第042話 弾まない恋話

 翌日は結局、授業を休んで彼女、マルティナと一緒にいることになった。出席するはずであった授業はディーバ先生が何とかすると仰ったので安心していたら、後から教科書のページに栞を挟んで、そこの内容を担当の教師にレポートを提出するように言われた。なんとも言えない気持ちになったがその場は了承しておいた。


 彼女、マルティナの事は、昨日の私の言葉が通じたのか、気持ちが落ち着いており、『マルティナ』として生きる事を受け入れたようであった。あと幸いな事と言っていいのか、彼女は昏睡時の事は覚えておらず、彼女の昏睡が私が原因で『アイツ』が憑りついている事は覚えていなかった。


 マルティナとしての自分を受け入れてからは、少し笑顔を見せる様になるが、刷り込みをされたひよこの様に私の側から離れないようになった。まだ、二日目なので仕方ないであろう。そして、私とよく会話もするようになった。


「やっぱり、ここって乙女ゲームの世界なのよね…私が寝ている間にもイベントが起きたりしてるの?」


「そうね、コロン様とのお茶会イベントはあったわね」


 私たちもお茶を飲みながら話をしている。


「いやいや、そっちの方じゃなくて、『攻略対象』の方よ」


「あぁ、そっちね、発生場所は食堂に変わっていたけど、庭園イベントはあったわね」


 私は食堂での一件を思い出しながら答える。あのイベントの酷かったこと…『悪役令嬢』の皆が気の毒だった。


「個別イベントはどうなのよ?」


「個別イベント? 個別イベントは…起きてないわね…」


 私が避けていたのもあるが、食堂イベントまで、『攻略対象』達を見かけなかった事もある。


「えっ? そうなの? っていうか、起こしてないの? まさか、イベントの発生方法を覚えてないの?」


「ちゃんと覚えているわよ」


 玲子時代のあーちゃんに何度も何度も、本当に何度も聞かされて、その上で、実際に私もプレイさせられたので、攻略wikiを見なくてよいぐらいには覚えている。


「じゃあ、なんで発生させないのよ」


 マルティナは前のめりで聞いてくる。


「マルティナ、どうしてそこまで聞いてくるのよ?」


「だって、貴方が誰を狙っているか知らないと、私の運命がどうなるか分からないじゃないの」


「確かにそうね…」


 確かにマルティナの言う通りである。彼女にとって私が誰を狙うかは最重要項目である。


「私の婚約者キャラのカイレルは止めて欲しいんだけど…私、身体一つで追放になっちゃうし、あっもしかして、全員攻略する逆ハーレムルートとか狙ってる? お願いだから、あれは絶対に止めて! あのルートだと私、殺されちゃうし!!」


「大丈夫、安心して、私はあの『攻略対象』たちに全く興味がないから」


「はっ?」


 私の言葉にマルティナは信じられないといった顔をして目を丸くする。


「いやいや、どうして興味がないの? イケメンだよ?イケメン! しかも、将来は皇帝陛下だったり、国のお偉いさんになるエリート揃いなのよ! 攻略しなきゃ勿体ないでしょ!!」


 マルティナの『攻略対象』の事で興奮するところは、どこか友人のあーちゃんに似ている。あーちゃんも『攻略対象』の事を話すときはこんなふうに鼻息を荒くして興奮していた事を思い出す。


「だって、見た目が良くて、身分が高くても、中身が…あんなにゲスで醜悪なのはちょっと…」


 あーちゃんの時には言えなかった言葉だ。あーちゃんの話を聞いて、実際に自分でやってみて思ったのだが、顔と地位や身分はよいが、中身がクズな所は、私、玲子の父の姿を彷彿とさせて、生理的嫌悪感しか感じなかった。


 しかし、あーちゃんが『攻略対象』の話を始めるのは、いつもリアルで振られた時なので言い出し難かったのだ。


「マルティナ、貴方もゲームで主人公視点で見ていたなら気付きにくいけど、今の『悪役令嬢』のマルティナ視点なら、彼ら『攻略対象』のクズでゴミで醜悪な性格が良く分かるんじゃないの?」


