第038話 突然、動き出した物語
コロン嬢の邸宅から帰って来た翌日、私は午前中の授業を終え、昼食をする為に学園内へ向かっていた。するといつもの食事を注文する為に列ではなく、何かを遠巻きに人だかりが出来ており、学園の令嬢たちの黄色い悲鳴が聞こえてくる。私はその人だかりの中にジュン達の姿を見つけて声を掛ける。
「ジュン、ニース、サナーどうしたの?」
「あっ、レイチェルさんっ」
私の声に気が付いて返事をしたのはニースであった。別に列に割り込む訳ではないので、彼女の場所へと近づいていく。
「どうして皆、昼食を摂ろうとしないの?」
「それが、食堂内に…」
ニースが視線を問題の方向に移そうとしたとき、逆にその問題の方向から私に声が掛かる。
「あれ? 君、レイチェル嬢じゃないの?」
子供の様な若い声。
「あっホントだ、レイチェル嬢じゃん」
軽くてチャラい声。
「彼女は他のうるさい女たちとは違って落ち着いて見えるな」
理屈っぽい物言いの声。
「あぁ…そうだな…」
なんだか戸惑っている声?
「今日こそは色々と話が出来るかもしれないね」
そして、アレン皇子の声。
そう次々と声を上げていくのは、今まであまり姿を見なかった乙女ゲームの『攻略対象』の五人だ。
最初に子供のような若い声を上げたのが、クリクリの金髪にエメラルド色の瞳、小柄で童顔のオリオス・コール・イアピース。
次に軽いチャラい声を上げていたのが、ピンクブロンドのくせ毛気味の長髪、サファイア色の瞳、甘い垂れ目のマスクに胸元の開いた服装のエリシオ・コール・ベルクード。
三人目は理屈っぽい口調で落ち着いた声、青みがかったストレートの長髪、ターコイズ色の瞳に眼鏡、少し神経質を思わせるきちっとした服装のカイレル・コール・カルナス。
四人目が、姿の割にはオドオドした声で、赤髪の短髪逆毛に琥珀色の瞳、痩せマッチョの体系のウルグ・コール・ウリクリ。
そして、最後の五人目の甘いボイスが、さらさらの金髪碧眼、王子様然とした甘いマスクのアレン・カウ・アシロラ皇子である。
どうして、『攻略対象』の五人全員がこんな食堂で集まっているのだろう。普通の女の子なら黄色い悲鳴を上げている所だが、彼らに微塵も興味がない私はただうざいだけである。
そもそも、どうして彼ら『攻略対象』達は私をつけ狙うのであろう。私の容姿は日本人形の様で珍しさはあるけど、特段に優れている訳でもない。艶やかさや華やかさ、美しさで言えば、よっぽど『悪役令嬢』たちの方が優れている。やはり、これは乙女ゲームの物語の強制力でも働いているのであろうか…
「で、レイチェル嬢、これから皆でお茶でもしないか?」
「そうそう、僕はもっとレイチェルの事を知りたいんだよ」
「そうだ!これから、ちょっと街にでも繰り出さない? 俺さいい所知ってんだ~」
「私も同じ意見だ。ここはゆっくりとレイチェル嬢と親交を深めたい」
私はいつの間にか『攻略対象』達に取り囲まれている。これは『悪役令嬢』でなくても嫉妬して恨まれそうな状況であるが、私にとっても嬉しくない状況である。しかも、これだけ囲まれて、上位貴族の人間達から、声を掛けられては断るのも難しい…私にとって絶体絶命の危機である。
「アレン皇子! 何をなさっていますの?」
とある声が食堂内に響き渡る。声の主に皆の視線が注目すると、先程まで『攻略対象』達への黄色い悲鳴や、私に対する嫉妬の叫びが全て静まり返る。
そこには、アレン皇子の婚約者であるコロン嬢の姿があった。婚約者の登場により、食堂の空気は一瞬にして凍り付いたようになり、騒動で集まってきた生徒たちは、固唾を呑みながら静まり返っている。
『このシーンは場所が学園の庭園から、食堂に変わっただけで、乙女ゲームであったイベントシーンと同じだ!』
状況と場の空気から、私は乙女ゲームのイベントシーンを思い出す。本来のイベントでは、主人公が人目をはばからず『攻略対象』たちといちゃいちゃして、身分の差も考えず互いに呼び捨てし合っている所を、コロン嬢が見つけて叱責するシーンである。
今回の場合はどの様に変化するのか? 私はいちゃいちゃなどしていないし、呼び捨てし合うどころが、突然の事に固まってしまい、返事すら出来ていない。
「いやぁ~コロンじゃないか、僕たちは今、レイチェル嬢をお茶に誘っている所なんだよ。別に構わないだろ?」
アレン皇子は軽い感じでコロン嬢の言葉に返す。しかし、当然の事ながら、コロン嬢はその言葉では納得しない。
「お茶に誘うと申されましても、大勢の殿方で一人の令嬢を取り囲んでお誘いするのは、あまりお行儀の良い誘い方には見えませんが…」
コロン嬢は扇子を開いて口元を隠しながら、少し眉を顰める。
「あははっ! コロンはアレン皇子に誘われないんで拗ねているんだ」
小悪魔系ショタのオリオスが、子供っぽい声で、子供でも許されないような発言をする。
「女の嫉妬は醜いねぇ~ おぅ~やだやだ」
チャラいお色気系のエリシオが、甘いボイスで苦い言葉を吐く。
「コロン、君がいくら僕の婚約者といっても、僕が様々な人と親交を深める行為を妨げる権利は無いはずだよ」
アレン皇子はぬけぬけととんでもないことを言い出す。
「ですから、何度も申していますように、皇族として皆の手本となる様に節度と礼節を持って行動して欲しいと申しておりますの」
アレン皇子に対して、コロン嬢は子供に諭す様に言い含める。
「でも、皇族じゃない僕たちとか関係ないでしょ?」
オリオスが逆撫でる子供の声で言い放つ。
「関係あるに決まっているでしょ! 貴方たちも公爵家であり、将来はアレン皇子の側近となる存在、皆の手本にならなくてどうするのですか! それに貴方たちも婚約者の目の前で何をなさっていますの!」
コロン嬢の言葉にこちらが驚く。ここに『攻略対象』たちの婚約者の『悪役令嬢』達がいるのか?
