ってまで、貴方を追い返そうとしたのよ!!」


「ユリが…私を…」


 再びジュンの瞳からぽろぽろと大粒の涙が溢れる。


「だから、ジュン、貴方だけは、ユリが貴方の事を嫌っていたなんて思わないで…そんなの…そんなの…悲しすぎるじゃないの…」


 ジュンは堰を切ったように、声を上げて泣き始める。わんわんとまるで子供の様に大きな声を上げて泣き始める。


「ユリィ! ごめんなさい… 私…私、最後まで貴方の気持ちを分かって上げられなくて… 貴方がそんなにも私を助けようとしていてくれたなんて…ユリィィィ!!!」


 私は涙を流しながら、子供の様に泣きじゃくるジュンを抱きしめる。ジュンもその私に縋りつくように抱き返してきた。


 その日、私たちはいつまでも泣き続けていた。



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