第037話 素敵な友人

 私もティーカップを手に取り、一口含む。鼻腔に芳醇な香りが抜けていき、程よい渋みは豊かな味わいを醸し出している。


「良い香りと深い味わいの良いお茶ですね」


 品種の名を出さず、良いお茶であることを褒める。


「私の家の領地で採れたお茶ですのよ、褒めていただけで嬉しいわ」


 コロン嬢は口角を少しあげて答える。


「まぁ、こんな美味しいお茶がとれる、素敵な領地ですのね」


 私も微笑んで答える。ここまでが前哨戦の様なものである。お茶の作法や、会話の受け答えを見て、その人物の人となりを伺う時間なのである。


「さて、本題に移りましょうか」


 コロン嬢はにっこりと微笑む。どうやら、前哨戦での私は合格できたようだ。


「この度は、我が親友、マルティナ・ミール・ジュノーを御救い頂き、誠にありがとうございます。このお茶会にて公式にお礼申し上げると共に、当家からの礼状を進呈いたします」


 黒い執事が一歩前に進んで礼状を差し出し、それをコロン嬢が受け取り、私に差し出す。両手で受け取った私は、中身を確認した後、その礼状をエマに渡す。


 この公式の場での礼と礼状を差し出すという事は、それぞれの家の間で貸しが出来たのに等しい。また、ステーブ家に何かあった時はロラード家が後ろ盾になると言っているようなものだ。


 正直、これは嬉しい。ロラード家の様な大貴族が我が家の様な弱小貴族の後ろ盾になってくれるのも嬉しいが、乙女ゲームの攻略的にもコロン嬢が味方についてくれるのは大喜びだ。お茶会に来て早々に目的を達成できてしまった。


「あとはマルティナが早く目覚めてくれたらいいのにですね…」


「必ず、目を覚まされて、再び元気な御姿をお見せいただけると思います」


 少し物憂げな表情をするコロン嬢に、私は励ましの言葉を掛ける。


「ところで…」


「はい、なんでございましょうか?」


「レイチェル様、貴方、アレン皇子の事はどのようにお思いなのかしら?」


『直球来た!物凄い直球が来た!』


 そちら方面の話は来ないと思っていたのに、コロン嬢は直球で私にアレン皇子の事を聞いてきた。礼状を貰い浮かれていた私は、一瞬で冷や水を浴び、まるで正妻に問い質される浮気相手の気分を味わった。


「アレン皇子は皇室の方であり、私にとっては雲上の御方でございます。あまりにも身分の異なる御方でございます。それにアレン皇子が私にお声がけされるのは、ただの戯れにございましょう。その戯れに本気になっていては皇子にご迷惑をおかけしてしまいます」


 私は無難に一帝国国民として答える。


「あら、そうですの?この国の有力者は正妻の他二人の妻を娶る事が義務付けられておりますから、側室の座を狙うのはご自由ですのに…どこの馬の骨かもわからない無作法者が側室の座を狙うのであれば、貴方の様な礼儀作法もしっかりとした織女がなってくれる方が、私としては嬉しいですのに…」


 所変われば常識も変わるというが…私も知識では知っていたが、実際の人物の口から言われると流石に驚く。やはり、この辺りの感覚は、もとの玲子の記憶の影響が強いのであろう。


 しかし、コロン嬢の言葉から、ゲームの中でコロン嬢が主人公に対してきつく叱責していたのは、やはり嫉妬心からではなく、皇室の権威や貴族の上下関係を守る為の思いから来たものであることがわかる。


 だからこそ、私はコロン嬢に尋ねてみたい事があった。


「その…コロン様はアレン皇子がその…他の令嬢に気移りされて…嫉妬…なさらないのですか?」


 私が言葉を探る様にしながら尋ねると、コロン嬢は意外な事を聞かれたかのように少し目を丸くする。


「そうね…その気持ちを話す前に、色々と説明しなければならないわね…」


 コロン嬢はすっと目を細める。


「どのようなお話でしょうか?」


「今の皇帝陛下はね、皇帝陛下になる予定ではなかったの」


 ちょっと、突然の話の大きさに私は驚愕する。


「本来は現皇帝陛下の兄上が皇帝陛下に即位する予定であったの、でもねその兄上夫妻は、一人の御皇胤を残して不慮の事故で御隠れになられたのよ」


「ということはアレン皇子は…」


「そう皇兄の御皇胤を現皇帝陛下が養子にされたのよ」


 あのアレン皇子にそんな過去があったのか…


「だから、現皇帝陛下はアレン皇子を次世代の皇帝に使命なさるおつもりなの」


「という事は…コロン様は次世代の皇后陛下になられると…」


 この国の皇帝は前皇帝から使命されたものになる。その時に、地位の固定化や権威の腐敗を恐れて、自分の直接の子供やその配偶者を指名することは皇室典範で禁止されている。だから、皇子と言えど普通は皇帝には即位できないが、兄の子供なら指名の対象になるのだ。


 つまり、アレン皇子の婚約者という事は正妻になることであり、アレン皇子が皇帝に指名されれば、コロン嬢は皇后陛下になるという事である。


「私はね、皇后になるという事は、ただ単に皇帝の妻になるという事だけではなく、国母になるという事だと思うの。だから、国の母たる存在が一個人の感情を振り乱していてはいけないと思うのよ…」


 そこまで言って、コロン嬢は私の顔を直視する。


「全ては帝国の為、帝国国民の為、全てへは皇帝陛下の為、その為には一個人の女としての感情は捨て去ろうと思っているの」


 あぁ、やはりそうだ、ゲームの中では僅かにしか語られなかったが、彼女は国を思い民を思う懐の深い偉大な人物に違いない。


「やはり、コロン様は素晴らしい御方なのですね」


 この言葉は自然と私の口から湧いて出た。


「そんな事はないわ、わたしはまだ皇后になっていないし、そういう心づもりでいるだけよ」


 コロン嬢はふふっと笑う。


「でも凄いですわ、その様な気概をお持ちでしたからアレン皇子の婚約者に選ばれたのですね」


「いいえそうでもないのよ、私がこんな風に思うようになったのはアレン皇子の婚約者に選ばれてからよ。それに私を婚約者に選んだのはアレン皇子ではなく、現皇后陛下様なのよ」


「そうなのですか?」


「えぇ、現皇帝が即位されて、各地をご夫婦で御巡遊なされた時に、皇后陛下にご指名を受けたのよ。その時に現皇后陛下に憧れて、自分なりに研鑽をつんだ結果なのよ」


 最初は憧れでも、自身で努力してその境地に至るのは大したものである。だからこと、このまま乙女ゲームの物語通りに事は運んで、彼女が不幸になる運命はなんとか避けたい。


「私も、矮小な身ではございますが、是非ともコロン様のお役に立ちたいと思います。よろしいでしょうか?」


「そんなご自身を卑下した言い方はなさらないで、こちらの方こそお願いいたしますわ、その私の友人となって下さるかしら?」


 コロン嬢は少し上目づかいで聞いてくる。


「喜んでお受けさせていただきます!」


 こうして、私とコロン嬢とは友人同士になることが出来たのであった。




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