第057話 緊急事態

「ディーバ教授、そろそろ授業の時間でございますが」


 部下の文官が授業の時間を知らせに来る。本来であれば、時間ぐらいは自分自身で常に確かめるべきではあるが、私は調べ物や読書中はついつい時間を忘れてしまう。なので、部下はこの様な他愛もない事で例など述べる必要はないという態度を示すが、私は自己管理の甘さにケジメをつけるために、部下にはきっちりと礼を述べる。


「ありがとう、助かるよ」


 そう告げてから、読書していた本を閉じ、次の授業に使うための教科書と教材を整理する。すると、右手の中指につけていた指輪が反応し始める。この指輪はレイチェル君に渡した指輪と対になるものだ。この反応は通常時の反応ではなく、指輪が害意ある第三者に触れられた時になるもの。しかも、通常の害意ではない、殺意レベルではないと反応しない物だ。


「君! ちょっといいか!」


 私は部屋を退出しようとした部下の文官を呼び止める。


「はい? なんでございましょうか?」


 険しい顔をして呼び止める私に文官は少し困惑した顔をしていた。


「私は、緊急の用事が出来た。すぐに行かなくてはならない!授業の方は休講の手配をしておいてくれ!」


「あっ! はい! 分かりました!」


 私は懐から緊急用の転移魔法具を取り出し、指輪に触れながら瞳を閉じて意識を集中する。


『学園の外!? しかも帝都の住宅街か!』


 私は指輪を通して彼女の場所を確認するが、その場所に驚愕する。そんな場所で『人型』が解放されれば、どれだけの被害者が出るか想像もできない。私は先程取り出した魔法具を握る手の力を増して握りつぶす。すると、パキンッ!と音を立てて割れ、視界が歪み始める。


 何度かこの魔法具は使用したことがあるが、この感覚には慣れない。私は瞳を閉じてその感覚を我慢すると、足元の地面がふっと消え、浮遊感を感じる。そして、2・3秒の間、浮遊感を感じた後、唐突に足の裏に接地感を得る。


 転移終了だ。私は再び瞼を開く。すると目の前…いや、部屋全体に信じられない光景が映し出されていた。


 子供部屋であろう小さな部屋に、ベッドの上に横たわる血だらけの子供。床に倒れ込むレイチェル君に、刃物を持った呆然自失の謎の男。そして、部屋全体に所狭しと出現しているあの存在…


 大きな部屋なら接触を回避できたかもしれないが、この様な小さな部屋では接触は不可避だ。私はすでに『人型』と霊的に接触している。『人型』との接触個所から、尋常ではない不快感と嫌悪感が流れ込んでくる。また、『人型』の表面に纏わりつく黒い蛆虫のような存在が私の身体にももぞもぞと纏わりついてくる。


 キャハハ…


 クワセロ…


 ユルサナイ…


 私に這い上がり纏わりつく黒い蛆虫の小さな声が、霊的に繋がった私の頭の中に流れ込んでくる。


 この黒い蛆虫の様な存在は、『人型』が纏うただのオーラの形態ではなく、それら一つ一つが意識を持った存在だったのか!?


 それでは、こんな存在をその大きな体に無数に纏わせている『人型』は一体なんだというのだ!?


 私は『アイツ』に視線を向ける。すると『人型』は呆然自失になった男に舐める様に顔を近づけており、その左腕は男の身体を握りしめていた。もちろん、物理的に握りしめているのではないが、霊体を持つ生き物であれば、霊体を押さえられているので身動きは出来ないであろう。無理に動かせば肉体と霊体とが剥がれてしまう。


 『人型』は残った右腕を男の頭に向けて動かし、その頭を掴む。そして、ゆっくりと上に持ち上げていく。私は信じられない光景を目にした。


 『人型』は男の霊体を引き抜いている!?


 ずるりと音を立てそうな感じで、男の霊体の上半身がその肉体から引きずり出される。『人型』は右手を男の上半身に持ち帰ると、一気に男の霊体全てが肉体から引きずり出された。


『なんだ!? なんだよ!! うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!』


 男の霊体の声が、精神波となって響き渡る。


 その声に反応するように、『人型』の何もない顔にあの口が現れる。大きな歯にむき出しの歯茎、それが口角を上げ、ニヤリと笑う。


「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 『人型』の口が粘液が糸を引きながら開かれて、男の霊体の頭から近づいていく。そして、一口で、男の上半身を腰の辺りまで加え込む。数秒の間、男の足はじたばたしていた。


 ブチンッ!


 男の霊体の上半身が嚙み千切られる。上半身を噛み千切られた下半身はビクビクと痙攣をしている。しかし、『人型』は頭を上げて、残った下半身を口の中に放り込む。


 『人型』は暫くの間、男を口の中で味わいながら転がすように、顎をころころと動かしている。だが、顎を少し開くと、一気に力を入れて引き締める。


 プチュッ!


 男の霊体が、『人型』の口の中で噛みつぶされる。そして、『人型』は味に満足したように、口を開けてニタリとすると、頭を上げて喉越しを味わうように呑み込む。


 

 パキィンッ!!!



 私の目の前で、『人型』の右上腕を拘束していた鎖が弾け飛ぶ。


「『人型』の拘束する鎖が弾けとんだだと!?もしかして、コイツは人の魂を喰らう事で、鎖の拘束を解き放つというのか!」


 こんな奴を解放しては絶対にいけない! 私はこの時の為に開発しておいた、魔法具を懐から取り出す。


「まだまだ、開発中のもので、『人型』には力不足であるが、致し方ない!!!」


 私の取り出した、六つの水晶の魔法具を魔力を込めて、『人型』に投げつける。六つの水晶は『人型』を等間隔で囲うように展開する。


「どこまで封印できるかは分からないが、必要とあらば私の命も使わねばなるまい!!」


 私の魔力に応じて、六つの水晶が輝きだし、それぞれが光の線で繋がり、魔法陣を形成する。


「Ich werde dich auf Kosten meines Körpers zurückhalten.Einer, rechter Arm. Zwei, linker Arm.Drei, linker Fuß!」


 私は、魔力を込めながら呪文を組み上げていく。しかし、『人型』は私に向き直り、ニヤリと笑うと、レイチェル君の中へと吸い込まれていき、あっという間に姿を消してしまった。その様子は前回の強引に引きずり込まれた消え方とは異なり、まるで自身の意思で戻ったように見えた。


「一体、なんだというのだ…」



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