第044話 再会の感情

 なんだかんだあって、今日の全ての授業が終わった後、マルティナと再会できたコロン嬢はこの後すぐにお茶会をしようと言い出した。


「ねぇ!マルティナの回復を祝ってお茶会をしましょうよ!お茶会!」


 もしコロン嬢に尻尾があったのならば、まるで喜ぶ犬のように尻尾を振り回していただろう。そんな喜び方だ。コロン嬢は先程、クソ眼鏡のカイレルに言い負かせたように、上級貴族の完全無欠の御令嬢といった処も見せるが、おもちゃで喜ぶような子供の様な一面も見せる。彼女は知れば知るほど、頼もしいやら可愛いやらで非常に興味深い人物である。


 私がアレン皇子であれば、わき目も降らず、彼女を可愛がると思うのだが、あの皇子は一体何を考えているのであろうか…


 そんな事もあるが、私とマルティナにはこの後、用事があり、彼女とお茶会をするわけには行かない。


「コロン様、大変申し訳ございませんが、この後、私とマルティナはディーバ先生の所へ経過報告に行かねばなりません。お茶会にお誘い頂いた所、心苦しくはございますが、お茶会はまた日を改めてという事で…」


「コロン様、すみません!」


 私が事情を説明し、それに合わせてマルティナが頭を下げる。


「そうなの…ダメなのね…」


 もしコロン嬢の頭に犬や猫の耳があったなら伏せているに違いない、それぐらい残念さを現している。


「ディーバ先生をお待たせしておりますので、それでは失礼致します。では、また明日に…」


 そうしてコロン嬢に一礼して、彼女の前を去ったのであるが、まるでみゅあーみゃーと声をあげる捨て猫を見捨てるような気分で心苦しかった。


 そして、礼拝堂のディーバ先生の部屋に向かう途中でマルティナがポツリと口を開く。


「あのね…」


「どうしたの?」


 私は歩きながらマルティナに目を向ける。


「ゲームをやっていた時はコロン様の事を作法だマナーだ、身分を弁えろとか、うるさい姑の様に思っていたの」


「あぁ、確かにゲームの中ではそんな処もあったわね」


「でもね、マルティナの記憶の中の彼女や、実際の彼女の姿を見ると、なんていうか実物は違うというか…」


 マルティナが言いたいことが分かる。


「彼女、可愛いでしょ?」


「そうそう!可愛いっていうか、しっかりしているようで、お人よしだからどこか抜けていてほっとけないというか…うん、大切な友達!」


「私もそう思うわ、彼女は良い友達になれる人よね」


 改めて思うが、彼女を次期皇帝になるかもしれないアレン皇子の婚約者に選んだ現皇后陛下は大した人物眼をお持ちだと思う。彼女の教養や立ち振る舞いは言うまでもなく、あの誰からも愛される性格は、次期皇后には貴重で得難い資質であろう。


「話は変わるけど…」


 私は表情を神妙な趣に変えて切り出す。


「なあに?」


 マルティナは普通の表情で私を見る。


「教室であなたの婚約者のカイレルに酷いことを言われたけど…大丈夫なの?」


「あぁ、その事? その事なら、私は大丈夫よ」


 マルティナはさらりと言う。


「でも、マルティナの婚約者なんでしょ? それにゲームの中でも憧れていたのじゃないの?」


「ん~、確かにマルティナの婚約者で、マルティナの記憶の中には彼との記憶があるけど…」


 マルティナは考え込んで言葉を選ぶ。


「感情がないのよ」


「感情?」


「そう、感情が湧かないって言った方がいいかな。マルティナの記憶を辿ればカイレルとの記憶があるんだけど、感情は湧かないの。例えて言えば、テレビでも見ている感じかな?感覚は伝わってくるけど、感情まで共感できなくて感情が湧かない感じかな…」


