第058話 後処理

 私は訳の分からない光景に暫し、呆然としていたが、すぐさま部屋の状況に意識を戻す。


 レイチェル君は床に倒れており、ベッドの上では血まみれの子供。そして、魂を喰われて生ける屍となった謎の男。そして、砕けた鎖の霊的な破片…


 私はまず、砕けた鎖の霊的破片を拾い上げると、特殊な容器を取り出し、その中に破片を収める。その次に、床に倒れているレイチェル君に駆け寄り、抱き起こす。


「レイチェル君! 無事か!?」


 彼女に声を掛け、その意識を呼び覚まそうとする。


「せ、先生…?」


 彼女は私の呼びかけに応じて、すぐに意識を覚醒させる。


「そうだ、ディーバだ、わかるな?」


「先生…ちゃんと助けに来てくれたのですね…」


 彼女はまだ倦怠感を残しながらも、自力で身体を起こし始める。


「私もこの状況が良く分かっていないのだが、君には怪我はないのか?」


「わ、私の方は、どうやら大丈夫の様です… それよりも、ベッドの上の子供を…」


 彼女は視線をベッドの上の子供へと移す。彼女の衣服は所々、血糊が付着しているが、衣服に刺された跡や、切り裂かれた跡がないので、恐らく、ここの血糊がふちゃくしたのであろう。


 私は立ち上がって、彼女の言葉通りに、ベッドの上の子供の様子を見る。


「マズいな、早く処置をしないと危ない」


 私は腰の小道具入れから、小さなナイフを取り出すと、子供の傷口を止血していた布を切り取っていく。


「先生!」


 私が刃物を使って子供の布を取り去っているので、彼女は心配して声を掛けてくる。


「安心しろ、レイチェル君。魔法を効果的に作用させるため、傷口を露出させているだけだ」


 私は彼女が心配している横で、小道具入れから治療薬を取り出し、子供の傷口へと塗り込んでいく。そして、その傷口に沿って手を翳し、魔法を展開していく。


 すると、大きく切り裂かれた傷口は、治療薬と私の魔法によって、時間を戻していくように、僅かな跡を残しながら塞がっていく。


「先生! 凄い! 跡形もなく傷が塞がっていきます! もうこの子は大丈夫ですよね?」


 レイチェルは目を丸くしながら、子供の傷の回復に喜びの声をあげる。


「いや、まだだ。傷は塞がっていても、出血でかなりの血を失っている。このままでは血が足りない」


「では、この子は助からないのですか!?」


 彼女は眉を顰めて声を上げる。


「大丈夫だ、これでも私は神聖魔法の教師をやっているのだぞ」


 私は彼女を安心させるためにそう言うと、小道具入れの中から、注射器と造血剤を取り出し、注射器に造血剤を吸わせる。そして、子供の腕に注射器を差し、少し注射器を引く。すると、透明だった中の造血剤の中に子供の血が混じる。私はその注射器に呪文を唱え、魔力を込めていく。すると透明だった造血剤は血の色へと変わっていく。


「よし、この子供の血を複製できた。これを何度か打ち込めば回復するであろう」


 私は造血剤を子供の血に変化させ、打ち込んでいく。その治療を何度か繰り返していくうち、死人の様に青白かった子供の顔は赤みかかり、生気を取り戻していく。


「先生! 子供の顔色が良くなってきています! 流石先生!ありがとうございます!」


 彼女はまるで自分の事の様に、瞳を涙で潤ませながら、私に感謝の意を現す。


「子供は国の宝だ。私は当然の事をしたまでだよ。それより、これはどういう事態なのか説明してもらえるか?」


 レイチェル君が倒れていて、子供が血まみれで、マチェットを持った男が『人型』に魂…恐らく、霊体全てを喰われた。恐らく、この状況から察するに、男が子供を痛めた犯人だと思われるが、そうでなかったとしても、もうあの状況下ではどうしようもなかったであろう。私にはあの『人型』を止める力などないのだ…


「先生、それよりも、部屋の前にこの子供の父親と思われる人物や、他の部屋には他の被害者がいます! その人たちを何とかする事はできますか?」


 彼女は私に縋りついて頼み込んでくる。


「私も持ち歩いている薬品に限りはあるが、出来るだけの事はしよう」


 私がそう答えると、彼女は次の被害者の元へ私を案内する。案内された場所はこの部屋のすぐ外で、男性が腹部から臓器をぶちまけて倒れていた。


「先生…この方ですが…」


「レイチェル君…この方はもう亡くなっている…」


 直接、手を取って脈を見ることなどせずとも、私の目にはこの男性の生気のオーラは完全に失われていることが見えた。


「やはり…そうですか…では、他の被害者も全てダメなのですね…」


 彼女は、やはりダメかという顔をして目を伏せる。


「あぁ、いくら私と言えども、死者を復活させる事は出来ない。死霊術を使えば、亡者として復活させることは出来るが、それは犯罪捜査以外では禁止されている行為だ」


 例え、亡者として復活させても、暫くしたら人格と理性を失い、肉体は朽ち果て、いわゆる化け物と化してしまう。


「もしかして、君の前世での世界では可能だったのか?」


「いいえ…私の前世での世界でも死者の復活は出来ませんでした…」


「だろうな…」


 マルティナ君の話によると、彼女の世界はレイチェル君と同じ世界で、こことは異なり、魔法と言うものはなかったそうだ。なんでも向こうの世界では魔法は超常現象として取り扱われ、ほとんどが詐称行為だったという。


 しかし、この世界の魔法は論理体系が整理され、確立した技術として扱われている。しかし、魔法が存在しても解明されていないものに対しては、我々はまったくもって無力なのである。その一つが、生命である。肉体とその霊体の解析はある程度出来ているが、やはり、霊体の高次元解析はまったく手も足も出ない状態である。


 よって、魔法のあるこの世界に於いても、死者の復活は神秘の領域なのだ。


「では、ユリは…どうする事も出来ないのですね…」


 レイチェル君が顔を伏せたままぽつりと言う。


「そのユリという人物は?」


「別の部屋で亡くなっている、私の友人の友人です…」


 友人の友人とは奇妙な言い回しだ。色々と訳があるのだろう。


 そんな話をしていると、この建物の表が騒がしくなり始める。


「一体、なんだ?」


「恐らく、友人のジュンが呼んできた憲兵だと思います」


「そうか、では、その憲兵と共に、この件の事情を聞くとしよう。君もこの様な状況を何度も話すのは辛いでだろ?」


 私の言葉に彼女は小さく頷いた。



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