第040話 転生者
ディーバ先生は眉間に皺を寄せながら、まるで石像のように仁王立ちしている。
突然現れた、厳めしい顔のディーバ先生に、マルティナである彼女は、怯えたのか、私にすがる様に陰に隠れる。
ディーバ先生は彼女のその様子に、ふぅっとため息をついて、眉を開きながら、ゆっくりと歩み酔ってくる。
「脅かせて済まない、私はここの責任者だ」
先生は彼女を怯えさせないように、ゆっくりと穏やかな口調で語る。
「突然の状況で混乱しているようだが、先ずは落ち着いて欲しい。私は君に気概を加えるつもりはない」
ディーバ先生は私が見たことのない、子供に接する時の大人の表情を作って彼女に語り続ける。先生のその努力の甲斐もあって、彼女は私の背中から徐々に出始める。
「君は自分自身の事が分かるかい?」
彼女はコクリと頷く。
「では、名前を聞いてもいいか?」
彼女は少し戸惑いを見せるが、ゆっくりと口を開く。
「マリコ…スズキ・マリコ」
彼女の中身は間違えなく、日本人であるようだ。
「スズキ・マリコか…どちらが姓でどちらが名前かな?」
「スズキが姓でマリコが名前… ってあれ?」
彼女は言葉を言い終わると頭を抱えだす。
「どうしたの!?」
私は彼女に声を掛ける。
「名前が…名前がもう一つ…浮かび上がってくるの…」
「そのもう一つの名前はなんと言うんだい?」
頭を抱える彼女に先生が尋ねる。
「マルティナ… マルティナ・ミール・ジュノー… ちょっと、これ、どうなっているの!? なんで私以外の別人の記憶があるの!! 子供の頃から最近の記憶まで出てくる! それにこの名前って!!」
「落ち着き給え! その記憶も君自身のものなのだ。そう、この世界の君の記憶なんだよ…」
彼女は再び混乱し始めたのか、頭を抱えなんだか物々言い始める。おそらく、元々の記憶と、マルティナの記憶が一気に溢れ、自身を見失いかけているものと思われる。
私はそんな彼女を困惑しながらも冷静に見ていた。
『どうして、彼女はマルティナの記憶を全て覚えているのか…』
私もこのレイチェルの身体に転生した時は、まず初めに前世での玲子の記憶しかなく、事情を教えられる事で、いくつかのレイチェルの記憶を得る事ができた。しかし、得る事が出来たのは最初の内だけで、ほとんど、全くと言っていいほど、レイチェル個人の記憶を取り戻す事は出来なかった。
私と彼女と何が異なるのであろう…もしかすると、彼女の場合は一部でも魂が残っていたから、記憶を取り戻すことができたのであろうか。では、私、レイチェルの場合はどうなのだろう。ほとんど思い出す事が出来なかったと言う事は、私にはレイチェルの魂は残っていなかったのか?
「慌てなくてよい、ゆっくりと、前世での記憶と、今世での記憶を整理すると良い。大丈夫だ、君がスズキ・マリコであっても、マルティナ・ミール・ジュノーであっても、君を傷つけたり、追い出したりはしない。安心し給え」
先生が彼女に目線を合わせ、優しく語りかけると、彼女はコクリと頷いた。
「さて…」
先生はそういって立ち上がり、目頭を摘まむ。暫く何か考え込んだのち、私に向き直る。
「レイチェル君」
「はい…」
「君も転生者だったんだな…」
私は先生から目線を逸らし、膝の上で拳を握る。
「別に怯える事はない。彼女にも言った通り、誰も君を傷つけないし、君の家も君を追い出したりはしないだろう…」
「でも…」
私はか細く答える。
「君はどこかに監禁されて尋問されたり、異端者として迫害されることを恐れているのか?そんな事はない。この国では転生者の存在は稀によくある事だ」
「えっ?」
私は先生に向き直る。
「そうだとも、今現在、帝都の街中にもいるはずだ。この国全体ならかなりの人数はいるだろう」
「そ、そんなに!?」
今まで、迫害等を心配して、一人黙り込んでいた私の苦労はなんだったと言うのだ。
「それよりも君が転生者という事で納得できる事が幾つもある」
私は何を言われるのかと思い、ゴクリと唾を飲む。
「君の背後霊といった話は、前世での記憶なんだろ?」
「…はい…そうです…」
私は頷きながら答える。
「では、もしかすると、君に…いや、この話はまた別にしよう、長くなりそうだ。それよりも、君にお願いがある」
「はい、なんでしょうか?」
何を言われるのか分からないので、少し緊張しながら答える。
「今夜はここに泊まってもらえないか?」
「はい?」
想定しないお願いに私の言葉尻が上がる。
「彼女は転生したばかりだ。一人きりでは心細いであろう。なので同じ転生者の君についていて欲しい」
「じ、事情は分かりますが、突然言われましても…」
これでも年頃の乙女であるので、小さなお子様の様に突然のお泊りとは行かない。乙女には何かと準備が必要である。貴族令嬢ともなればなおさらだ。
「私からもお願い…側にいて…」
隣で話を聞いていた彼女も私の手をつかみ、祈るような顔でお願いしてくる。
「あぁ、ちゃんと別室に宿泊出来る様に準備はさせるし、寄宿舎に連絡して、君のメイドに
準備をさせて、そのメイドにもここに宿泊させるつもりだ」
「分かりました。そこまで、準備して頂けるなら問題ありません。私も宿泊いたします」
私の言葉に彼女は安心したようで少し表情が緩む。
「食事も入浴も手配する。日常生活の心配はないので、出来るだけ彼女と寄り添ってもらえると助かる」
私はコクリと頷く。
「では、私は彼女の関係者に連絡をしてくるので、暫く会話でもしていてもらえるか」
先生はそう言い残すと部屋を立ち去った。
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