私が驚いていると、コロン嬢は先ず一人目に視線を動かす。
一人目は女の子たちに囲まれたヅカ系のオードリー・ミール・トゥール。金髪の髪を結い上げ、美少年の様な端正な顔立ちにダークブルーの瞳、男性の様な身長をして映える容姿をしているが、彼女は少年の様な体格のオリオスの婚約者である。
次にコロン嬢が視線を移したのが、食堂の角でハラハラと涙ぐんでいるミーシャ・ミール・ラビタート。彼女は小学校高学年のような体系で、ウェーブのあるピンクブロンドの髪にダークグリーンの瞳で、チャラいエリシオの婚約者である。
そのミーシャ嬢を慰めているのが、おっとり系のテレジア・ミール・アドリース。豊満なコロン嬢よりも更に豊満な我儘ボディをしているが、薄めの金髪に深い青の瞳で母性を醸し出している。彼女は体育会系のウルグの婚約者である。
こうして、『攻略対象』の五人と、マルティナを除く『悪役令嬢』が一堂に会したのである。
これはどういうことなのであろう。本来のイベントでは、コロン嬢しか登場しなかったはず。それに今まで邂逅イベントが発生しなかった『悪役令嬢』達が一気に登場してきた。やはり、マルティナ嬢の不在で乙女ゲームの物語がかなり変容しているのであろうか…その物語の遅れを取り戻す為に、一気に『悪役令嬢』達が登場したのかもしれない。
「それと、カイレル様、先日、婚約者のマルティナの事をお知らせいたしましたが、お見舞いには行かれたのですか?」
「何故、私があのような小うるさい女の見舞いなどに行かなくてはならないのか、そのままずっと眠ったままでいいではないか」
ちょっと、この人最低だ。よくも婚約者の事を悪し様に言えるものだ。
「うるさいよ!コロン!」
突然、アレン皇子が大声を上げる。
「アレン皇子…」
「君はさ、僕たちの為だとか、他の婚約者の為だとか言って、本当の所はさ…」
アレン皇子は髪をかき上げ、コロン嬢をあおり顔で見下ろす。
「嫉妬しているんだろ?」
「……」
コロン嬢はアレン皇子の挑発的な言葉に押し黙る。
「あははっ! 正直に言っちゃえよ!」
「嫉妬心を隠すために正論っぽい事を言っていたのか、きたねぇやり方だな…」
あまりにもえげつない物言いに、見ている私の方が腸が煮えくり返ってくる。
「そうですわね…」
コロン嬢がぽつりと言う。
「確かに嫉妬しておりますわ…」
「ほーら、やっぱりぃ!」
オリオスがちゃちゃを入れる。
「でも、それは…」
コロン嬢はそう言うと、私の方へ進んできて、いきなり私の手を握りしめる。
「私の大切な友人のレイチェル様を連れ去ろうとする、貴方たちにですわっ!!」
コロン嬢は私の手を握りながら腕を絡ませ、『攻略対象』達に向かって言い放つ。
気丈に見える彼女であったが、彼女の手は僅かに震えていた。
「さぁ、レイチェル様、こんな騒がしい場所よりも、もっと静かな場所に参りましょう」
コロン嬢はそう言うと私を食堂から引っ張り出していく。
「ちょっと!待てよ!」
後ろから『攻略対象』達の呼び止める声が掛かる。するとコロン嬢は一度振り返り、『ごめんあそばせ』と一礼して、再び私を人気のない所まで連れて行った。
そして、人気の無い所まで辿り着くと、彼女は私の手を放し、深々と頭を下げる。
「ごめんなさい、レイチェル様、私の問題に貴方を巻き込んで」
彼女はそう言うが、おそらく最初に姿を現した目的は私を助け出す事だったのであろう。
「いえいえ、そんな事を仰らないでください。私はコロン様に助けて頂いたと思っております」
「私はその様に出来た人間ではございませんわ…ただ、貴方の事を逃げ口上に使ってしまっただけですわ…」
確かに彼らの物言いは酷かった。逃げ出したいのも分かる…
「それでは私、所用がございますので、失礼致します…」
コロン嬢は一礼すると、振り返り立ち去って行ったが、彼女が振り返る瞬間、私の目には彼女の涙が見えたような気がした。
先日、彼女とは友人同士になったはずであったが、彼女との心の距離はまだまだ開いているように思われた。いつの日か、お互いに心の中の感情を打ち明ける日が来るように祈った。
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