第043話 マルティナの登校
マルティナの順応は思ったよりも速かった。翌日には自室に戻り、学園にも通学することとなった。しかし、まだ心細いので、一緒に通学するように頼まれる。彼女の受講する科目は、私の物と被っていたので、授業でも一緒に過ごすことになりそうで、逆にマルティナが私に合わせて、農学や植物学まで受けると告げてきた。
「レイチェル、なんで農学や植物学まで受けているの? 貴方、貴族なんだから、自分で鍬を握ったりしないでしょ?」
最初は『アイツ』の事がバレて、負われる身になったらリーフの忠告通りに森に逃げ込むために学び始めたのだが、今では逃げる必要はないが、実際、学んでみると楽しいし、植物学はリーフの為になるかもしれない。また、学園を卒業して領地に戻った時に、領民たちに農業指導が出来るかもしれないのだ。
「最初はちょっとした思惑があって学び始めたのだけど、今では少し面白いわね、後、リーフの為になるからかしら」
「リーフって?」
「あぁ、姿を見せてなかったわね、リーフ、出て来てもらえる?」
私が声を掛けると、リーフは眠たそうな顔をしながら、ひょっこりと髪の中から顔を出す。
「ふぇ?」
「うわぁ! 妖精だ! ホント、この世界は妖精がいるんだ!」
マルティナはリーフの姿を見て、驚きの声を上げる。
「リーフは妖精というより聖霊よ。それよりも、リーフ、最近は姿を見せなかったけど、どうしたのよ?」
「ジュンにあの食べ物を貰ってから、眠たくて眠たくて… でも、見て! 私、成長したんだよっ!」
リーフはそういって、ぬるりと髪の中から全身をだして、私にその姿を見せつける。以前のリーフはマラソンランナーのようなカリカリの体つきであったが、今では胸も膨らみ始め、太もももむっちりして女の子らしい体系になってきた。
「ジュンからもらった食べ物って、肥料の事よね… やはり、ちゃんとした肥料が足りなかったのね、ごめんなさいリーフ」
「別に大丈夫だよっ」
「しかし、あれよね…大きなお友達が喜びそうな姿の子ね…」
マルティナがリーフの姿をマジマジと見つめながら漏らす。
「リ、リーフ、これからもあまり人が大勢いる所に出てきちゃだめよ、攫われちゃうから」
「はーい」
少し、小さな可愛い子供を持つ親の気持ちが分かったような気がする。
マルティナとそんな会話を交わしながら教室へと向かっていると、私たちの姿を見つけて立ち止まり目を大きく見開く人物がいた。
「…マルティナ?」
その人物は小さく呟き、ゆっくりと私たちに近づき、やがて金髪の縦ロールを振り乱して駆け寄ってきて、マルティナを抱きしめる。
「マルティナ!! 良かったわ、目覚めたのね! 心配しておりましたのよ!!」
「コ、コロン様…」
マルティナは少し狼狽えながらもコロン嬢の抱擁を受け止める。
「目覚めたのなら、どうして胃の一番に私に連絡入れてくれないのよっ! 私、何度も貴方をお見舞いして、貴方が目覚める日をまだかまだかと待っておりましたのに…」
「す、すみません、コロン様、私、目覚めたばかりで、混乱しておりまして、連絡がとれませんでしたの、通学する事を決めたのも昨日の夜の事で…」
「まぁ、そうでしたの…それではしかたありませんね…でも、目覚めて本当に良かったわ」
コロン嬢はマルティナを一頻り抱きしめて喜びを現すと、今度は私に向き直る。
「レイチェル様、貴方がマルティナを助けてくれたお陰で、マルティナがまたこうして目覚める事が出来ましたわ! ありがとうございます!」
そういって今度は私がコロン嬢に抱きしめられた。
「いえ、私は特に何も…」
実際、マルティナが倒れた原因は私にあるのだし、助けたといっても礼拝堂に運んだだけだ。そんなマッチポンプの状態を誇る事は出来ない。
「それでも貴方のお陰ですわ! いつもマルティナの事を見舞ってくれていたようですし、今日もマルティナを気遣って、一緒に登校してくれたのでしょ? 貴方の様な友人を持てて、私は幸せですわ!」
