第052話 そんな物を渡されても

「で、マルティナ君、特に変わった事はなかったかね?」


 私とマルティナは授業が終わり、いつも通りにディーバ先生の部屋に報告の為に来ている。


「特にありません。順調です」


 マルティナはさらりと答える。


「レイチェル君から見てどうだった?」


「はい、コロン嬢やミーシャ嬢との会話も増えておりますし、特に問題は感じません」


 お世辞抜きにしてマルティナは最近、よくやっていると思う。エリシオから酷い扱いを受けるミーシャをコロン嬢と二人で慰めている。だがミーシャの問題は本人があのエリシオを好きなままなので、中々状況が改善しない。


「そうか、では今後も経過を観察する程度でよいだろう。ご苦労様、今日は帰っても良い」


 先生のその言葉で、用事が済んだ私とマルティナはソファーから腰を上げると、また以前の様に私だけが呼び止められる。


「レイチェル君は少し残ってくれないか」


 私がチラリとマルティナを見ると、小さく頷き部屋を退出し、私は再びソファーに座りなおす。そして、先生に向き直ると、先生は私に対して申し訳なさそうな顔をしている。


「先生、どういたしましたか?」


 私は先生のその表情に思わず声をかける。


「その…先日は済まなかったな…」


 どうやら、先生は先日の除霊の一件の事をまだ、悔やんでいるようだ。


「先生、その件はもうお気になさらずともよろしいですのに…あの少女を救えたことですし」


「いや、今日はその先日の詫びとして、あるものを君に渡そうと思うのだが…」


 そう言って、先生は懐から小さな小箱を取り出して、テーブルの上に置き、私に差し出した。


「お気遣いして頂かなくても結構でしたのに…ところでこちらはなんですか?」


 私はテーブルの小箱を手に取り、蓋を開けて中身を確認しようとする。


「指輪だ」


 蓋を開け、中身を見た瞬間、先生の声がかかる。


「えっ!? ちょっと、こ、これは!?」


 もしかして、私を見捨てた事を責任をとると言う意味で、先生は結婚の為の指輪を渡してきたのであろうか。だとしたら、あまりにも突飛すぎる考え方だ。そもそも、私と先生は生徒と教師の立場であるし、子爵令嬢と公爵家男子の身分の差も大きい。許されるわけがない。


 私は指輪を送られたことに、驚き、狼狽えながら、視線を指輪から先生へと移す。


『あっ…』


 先生は、『君を一生守るよ』とか『君を愛している』とかのロマンティックな表情は一切していない。なんだが、『お前、何勘違いしてんの?』という表情をしている。


 私はその顔を見て、冷静さを取り戻し、深呼吸をしてから先生に向き直った。


「この指輪は一体なんでしょうか?」


「その指輪は言わば警報だ」


 先生は真顔で説明する。やはり、変な意味はなかったようだ。


「警報?」


「そうだ、私がいない場所で、君に憑りつくモノが出現しようとした時に、それを使いなさい。アイツが人々に被害を及ぼさない為にも私が駆けつけよう」


 子供の防犯ブザーの様な物かと思ったが、どちらかと言うと病院のナースコールに近いものだ。まぁ、危ないのは私ではなく周りの人間ではあるが。そう言った意味では猫の鈴というか首輪に近い意味の物なのか…


「ありがとうございます…」


 なにはともあれ、私も周りの人間に被害が及ぶことは本意ではない。周りの人間に被害が及びそうな時は先生が駆けつけてくれるというなら、そう言った意味では有難い品物である。


「要件は以上だ。帰ってよいぞ」


 先生にそう言われたので、私は一礼し部屋を退出する。そして、寄宿舎へと戻っていく。


 その道すがら、私は指輪の入った小箱を取り出して眺める。機能的にはありがたいが、装飾品として見た場合には少し困る。ネックレスであれば、服の下に隠せるが、指輪だと隠す事が出来ない。人に指輪をしている所を見られたら、なんと思われるであろうか、特にマルティナに見られたら、色々と勘ぐられてしまうであろう。


 しかし、機能的に見れば、着替えても、どんな服をきていても、すぐに触れる事ができる指輪は理にかなっている。問題はどの指にはめるかである。


 そんな事を考えていたら、自室の扉の前まで辿り着く。私は眺めていた小箱をポケットの中にしまい込み、部屋の中にいるエマに声をかけようと、息を吸い込むが、部屋の中がなんだか騒がしい。数人でおしゃべりをしているようだ。また、マルティナが先に私の部屋の入り込んで、エマやシャンティーと話でもしているのであろうか。


「エマ、帰ったわよ」


「あっはい!レイチェル様!」


 私が声をかけるとすぐにエマの返事が帰ってきて、扉が開かれる。すると、手間のエマの困った顔に、奥のソファーに数人の人影が見える。


「えっ?」


「す、すみませんっ! レイチェル様…」


 エマが申し訳なさそうに頭を下げる。すると、向こうのソファーの人影がこちらを向いて声をかけてくる。


「レイチェル、おかえり~」


「レイチェルさん、お、お邪魔しています」


「すみません…勝手に上がらせて頂いてます…」


「し、失礼しています…」


 マルティナ、ジュン、ニース、サナーの声だ。


「レイチェル様っ、さ、最初にマルティナ様が来られて、その後に皆さんが…」


 なるほど、エマが以前の事でマルティナの入室を許し、そのマルティナがジュン達を招き入れたのであろう。


 以前、エマは憲兵からリーフを守るために、憲兵の入室に抵抗してくれたが、マルティナに関しては交友関係を守るために入室を許可したのであろう。しかし、そのマルティナが無制限に他人の入室を許可しているので、エマはかなり困っている様子だ。


 私はひとつのため息をついてから、笑顔をつくりエマに向ける。


「大丈夫よ、エマ。みんな、大事な私の友人だから」


 そう言ってエマを安心させる。


「レイチェルゥ~早くこっちに来て座りなさいよ」


 向こうのソファーでマルティナが手を振っている。


「わかったわ、すぐに行くわ」


 そう答えると、かばんをエマに預けて、私は皆の待つソファーへと向かった。



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