第053話 友人の頼み事

 皆がいるソファーの所まで辿り着くと、テーブルの上には飲み物やお菓子が散らばっている。なんだか、私の部屋がたまり場にされているようだ。


「あっすみません。こちらへどうぞ…」


 そういって、顔を強張らせたサナーが私の為に席を詰めて場所を開ける。周りを見ると、マルティナだけが寛いでいて、サナー達は、やはり私が貴族であるためか、勝手に部屋に入った事で恐縮しているようだ。


 ここで私が不機嫌な顔を見せたら、より一層、サナー達が恐縮してしまい、気を使って私を避け始めるかもしれない。だから、私はアルカイックスマイルに似た貴族令嬢スマイルを作って、サナーの隣に腰を降ろす。


「レイチェル! ちょっとこれを引いてみて!」


 私が腰を降ろすと、マルティナが紙切れの入った小箱を私に突き出す。


「何かしら…これ?」


「いもくじよ!いもくじ! あんまりにも懐かしいから、シャンティーに買ってきてもらって、みんなで楽しもうと思ったのよっ」


 皆の顔をみると苦笑いをしている。どうやら、マルティナがこのいもくじを楽しみたい為に、偶然訪れた皆を部屋の中に引き入れたのであろう。


「なるほど… それでいもくじって、何なの?」


「えっ!? いもくじを知らないの!?」


 マルティナは目を丸くして驚きの表情をする。


「えぇ、初めて聞くわ」


 こちらの世界でも前の世界でも聞いたことがない。


「うそ! 私のおばあさんの実家のあおも…コホンコホン…ジュノーでは当たり前に売られていて、よく箱買いをしたものなのに…」


 今、マルティナは青森と言いかけたようだ。では、前の世界のもののようだ。青森限定の物なのかな?


「とりあえず、くじを引けばいいのね?」


「そうよ!引いて引いて!」


 私は差し出された箱に手を入れて、中のくじを一枚引く。


「くじを開けてみて!何が書いてある?」


 マルティナの指示に従い、くじを開いて中を見てみる。


「えっと…親って書いてあるわ…」


「レイチェルおめでとう!当たりよ!」


「レイチェルさん、凄いです!」


「羨ましいなぁ~!」


 親を引いたことで、皆が褒め称えてくれる。この親というのが当たりのようだ。


「さぁさ、この大きい方をとってください」


 そう言ってサナーがクリームコロッケの様な物がはいった箱を私に差し出してくる。箱の中をよく見ると、コロッケではなく、ドーナツのようで、大きいものと小さいものがある。


「結構、美味しいですよ!癖になります!」


 ニースがそう言うので、大きいドーナツを摘まみ、一口食べる。すると、外側はドーナツであるが、中には程よい甘さのしっとりとした芋餡が入っており、言われた通り、中々いける味である。


「あら、ホント、これ、美味しいわ」


「でしょ? くじを引きながら、みんなで食べると美味しいし、楽しいのよ」


 マルティナは目的を果たして大満足の様である。


「これ、私の友達にも食べさせて上げたいなぁ…」


 ジュンがポツリと漏らす。


「なら、呼んであげたらどう? レイチェルも構わないでしょ?」


 知らない人をしらない人物の部屋に招くのはどうかと思うが、ジュンの友人なら大丈夫であろう。


「えぇ、構わないわよ、ジュン、呼んであげたら?」


「あっいや、その友人はここの寄宿舎ではなく、帝都内に住んでいるんですよ」


 あぁ、通学組なのか。


「じゃあ、明日でも誘ってあげたら?」


 マルティナがお構いなく告げる。明日も私の部屋に来るつもりなのか…


「それが…ここ数日、学園を休んでいる様で…」


「病気なのかしら? それなら、お見舞いにでもいってみたら?」


 私がそう提案するが、どうしてかジュンは目を伏せる。


「どうしたの?ジュン?」


 ニースがジュンに声を掛ける。


「それが… 彼女が休む前に、私、彼女と口論しちゃって…」


「あぁ、それで顔を会わせ辛いんですね…」


 サナーがポツリと言う。


「でも、お見舞いに行けば、また仲良くなれるんじゃない?」


 私がジュンに提案を告げる。


「そうよ、お見舞いのお土産なら、いもくじ一箱上げるわよ」


 マルティナもジュンに告げる。このいもくじを幾つも買っていたのか、コロン嬢も好きそうだし、コロン嬢用かな?


「分かりました…」


 項垂れていたジュンが小さく呟く。


「いつ行くの?」


 私は尋ねた。


「早めの方がいいんじゃないの?」


 マルティナが提案する。


「そうですね、種は地面が湿っているうちに捲けといいますからね」


 サナーがマルティナの言葉に同意する。私たちの言葉にジュンは顔を上げて答える。


「では、明日は午前中、授業がないので、明日の朝に行きます!」


 そして、ジュンは皆の顔を見渡す。


「誰かついてきて貰えますか? 私、一人で行くのが怖くて心細いんですっ!」


 その言葉に、皆が皆の顔を見渡す。


「ごめん…ジュン、私、明日、授業がある…」


 ニースは申し訳なさそうに答える。


「私もです…レポートの提出があるので…」


 サナーも項垂れて告げる。


「じゃあ、私がって言いたいところだけど…よくないわよね?」


 マルティナが声をあげるが、尻すぼみになり、私をみて確認してくる。


「確かに、大貴族の令嬢のマルティナが行くのは、相手が驚くわね…」


 私はそうマルティナに告げて、ジュンに向き直る。


「では、私がついていくわ。私は明日の午前中開いているし」


「本当ですか!レイチェルさん!」


 ジュンも私に向き直り、目を開く。


「えぇ、本当よ、友達の為ですもの」


「ありがとうございます!! 私、レイチェルさんがついてきてくれるのは心強いです!!」


 私の手を握りしめて、ジュンは声を上げる。


 そう言えば、コロン嬢の邸宅に行った以外で、私は帝都内を散策したことが無かった。もし、ジュンの用事が早く終われば、二人で帝都を散策するのも悪くないなと…


 この時の私はこの件を軽く考えていたのだった。



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