第054話 誰と話しているの?

 私の部屋でいもくじを使ったお茶会をした翌日。ジュンが朝に私の部屋に来て、一緒に朝食を摂ることになった。


 ニースとサナーは早めに朝食を摂り、学園に向かったようで、マルティナはいもくじで親を何度も当てていたので、どうやら食べ過ぎで、朝食は要らないようだ。よせばいいのに、あの後の夕食も幾つも目についた小皿をとって、食べきれず、皆で協力し合って食べきっていた。


「えっと、ジュン、その友人の所にはどうやっていくのかしら?」


 私は朝食を終えたジュンに尋ねる。


「はい、学園前の駅馬車に乗って、中央まで出て、そこから南住宅街方面に乗り換えですね。時間にして30分ぐらいでしょうか」


 駅馬車と電車との違いがあるだけで、まるで東京の通勤網のようである。これではぶらりと帝都の街中に出て一人で散策などは出来ないであろう。すぐに迷子になってしまいそうだ。


 今日はジュンのお見舞いの付き合いだが、暇が出来て、街に繰り出す時は、誰かと一緒に出かけた方がよいかもしれない。他の人がダメならエマでも誘ってみようかな?それともどこかで、帝都ウォーカーのような情報紙でもないであろうか。


「レイチェルさん、今日は本当にありがとうございます」


 ジュンは改まって私に頭を下げてくる。


「別にいいのよ、私たちは友人同士でしょ?だから、持ちつ持たれつなのよ」


「でも、わざわざ街に繰り出す事になってしまって…」


 ジュンは口論した友人に会いに行くためか、少しナイーブになっているようだ。


「私だって、浴場で腹痛で困っていた時に、見ず知らずの私にジュンが声を掛けてくれて、その上、部屋に招いて薬湯を振舞ってくれたお陰で、あれ以来、腹痛に困らなくなったの、だから、今日の付き添いはその時のお礼よ」


 あの時のお茶や、その後、サナーが定期的にその材料の薬草を持ってきてくれるお陰で、私は定期的にあのお茶を飲むことが出来て、ストレスによる腹痛にはなっていない。だから、お世辞などではなく、本当にジュンのお陰で助かっているのだ。


「そう言って頂けると助かります。あっ、着ましたね、あれに乗って行けば中央に出られます」


 学園の正門を出たところで、巡回する駅馬車がやってきて、私たちは学園で降りる学生と入れ替えで、その駅馬車に乗り込む。学園で降りる人が多かった為、私たちは気軽に二人並んで座ることができた。


「ところで、その友人とは何のことで口論したの?」


 私は隣に座るジュンに尋ねる。ただ心細いだけでなく、いざとなったら仲裁役を演じる為である。


「はい、薬の効果について、その友人と口論になって…」


「薬の効果で? 具体的にはどんなはなしなの?」


 ジュンの話に私は少し興味心を擽られた。薬の事を深く知らない一般人からすれば、風邪を引いたらこれ、お腹を下したらこれといった感じで、深く薬効などは考えない。なので、少し専門的な話を聞きたいと思った。


「そうですね、詳しく説明すると難しい話になるのですが、大雑把に言うと、対処的な効果を求めるか、根本的な効果を求めるかですね」


「えぇっと、対処的な効果というと、例えば熱が出ているから熱を下げる為の効果で、根本的な効果と言うと、その熱の原因を直す為の効果というところ?」


「そうです、そんな所です。私が根本効果を重視して、その友人が対処的な効果を重視して、お互いに譲り合わなくて…」


「両方を一度にって事は出来ないの?」


 素人の単純な疑問をぶつけてみる。薬を飲む側としては両方の効果があった方がよい。


「はい、それが出来るものはそうしているのですが、薬の成分によっては、同時に服用することが出来ないんです。だから、言い争いになってしまって」


 なるほど、そういうことだったのか。そんな簡単に済む事であれば、専門で学ぶ者同士が口論になったりしないか。


「難しい話ね、もうその様な状況だったら、専門の医師が状況を判断しながら投与するか、症状が深刻ではない場合には、そうね…患者の判断に任せるのはどうなのかしら?」


「患者の判断ですか?」


「ええ、そうよ、例えば熱が出ている時に、どうしても受けなければならない授業が会った時は、対処的な効果の薬を飲む方が良いし、今日は休めると言うのなら、根本的な効果の薬を飲んだ方が良いから、患者の判断も重要だと思うわ」


