第055話 探索

「誰って、ユリと話をしているのに決まっているじゃないですか!」


 私は玄関に向き直る。しかし、玄関は半開きの扉があるだけで、そこには誰もいない。


「私には誰も見えないのだけれど…」


「何を言っているんですか! レイチェルさん! そこの玄関にユリがいるじゃないですか!」


 ジュンは私が冗談を話していると思ったのであろう。眉を顰めて声を荒げる。


「ねぇ…ジュン…ちゃんと答えて、ジュンには見えて…いるのね?…」


 私はジュンの両肩を掴んで、ジュンの顔を正面に見据えて尋ねる。


「レ、レイチェルさん? ユリが見えていないんですか?」


 決まりだ。温室の時と同じである。ジュン達には見えていて、私には見えない。となるとその存在は…


 私は門を開け放ち、玄関まで続く道と階段をどんどん進んでいく。


「ちょっと! レイチェルさんっ!!」


 私はジュンの声を無視して、半開きになった扉を掴み開け放つ。


「うそ!… ユリが…消えた!?」


 私が扉を開け放ち、中の様子に驚愕している横にジュンが駆けつける。


「レイチェルさんっ! ユリは!? ユリはどこに消えたのって… 何…これは!?」


 玄関の扉を開けた向こうには、至る所に血飛沫や血糊が飛び散った空間であった。


「一体、これはどうなっているの!? なんで、血が… ユリは… ユリはどうしているの!!」


 突然の非日常の悲惨な光景に、ジュンは取り乱し、混乱し始める。


「ジュン! 落ち着いて!!」


 私はジュンに向き直り、大声をあげる。


「レイチェルさん…」


「ジュン…とりあえず、近くの憲兵を呼んできて!」


「でも、ユリが…ユリが…」


「お願い…早く!!」


 私はジュンに有無を言わせぬ勢いで声を上げると、ジュンは戸惑いながらも小さく頷き、踵を返して、憲兵を捜しに行く。


すると、今まで沈黙を保っていたリーフがひょっこり髪の中から姿を現す。


「ねぇ、レイチェル…どうして一緒に憲兵を捜しに行かないの?」


「それは…まだ中に生存者がいるかも知れないでしょ…」


 私はその惨状に恐れ慄きながらも、勇気を振り絞って、家の中に一歩踏み出す。


「えっ!? この中に入っていくの!? こんなところを一人で行くなんて危ないよ! 中に入るなら、どうしてジュンと一緒に入らなかったの!?」


 私は少し沈黙してから、ゆっくりとリーフに向き直る。


「だって…ジュンに友人の悲惨な姿を…見せられないでしょ?…」


 私の言葉にリーフは表情を歪める。


「でも、まだ亡くなった訳では…」


「リーフ…ジュンの友人のユリは、霊の姿になって彼女の前に現れたの…その意味が分かるでしょ?」


 リーフは私の言葉の意味を理解したのか、大きく見開いていた目を伏せて項垂れる。


 私はその姿を見て、前に向き直り、血の色で染め上げられた屋内へと、足の踏み場を選びながら進んでいく。


「こんなことを言ったらダメだけど…」


 私はポケットからハンカチを取り出し、鼻と口元にあてる。


「血の匂いって、生臭いわね…」


 玄関を入ったところは、上に進む階段と、奥に続く廊下があり、私は奥の扉が開いている廊下を進んでいく。


 廊下には引きずった後なのか、それとも這いつくばった後なのか、奥の扉へと血糊が続いていて扉の取っ手にも血糊が付着している。


 私が慎重にゆっくりと足を進めていくと、開いた扉の向こうの部屋の中が、少しづつ見え始める。すると部屋の床に血糊の続く先に誰かの足が見え始める。


「人の足!? 被害者!?」


 私は慎重さを保ちながらも、足の歩みを早めて部屋の中に進める。すると一気に室内の全貌を見る事が出来た。


 部屋の中央には、ご婦人が倒れており、その周りに大きな血だまりを作っている。ご婦人の来ていたドレスの本来の色は分からないが、血で染め上げられ、斑模様になっている。


 ご婦人の顔は恐怖の為かそれとも痛みの為か表情を大きくゆがめており、その目は大きく見開かれている。


 目を見開いている事で、そのご婦人が事切れている事は分かるが、私は念のため、手の脈を摂ろうと、しゃがんで、腕を伸ばすが、ご婦人の腕を見た時に猛烈な吐き気を催す。


 ご婦人は、襲われた時に、腕で自分の身を守ったのか、何本かの指は切り落とされており、腕は何か所も切り裂かれ、中の肉と所々白い骨が見える。


「レイチェル…脈は診なくてもいいよ…その人は亡くなっているから…」


 リーフが私の耳元で囁いてくれる。


「そう…分かったわ…」


 私はそう答えると、ご婦人へと差し伸べた手を引っ込める。


「他に被害者…いえ、生存者がいないか調べてみましょう…」


 私は立ち上がり、一階の他の部屋を探索する。しかし、一階にはご婦人以外の遺体や被害者は居なかった。


「一階はもうなにもなさそうね… 玄関の階段の所に戻って、二階を見てみましょう」


 私は、血糊を避けながら、玄関に戻り、二階に続く階段を見上げる。階段の踏み板を確認すると、やはり至る所に血糊が付着している。私は、足元に気を付けながら登って行こうと、無意識に手すりに手をやると、にちゃりとした感触を手に受ける。


 私はすぐに手すりから手を離し、掌と手すりを確認すると、べったりとした血糊がついている。


「レイチェル…」


「大丈夫、手を切った訳ではないわ」


 私はリーフにそう答えると、口元に当てていたハンカチで手についた血糊を拭う。しかし、血糊はかなりの粘度を持っていて、小さなハンカチで拭ったぐらいではそう簡単には全てを拭う事は出来ない。


 私はハンカチと手の血糊を拭う事も諦めて、視線を階段の上に向け、登り始める。階段の半ばの踊り場で階段は一度曲がり、そこからもう少しあがって二階の廊下にでる。


 廊下は階段の場所から左右両方に伸びており、血糊は両方に続いている。私はなんとなく左側に進んでいくと、血糊は廊下に続いており、廊下の突き当りの扉で塞がれている。


「この部屋の中まで続いているわね…扉を開けないと」


 しかし、扉の取っ手には血糊がついており、ハンカチは先程捨ててしまった。私は一度、唾を呑み込んでから、覚悟を決めて、その血糊の取っ手を握る。


 ギギギィ


 扉は軋みを響かせ開かれる。そして、部屋の中の光景が私の目に飛び込む。


 私は、目を見開き、暫く驚愕に身体を震わせていたが、ゆっくりと目を閉じる。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei


ブックマーク・評価・感想を頂けると作品作成のモチベーションにつながりますので

作品に興味を引かれた方はぜひともお願いします。


同一世界観の作品

異世界転生100(セクレタさんが出てくる話)

https://kakuyomu.jp/works/1177354054935913558

はらつい・孕ませましたがなにか?(上泉信綱が出てくる話)

https://kakuyomu.jp/works/16816452220447083954

もご愛読頂ければ幸いです。

※はらついの次回は現在プロット作成中です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る