第041話 同郷人

 ディーバ先生が連絡の為、席を外している間、私と彼女は、お互い何を話していいのか分からず、当たり障りのない会話を交わしいたが、先生がなにやら書類の束を携えて戻ってきてからは、穏やかな口調ではあるが、先生の尋問のような時間が始まった。


「辛くなったり、疲れたら、すぐに言ってくれてよい。私は君を問い詰めるつもりも、困らせるつもりもない。ただ、記憶を整理し、早く、君自身やこの世界に馴染めるようにしたいだけだ」


 優しく告げたのはこの時だけで、傍で聞いている私には尋問にしか聞こえなかった。


「では、この世界での君の名は?」


「マ、マルティナ・ミール・ジュノーです…」


 先生は彼女の返答を履歴書や戸籍のような書類を見ながら確認していく。


「生年月日は?」


「西暦、二千…」


「こちらの世界のもので頼む」


 彼女が途中まで言いかけた所で、先生が訂正の言葉をいれる。


「はい…皇期2708年2月14日です」


 この様な尋問が延々と繰り返されていたが、段々、彼女の声が小さくなり、返答も遅くなってきた。


「そろそろ、疲れてきたようだな…今日はここまでにするか」


 その言葉に彼女はようやく終わったのかと言わんばかりに胸を撫でおろす。


「部屋の準備は整っているか?」


 先生が部下の文官に尋ねる。


「はい、恐らく整っていると思います」


「まぁ、何か足りなくても彼女たち二人に見てもらってからでも良いだろう」


 こうして、私と彼女はこの部屋を出て、新たに準備された部屋へと向かう。


 最初はこの礼拝堂の奥の部屋であると思っていたが、私たちは礼拝堂を出て、別の建物へと向かう。


「本当に日本じゃないんだ…知らない異世界に来てしまったんだ…」


 彼女は礼拝堂や外の風景を見てそう漏らす。


 そうして、別の建物へと辿り着き、宿泊する部屋へと案内される。部屋の中には私のメイドのエマがいて、私の姿を見つけるとすぐに駆け寄ってくる。


「レイチェル様っ! 心配致しました。レイチェル様がこちらに宿泊されると伺いまして、その準備をせよとのお言葉を賜りました」


「ありがとうエマ、それで準備は大丈夫?」


「はい、日用品はこちらにあるとの事なので、とりあえずは、着替えと教科書などの勉強道具、あとリーフの苗木をお持ちいたしました」


「足りないものは遠慮なく言ってもらってよい」


 先生が補足する。


「はい、ではそちらの御令嬢の着替えなどを…」


 エマがちらりと彼女を見る。


 エマの言動に違和感を覚えて、部屋の中を見渡す。ベッドがサイドテーブルを挟んで二つある。


「先生…えっと、彼女と二人でこの部屋で宿泊するという事ですか?」


 私は一応確認の為、先生に尋ねた。


「済まないが頼む、同じてん…いや同類の者がいれば、彼女も安心できるであろう」


「そうですね…」


 確かに、私の場合は一人だけで全てを抱え込んでいた。その時の自分の事を考えると、同じ境遇の人がいれば、どれだけ心強かったのだろうと思う。


 その後、夕食の時にはエマに頼み、学食で見たうどんとおにぎりを用意してもらって、彼女に喜んで貰おうと考えたが、彼女はその食事を見たことで、もう二度とは戻れない前の生活の事を思い出して泣き出してしまった。


 夕食を済ませた後は、入浴を済ませ、精神的に疲労している彼女の為に、早めの就寝となった。しかし、私自身は彼女が転生者になった事に驚きはしたものの、とく精神的に疲れるということはなく。中々、寝付けずにいた。


 そんな私に、サイドテーブルを挟んだ隣のベッドから、彼女の方から話しかけてきた。


「ねぇ…起きてる?」


「起きてるわよ」


 私は姿勢を変えずにそのまま答える。


「これって、夢じゃないの?」


「私も夢であったらいいなと思いながら、二年の月日が流れたわ…」


 私がこちらに来てから二年が過ぎている。未だに時々、眠って目が覚めたら元の世界で目覚めるのではないかと願う時がある。


「じゃあ、この夢は覚めないというのね…」


「…分からないわ…いつかこの夢が覚めるかもしれないし、永遠に覚めないかも知れない」


 彼女のベッドから寝返りをする音が聞こえる。


「私はそんな状態でどう生きればいいのよ…」


「私はいつの日かこの夢が目覚めるかも知れないから、その日が来るまで生き続ける為に、この世界に順応して生きているわね」


 突然に前の人生が終わり、この世界に新たな生を受けたとしても、胸の中の喪失感を抱えたままでは、生きる事は辛い。だから、私はこの世界での目的をもって生きる事を選択した。だから、彼女もこの世界での目的が持てればいいのだが…


「でも…私…このマルティナの私には、不幸な運命しか待っていないのよ」


 私はその言葉に、彼女に向き直る。


「…どういう事?」


 私が言葉を掛けると彼女は涙ぐみながら私を見ていた。


「貴方は知らないかも知れないし、信じないかも知れないけど…この世界は…この世界は…乙女ゲームの世界なのよ!!」


「えっ!? 貴方もあのゲームの事を知っているの!?」


 私は驚いてベッドから起き上がる。それに合わせて彼女もゆっくりと起き上がる。


「なんだ…貴方もちゃんと知っていたのね…主人公の『レイチェル』さん…なら、分かるでしょ? あのゲームのストーリー通りに進めば、私が体一つで追放されるか、殺さるかの未来しか無い事を…」


 彼女は私があのゲームの主人公である事や、マルティナの結末まで知っている。間違いなく、彼女はあのゲームをプレイしている。


「この世界に突然に来て、前の世界にはもう二度と戻れない事は辛いけど、私はここに来る前に爆発事故に巻き込まれて、全身を大やけどして、ずっと痛くて動けなかったし、例え動けるまでに回復したとしても、全身焼けただれた身体では生きる希望なんて無かった…」


 彼女は拳を強く握りしめている。


「だから、過去を失ったとしても、この世界に生まれ変われることが出来てよかったけど、あのゲームのストーリー通りに、不幸な人生を送る事や、死んでしまうなんて絶対に嫌よ!!」


 確かに彼女の言う通りだ。死んでしまったのに、また生き返らせて不幸を味合わせるなんて、運命の神様とはなんと悪辣な性格をしているのであろう。


 私はベッドから降りて、彼女に近づき、その震える方を抱える様に抱きしめる。


「大丈夫…大丈夫よ…」


「レイチェル…」


「私は、折角会えた同郷の人間を不幸にしたりしない…絶対に…必ず貴方を守ってあげるから…」


 その日、私は彼女が泣き止んで眠るまで、彼女を抱きしめていた。



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