「同じ食べ物を食べても、美味いと思ったり不味いとおもったりで意見が合わないかんじなの?」


 今一つピンとこないので、尋ねる。


「いや、美味い、不味いの感想すらない感じかな~ それとね…」


「それと?」


「私、ゲームのカイレルは嫌いだったのよ、うざくて鬱陶しくてクソ眼鏡って呼んでたわ」


 私はその言葉にぷっと吹き出す。


「どうして笑うのよ」


「いえ、私も心の中でカイレルの事をクソ眼鏡って呼んでいたから…」


「ははは、なるほど、マルティナの記憶よりも貴方の方が、感想を共感できていたわけね」


 マルティナも声をあげて笑う。二人ともカイレルの事をクソ眼鏡と呼んでいるとは思わなかった。


「まぁ、私の好みはアレン皇子も良いけど、一番の推しはウルグ様だったからね」


「ウルグ様って、細マッチョで短髪逆髪で、テレジア嬢の婚約者の?」


「そうそう! やっぱり引き締まった身体って素敵じゃない? あと口数は少ないけど、気遣いが出来る所とか~」


 マルティナはあーちゃんと同じ興奮する乙女ゲームプレイヤーモードのなっている。


「憧れるのはいいけど、実際に手を出しちゃだめよ。ここはゲームの中ではないんだから」


「わ、分かってるわよ」


 そう答える彼女の目が泳ぎ気味だったのが少し気になった。


 そんな会話を交わしているうちに先生の部屋まで辿り着く。先生は私たちを待っていたようですぐに中に通され、私とマルティナは先生の部屋のソファーに座らされ、先生も私たちの前のソファーに腰を降ろす。


「マルティナ君、今日、学園に登校してどうだったかね」


「はい、特に…問題はなかったかと思います」


 マルティナは少し緊張気味に答える。


「そうか、知人や友人と出会っても大丈夫だったんだね?」


「あっ、大丈夫でしたが…」


「ん? 何かあったのか?」


 マルティナの躊躇いがちな言葉に、先生が尋ねる。


「いえ、大したことはないのですが、婚約者であるカイレルと再会しても何も思わなかったですね…」


「カイレル? あぁ、カイレル・コール・カルナスだな。それは、記憶が不完全という事か?」


「いいえ、記憶はあるんですが、感情が湧かないって感じです」


 先程、マルティナが話していた事だ。


「ふむ、君の感情も回復したように思えたのだが、回復していないのか?」


「そういう訳ではないですね、コロン様と再会したときは様々な感情が湧き上がったので、再会しても感情が湧かなかったのはカイレルだけですね。どうも、本来のマルティナ自身の感情がなく、スズキ・マリコの感情だけが動いている様です」


 先程の会話ではコロン嬢とクソ眼鏡だけの事だと思っていたがそうではないようだ。つまり、例えればマルティナという番組のテレビを見続けるスズキ・マリコという事だろうか。


「なるほど、君には失礼ではあるが、大変、興味深い状況だな。しかし、だからこそ、君が比較的に安定しているのだと思う」


「それはどういう事でしょうか?」


「マルティナの感情とスズキ・マリコという感情の両方が一度に出てくれば、混乱してしまう所であるが、一つだけの感情なので混乱しなくて済むという事だ」


「ん~例えば、一つの食べ物があってマルティナは好きだけど、マリコは嫌いな場合、好きだけど食べたくない、嫌いだけど食べるとかですか?」


「君は変わった例えをするな…だが、そんなものだ」


 ディーバ先生はマルティナの言葉に肩眉をあげるが、すぐに戻って私に向き直る。


「では、レイチェル君、君の眼から見て、マルティナ君はどうだったかね? 客観的な意見が聞きたい」


「はい、まだ初日という事を考えても十分及第点だったと思います。ただ、口数がすくなかったので、今後は口数を増やして行けば良いかと思います」


 先生は私の言葉にうむと頷く。


「マルティナ君、自身が変わったことが露見しないかと思い、口数をへらしたと思われるが、今後はまだ混乱していると言い訳をしながら口数を増やす様にしなさい」


「わ、わかりました」


「では、今日はここまでだ。帰ってよろしい」


 私たちはその言葉で立ち上がろうとするが、私だけ先生に呼び止められる。


「レイチェル君、君にはまだ用事があるのでここに残りなさい」


 私は、その言葉に、一緒に帰ろうとしていたマルティナを見る。


「じゃあ、私は先に戻っているから」


 彼女はそう言うと退出し、私は再びソファーに腰を降ろす。


「さて、馬車の一件は覚えているかね? あの時の前貸しを返してもらおうと思う」


 そう言った先生の顔が、悪い人の顔のように見えた。




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