 ジュンは私の言葉に何か気が付いたかのように、ぱっと目を見開き、その後、後悔するように、頭を項垂れる。


「私と友人は口論に熱中するあまり、基本で肝心な患者の視点を忘れてました… あっここで乗り換えです」


 私たちは会話しているうちに中央までたどりついたようで、今の駅馬車を降りて、別の駅馬車に乗り換える。乗り換えた駅馬車は人が多くて先程の様に座る場所がない。なので私たちはつり革に掴まって立って乗車することになる。この辺りは、この世界でも満員電車と同じような事になっていた。


「今日、レイチェルさんについてきてもらって本当に良かったです…」


 私の隣に立つジュンが小声で話す。


「私、一人だったら、途中で引き返して来たかもしれませんし、患者視点を忘れていた事に気付く事もありませんでした…」


「ジュンのお役に立てたのなら、本望よ」


 私も小声でジュンに返す。


「あっここです。ここで降ります」


 私たちは大通りの駅に降り立つ。大通りの表には商店が建ち並んでいるが、ジュンの後に続いて脇の小道に入ると、三階建てぐらいの高さはあろうか、所狭しと住宅が建ち並んでいる。こんな住宅事情も日本のものと似ている所が興味深い。


「ここです。この家です。私の友人のユリ・アルターとの家です」


 ジュンが立ち止まって指し示した住宅は、手前に人の胸の高さの壁があり、その向こう側に狭い軽自動車一台分ぐらいの庭が玄関に続く道の両側にある。建物自体は、一階部分が半地下になっており、階段を登って二階部分に玄関がある。上を見上げると三階ほどだと思っていたが、窓の数から半地下の一階部分を合わせて四階ほどはありそうだ。なんだか、産業革命時の英国のような住居である。


 ジュンは門の所にある紐を引っ張る。すると建物の中から、チリンチリンと鈴のなる音が響く。これが呼び鈴のかわりなのであろう。


 私たちは呼び鈴を鳴らして門の前で反応を待つ。しかし、一分ほど待ってもなんの反応もない。ジュンは再び呼び鈴を鳴らす。更に一分まっても反応がない。


 そこでジュンはしびれを切らして、玄関に向かって声を上げる。


「ねぇ!ユリ! 私よ!ジュンよ! いたら返事してよ!」


 この家の住人ぐらいだと、その友人一人だけではなく、家族やメイドなどの使用人がいるはずだ。だから、誰も出てこないのはおかしい。もしかして、その友人のユリがジュンを拒絶している場合がある。


「この前は私も熱くなり過ぎたわ! ねぇ! ユリ、病気なの!? 病気だったら、他の人でもいい、返事をしてよ!!」


 ジュンは再び声を張り上げる。


 すると、玄関からカチャリと音がして、ゆっくりとそして小さく扉が開かれる。


「ユリ! どうしたのよ! なんで学園に来ないのよ! 私、心配していたのよ!」


 ジュンは小さく開かれた玄関に向かって声を上げる。


「えっ!? どうしてそんな事をいうの!? それは私も熱くなり過ぎたけど、喧嘩をしたかったわけじゃないのよ!!」


 ジュンは必死な形相で声を上げ続ける。


「ユリ! そんな事を言わないでよ… 怒っているならそれでもいいけど、学園だけは来てよ! そこでちゃんと話し合いましょうよ!!」


 私はジュンの隣に進み、ジュンの肩に手を当てる。


「ジュン、ちょっと…いいかしら?」


「な、なんですか? レイチェルさんっ…」


 私に向き直ったジュンの瞳は涙で潤んでいた。


「ジュン…貴方、誰と話しているの?…」



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