第056話 生存者
「レイチェル…この子は…」
「えぇ…恐らく…ジュンの友人のユリだと思うわ…」
ユリの身体は壁を背にもたれ掛かり、喉元を切り裂かれ、首から下の服や床を真っ赤な血糊で染め上げていた。
焦点の合っていない開かれたままの瞳、糸が切れたかのように投げ出された手足、そして、喉元を切り開いた傷と、そこから溢れだした血の量…全てが彼女の命が消えていることを物語っている。
多少の希望を祈っていたが、やはり叶わなかった。ジュンを連れてこなくて正解だったであろう。しかし、彼女が霊となってジュンと話したとしたら、何を話したのであろうか。
コトリッ…
私の後ろの方から小さな物音が響く。
「レイチェル! 何か物音が!」
「行ってみましょう!」
私はユリの遺体を残し、踵を返して部屋を後にする。そして、廊下に出て耳を澄ませる。
「うぅ」
小さな呻き声が聞こえる。
「リーフ!聞こえた!?」
「聞こえたよ! レイチェル! 向こうの廊下の奥だよ!」
私はもはや、足元の血糊を気にせず、廊下の奥へと急ぐ。私は廊下を道なりに進み、曲がり角を曲がったところで足を止める。
そこには扉を背に一人の男性が座り込んでいた。しかし、一目見て、その男性が息をしていないのは分かる。腹部を切り裂かれて、中の腸などの内臓が飛び出ていたのだ。
私は再び込みあがる吐き気に男性から顔を背ける。
「レイチェル! 大丈夫!?」
「だ、ダメ…」
しかし、私が弱音を吐いて、込みあがる胃の内容物まで吐こうとした時。
「うぅ…」
再び、呻き声が聞こえる。後方は男性の身体の方角だ。しかし、男性の声などではなく、子供の呻き声だ。
「子供の声!?」
「レイチェル!もしかして生存者!?」
私は生存者の声に、なんとか込みあがるものを抑え込み、再び男性へと向き直る。
恐らく、この男性は最後の力を使って子供を守るために、この扉の前に倒れ込んだのであろう。しかし、部屋の中を調べるためには、扉の前にある男性の遺体を動かさなければならない。
私は覚悟を決めて、男性に手を合わせる。
「お名前は知りませんが、ご無礼をする事をお許しください…」
男性の遺体に謝罪の言葉を掛けると、私は男性の肩を掴み、体重を後ろにかける。すると、扉を守っていた男性の遺体は、前に倒れ込む様に動き、私は尻もちをつく。
臀部に痛みと制服のスカートに血糊がついたが、これで扉を開くことが出来る。
私は男性に頭を下げながら、扉の前まで進み、その扉を開く。部屋の中はどうやら子供部屋の様であるが、子供の姿は見えない。私は中へ進み、ベッドの掛け布団を捲って見たり、そのベッドの下を覗いてみたりするが、子供の姿は見えない。
「おかしいわね…子供の声が聞こえたはずなのに…」
すると、リーフが私の耳を引っ張った。
「レイチェル! あれじゃないの!?」
そう言って、リーフが指差す先を見てみると、ほんの僅かではあるが、クローゼットの中に血痕が続いている。
私はゆっくりとクローゼットに近づき、その扉をあける。すると、中には六歳ぐらいの男の子が倒れていた。
「大丈夫!?」
私はすぐに男の子を抱き上げた。すると、男の子の身体には服の袖を千切って、肩口のあたりから脇腹の所まで縛り付けてある。おそらく誰かが止血の為に施したのであろう。
「止血の為に括りつけているみたいだけど、まだ、出血は止まっていない様ね…処置が必要だわ」
私は男の子をベッドに運び、両手を伸ばす。
「レイチェル、大丈夫なの?」
「分からないわ、私、魔法が苦手だから… でも、切り傷ぐらいは直したことがあるわ、少しでも止血をしないと!」
私は目を瞑り、男の子に両手をかざして力を込める。
ぞわり…
突然、私の背中に猛烈な悪寒が走る。
「ひぃぃぃぃ!!」
「うそ! こんな時に!!…」
この背中に走る悪寒…どうして、『アイツ』が外に出ようとしているの? もしかして、辺りに遺体が沢山あるから?
「そうだわ、こんな時の為に、先生から指輪を貰ったんだった…」
私は先生から貰った指輪の事を思い出す。ただ、部屋に戻った時に皆がいたので、指にはめる事無く、スカートのポケットに入れたままだ。私は、ポケットに手を入れて、指輪の入った小箱を取り出そうとするが、貧血に似た倦怠感と睡魔が私を遅い、手から小箱を落としてしまう。
「早く、指輪を…」
私は小箱を拾おうと手を伸ばすが、倦怠感と睡魔の為、私は膝を崩す。
「こんな住宅街の中で『アイツ』が出てきたら大変なことになる…」
しかし、身体は思うように動かない。
そこへ、部屋の外の廊下から、誰かが近づいてくる足音が鳴り響く。
「一体…誰が近づいているの…」
憲兵だろうか? それともジュン? 私は床に片手をつきながら、部屋の扉に目を向ける。
「おやぁ? まだ、生き残りがいたとは、それに新しい女も増えているな…」
『誰? 誰なの? そして、この人は何をいっているの?』
床から見上げる男の姿は、使用人の様な作業着の姿をしているが、その作業着は血糊で斑模様となっており、そして、その手にはマチェットの様な刃物が握られている。
よって、この男は生き残りでもなく、惨状を知って駆けつけた近隣の住民でもない。そうこの男こそが、この家の惨状を作り出した犯人そのものなのだ。
「は、早く…先生に連絡をしないと…」
私は床に転がった小箱に手を伸ばす。
「あぁ? なんだ?」
男は小箱に手を伸ばす私に気が付いて、これ見よがしに、私の目の前で小箱を拾い上げる。
「それは…ダメ、返して…」
私は男に向けて手を伸ばす。
「あん? そんなに欲しがるという事は、大事なものが入っているのか?」
男は私の状況を見て余裕があるのか、小箱の蓋を開ける。
「なんだ? 指輪? しかも装飾もない安物じゃねえのか?」
男はそう言って、指輪に手を伸ばすと、いきなり眩しい光が溢れだした。
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※はらついの次回は現在プロット作成中です。
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