第039話 目覚め
「という事があったのですよ…先生、どう思われますか?」
ディーバ先生の事務室へ状況報告に来ていた私は、食堂での出来事を先生に話していた。
「どうと言っても…私は報告に来いとは言ったが、愚痴を聞くとは言った覚えがないのだが…」
先生は私の話に少し困惑した表情をしている。
「しかし、彼らには困ったものだな…全く、コロン嬢の言う通りだ。皇族や公爵家の身分でありながら、その様な振る舞いをするとは…私も同じ公爵家の人間として恥ずかしく思う…」
「先生の口から彼らを注意していただく事は出来ないのですか?」
コロン嬢でダメなら先生なら、彼らをなんとかすることができるかも知れない。
「直接現場を見ているのなら強く注意はできるが、人からの伝聞ではあまり強く注意することは出来ないな」
「伝聞でも証人がいれば、強く注意できるのではないですか?」
私の言葉に先生がため息をつく。
「以前、他の教師が行ったのだが、その時は誰が言ったのかと捲し立てられたそうだ。言い出せないのなら冤罪を被せるのと同じだと言い放ったらしい」
「うわぁ… まるで、子供の屁理屈の様ですね…」
「その屁理屈が通ってしまうのが、彼らの身分だ」
先生は苦々しい表情をする。
「確かに彼らは公爵家の人間ですが、ディーバ先生も同じ公爵家なんですよね?どうしてダメなのですか?」
「いや、同じ公爵家といっても、私はただの一族で、彼らは公爵家の長子だ。とくにアレン皇子は皇族だからな。身分で物を言おうとすると彼らには敵わない」
一般人からすれば貴族というだけでも凄いのに、公爵家のディーバ先生でもどうにもならないのか…
「では、どうする事も出来ないのですね…」
「そうだな、彼ら個人ではなく、その家に正式に抗議する方法もあるが、アレン皇子は皇室だぞ?出来る訳がない」
「なるほど、身分の高い人間が節度を護らないと、もはや天災状態になるのですね…」
「天災状態か、言い得て妙だな…天災というのであれば、普通の人間は避難するしか方法はないな」
他の人なら兎も角、ターゲットにされている私はどこに避難すればよいのだろう…
「まぁ、君も彼らに何か言われたら、私の用事を事付かっていると答えておきなさい。彼らも教師の事付けを無視しろとは言わないであろう」
「まぁ!先生は私の避難所になって下さるのですね。ありがとうございます」
「…私を場所の様に言う出ない」
先生はむっとした表情で言うが、私はふふふっと笑う。
ディーバ先生は敵にするとやっかいそうであるが、味方になると頼もしい存在である。正直、避難所になってもらえるのはかなり有難い。
「それよりもだ、今日もマルティナ嬢の様子を見てもらえないか」
先生は機嫌を損ねたのであろうか、それとも照れているのであろうか話題を切り替える。
「分かりました。マルティナ嬢の所へ参りましょうか、先生」
こうして、先生と二人して、マルティナの部屋へと向かう。
「しかし、今朝も確認したが、未だに僅かでも魂の回復は見られないな…」
「先生、魂はトカゲの尻尾ではないのですから、生えてくるという事は無いと思うのですが…」
「確かにそうであるが、看ているこちらとしては、全く変化がないのは厳しいな。マルティナ嬢の身体の事も、今は魔法的な回復や医学的な回復を行っているので、まだ大丈夫であるが、このままでは衰弱していく」
確かにこのままの状態では良くない事は分かっている。だが、魂に関しての知識は、玲子時代にトモコから聞いたものしかないし、肉体の現状維持に関しては、先生や学園の設備や知識にはとても及ばない。そんな事を考えると自分が情けなく思う。
部屋に到着すると、マルティナ嬢は以前と同様に静かに眠っている様にしか見えない。確かに変化のない彼女の様子を見ると、ディーバ先生が変化しない状況に焦燥を感じるのは仕方ないであろう。
「やはり、変化は見られませんね、穏やかに眠っている様にしか見えません」
私はマルティナのベッドの側により、その寝顔を覗き込む。
「レイチェル君…」
先生が私の名を呼ぶ。
「はい、なんですか?先生」
私が先生に振り返ると先生の表情が強張っている。
「どうしました?先生?」
「ちょっと彼女を見ていてくれないか、私はモノクルを持ってくる!」
先生はそう告げると、慌てて自室に戻っていく。
先生は突然どうしたのであろうか? あんなに先生の取り乱す姿は見たことがない。もしかして、先生の目にはマルティナ嬢の魂が回復している様子でも見えたのだろうか。
私はそう思い、眠っているマルティナに向き直る。
「えっ!?」
先程まで、穏やかに眠っていたマルティナの目が薄っすらと開いている。彼女が覚醒したのか?という事は魂が回復している!?