そう言ってコロン嬢は私を強く出し軋める。私にレズの気はないが、コロン嬢の香水の良い香りが私の鼻腔をくすぐる。上品でセンスの良い香りだ。
「そうだ、どうせなら、三人並んで一緒に授業も受けましょうよ!」
コロン嬢はそういうと、彼女の指定席である教室後方の席に向き直る。
「すみません、私は視力が弱いので後ろの席は…」
教室の座席は基本自由であるが、最前列の席は視力の弱い者の為、後列は上位貴族の席になっている。
「あら、そうでしたの? それでは三人で前列の席に座りましょうか。マルティナも良いでしょ?」
「はい、コロン様…」
マルティナはコロン嬢の楽しそうな態度に気圧され気味に答える。最前列は指定席といっても、座るものは僅かであるし、お互いの距離も1・2席間を開けて座っているので、三人なら十分座ることができる。
コロン嬢はるんるんのご機嫌気分で私たちを教室内へ引き連れていく。
「ねぇ…」
その途中、マルティナが小声で耳打ちをしてくる。
「どうして、主人公の最大のライバルであるはずのコロン様と貴方が友達なんかになっているのよ?」
「彼女は良い人よ、だから友人になっても不思議ではないわ、それに強いて理由をあげれば、貴方のお陰かな?」
「私が?」
「また、今度話すわ」
私がそう答えると、マルティナは不思議そうな顔をして、私とコロン嬢を見ていた。コロン嬢の方は、教室の後ろに、並んで座る『悪役令嬢』のミーシャとテレジア、令嬢たちに囲まれているオードリーに手を振っている。
ようやく、コロン嬢以外の『悪役令嬢』達が授業に参加するようになった。やはり、これはマルティナが目覚めたことも関係しているのであろうか。
私たちの方は最前列の席に、マルティナを中央に三人並んで腰を降ろす。マルティナと一緒にいる事でニコニコで上機嫌だったコロン嬢であったが、突然、眉を顰める。
私はどうしたのかと思い、コロン嬢のその視線を追ってみると、教室の入口にはあの『攻略対象』の五人の姿があった。
彼らは私の姿を見つけると、満面の笑みを浮かべて近づいてくる。
「やぁ、レイチェルおはよう、今日も素敵だね」
「おはよう!レイチェル! 僕、新しい魔法を思いついたんだ! 一緒に練習しない?」
「レイチェルじゃん、お茶しに行こうよお茶」
「知性的な美しさ…流石レイチェルだな」
「お、おはよう…」
五人の『攻略対象』達はまるで、隣のコロン嬢やマルティナ、後ろのミーシャとテレジア、オードリーの存在など無いかのように話しかけてくる。
「コホン、私もここにおりますのよアレン皇子」
コロン嬢は扇子で口元を隠しながら、咳ばらいをして、アレン皇子に声を掛ける。
「あぁ、君もいたのか」
アレン皇子はそっけなく答える。
「それと、カイレル様、婚約者のマルティナが回復したというのに何か仰ることはないのですか?」
コロン嬢は続けて、マルティナの婚約者であるクソ眼鏡のカイレルに小言を言う。
「あぁ、お前、目覚めたのか…愚かでうっとしいから、眠ったままで良かったのに」
カイレルはマルティナを蛇蝎でも見るような目つきで言い放つ。その言葉にコロン嬢は机の下でマルティナの手を握りしめる。私ももう片方のマルティナの手を握る。
「カイレル様の辞書には病み上がりの婚約者を労わる言葉は載っていないのかしら、それなら、私がちゃんとした辞書をお送りいたしますから、もっとお勉強なさる方がよろしいかと思いますわ」
「ちっ!」
自称頭脳自慢のクソ眼鏡カイレルは舌打ちをすると、教室の後ろの指定席へと進んでいき、他の『攻略対象』達も続いていく。
「本当に困った方々だわ…」
コロン嬢は小さくそう呟いた。
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