「そんなことある訳…いや、あるわ…マルティナの記憶を辿ったら、マルティナが必死に気を引こうとしているのに、カイレルのクズでうざったい所を思い出せる…」


 最初は私の言葉を否定しようとしたマルティナであったが、マルティナの記憶を辿るたびにカイレルからされた仕打ちを思い出して、カイレルの中身の実態に気付き始める。


「でもさ、彼ら『攻略対象』だってまだ、若いのだから、欠点の一つや二つあるのは仕方がないわよ! それをさ、恋人になって直してあげればいいんじゃないの?」


 『攻略対象』達の中身のクズさに気付き始めても、まだあきらめる事が出来ないのは、マルティナの中の人物が、あのゲームのコアなファンだからなのであろう。


「いや、その欠点の一つ一つが人間として致命的なものだと思うのだけど…」 


 反論しようと身構えていたマルティナであったが、私の的を得た言葉にぐうの音も出ない状態で、やがて諦めたように項垂れる。


「では、レイチェルはなんで『攻略対象』がそんなに嫌いなのにあのゲームをしてたのよ…」


「私が進んであのゲームをしていた訳ではないのよ、私の友人がよくやり込んでいたから付き合いで、あのゲームの内容を覚えたのよ。それにね…」


「それに何?」


「あのゲームの中の『攻略対象』達が権利や正論っぽい事を言いながらも、前の女を捨てて新しい女に靡くところが、私の父を見ている様で、生理的に受け付けないのよ…」


 私は父が新しい女を作って母を捨て、母と共に私たちがあの家から追い出された時のことを思い出していた。母は自分が悪いと言っていたが、私の目には母に落ち度は無かったように思えた。強いて母の落ち度を上げれば、あの父と結婚した事であろう。


「あぁ、貴方の前世、色々あったのね…難しい話っぽいから聞かないでおくわ」


「ありがとう、そうしてもらえると助かるわ…もう過ぎた前世での話だからね…」


 話が暗い方向へ向かってしまったので、二人とも話が続かず黙り込んでしまう。


 そんな所へ、扉がノックされ、人が入ってくる。ディーバ先生だ。


「どうした?二人とも、何かあったのか?」


 先生が私たちを取り巻く空気を察して、声を掛けてくる。


「いえ、前世での話をしておりましたので、少し…」


「別に仲が悪いとかではないです」


 二人して、空気が重くなったのはなんでもないことであると告げる。


「そうか、あまり重い話はしないように、特にマルティナ君はまだ自分になれていないのだからな」


「えっあっはい、でも、大分なれましたので、お気遣いなく」


 マルティナは素で答える。彼女は最初こそ落ち込んでいたが、元来は気さくな性格なのであろう。


「そうか?大丈夫なのか? それなら一度、こちらの世界の君の関係者に引き合わせてみようと思うが、大丈夫か?」


「えっ? 関係者って一体誰です?」


 記憶が困惑して、自分が誰かが整理がついていない状態では、関係者との接触はかなり精神を消耗する。その人との距離感が掴めないからだ。


「君が実家から連れてきた専属のメイドだ」


「専属のメイドと言うと…シャンティーですか?」


 マルティナは記憶を辿りながら尋ねる。


「そうだ。大丈夫か?」


「おそらくシャンティーなら問題ありません」


「分かった、これから連れてくる」


 先生はそう言い残すと部屋を退出し、私たちはまた二人きりになる。


「ねぇ、マルティナ、本当にもう出会っても大丈夫なの?」


「えぇ、両親や兄弟なら辛いけど、シャンティーなら大丈夫よ」


 マルティナはまるで問題なさそうに言う。するとすぐさま先生が私たちより2・3歳程年上の無表情な顔をしたメイドを引き連れて現れる。


 そのメイドはマルティナの姿を見つけても、とくに笑顔を作るでもなく無表情のままで一礼する。


「マルティナお嬢様、ご心配しておりました。こちらのディーバ様より、事情はお伺いしております。マルティナ様がマルティナ様の姿で居られる以上、このシャンティーはマルティナお嬢様にお仕えいたします」


 そんなメイドの言葉を聞いてマルティナは私に振り返る。


「ねっ、大丈夫そうでしょ? 彼女、ドライだから」


 確かに命令があれば動く機械の様なメイドである。


「はい、私はドライです。逆にウェットな反応を求められる方が困ります」


 そのメイドはそう答えたのであった。



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