うっすらと目を開けて天井を見ていた彼女は、私の気配を感じて、ゆっくりと頭をこちらに向けて私の姿を確認する。
私の身体が強張る。もし、彼女が依然と変わりないマルティナであれば、私の事に激高するかもしれない。言わば、彼女がこうなった原因は私にあるのだから。一体、彼女はどんな反応をするのか、私は固唾を飲んで見守った。
「ここ…どこ?」
彼女は弱々しい声で私に尋ねる。まだ、視界がぼやけていて私を認識できないのか、又は意識が混濁しているのか…
「あれ? 看護婦もお医者さんもいない…」
彼女は瞳を動かして辺りを観察する。
「私、ICUにいたはずだけど、一般病棟に戻ったの?」
私は彼女の言葉に驚愕する。彼女は今、『ICU』と言った。確かに『ICU』と言ったのだ。この世界に集中治療室を表す『ICU』なんて言葉はない。『ICU』なんて言葉があるのは…そう、私が元いた世界、日本だ。
「貴方、一体誰? 看護婦じゃないみたいだけど… それより、ここはどこなの? 『ICU』でも無ければ、一般病棟でもないわね」
彼女はそう言うと、起き上がり、更に辺りを見渡す。
「ちょっと、これ… 病院ですらないじゃない… ここはどこ! 私はどこへ連れてこられたの!!」
彼女は自分の置かれた状況を把握して、私の肩を掴んで取り乱し始める。
「落ち着いて! 落ち着いてってば! ここは日本じゃないの!」
私は取り乱す彼女を落ち着かせるために、言葉を掛ける。すると、彼女は目を丸くして固まる。
「えっ!? ここ日本じゃないの…」
彼女のその言葉で私は自分の失態に気が付いた。私は彼女を落ち着かせるために言葉を掛けたが、その時に『日本』と言う言葉を使ってしまったのだ。
「ここは日本じゃないってどういう事!? って、あれ…」
再び、私の肩を揺らそうとした彼女は、私の肩を掴んでいる自分の両腕を見て、再び大人しくなる。
「私の腕…大やけどで包帯でぐるぐる巻きになっていたのに、綺麗に治ってる…まるで別人みたいに…」
彼女はそこまで言ったところで、はっと何かに気が付き、自分の髪の毛を確認する。
「うそっ!? 私の髪じゃない…一体、どういうことなの!? これって…もしかして…」
彼女の身体がわなわなと震え始める。
「元の私は死んで、転生しちゃったって言うの…」
そう言いながら、彼女はゆっくりと私に向き直る。
「ねぇ…教えてよ…私、死んじゃって転生してしまったの…? ねぇ!貴方も日本人の転生者なんでしょ! 教えてよ!!」
彼女は再び私の肩を掴み、大声を上げる。
その時、部屋の扉がバンと音を立て大きく開かれる。そこにはモノクルを取りに言っていたディーバ先生の姿があった。
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