第036話 執事の粗相

 先生から借りた馬車は、かなり乗り心地が良かった。帝都の道が舗装されているのもあるが、駅馬車とは異なり、スプリングも装備され、ソファーの座り心地も大変良い。さすが公爵家の馬車はひと味違う。乗っているとこのまま喉かな郊外にでも気晴らしに生きたい気分になってくる。


「レイチェルさまっ、そろそろ見えてきましたよ」


 エマの声に窓の外に目をやると、大きな敷地の立派な邸宅が見えてくる。ここがコロン嬢のロラード家の邸宅であるのだが、ここは帝都のタウンハウスであるので、領地のロラード領にも立派な邸宅があるというのだから驚きだ。


 正門を抜け、よく整備された庭園を縫って邸宅の本館へと馬車は進んでいく。途中、庭園を手入れしている庭師のおじさんが手を振っているのが見える。なんだか喉かな光景に私とエマは笑顔で手を振って返す。


 そして、馬車は玄関前に到着し、数多くの使用人に出迎えを受けながら、私とエマは馬車を降りる。


「ようこそ、おいで下さりました、レイチェル・ラル・ステーブ子爵令嬢様、当家、コロンお嬢様はお茶室でお待ちでございます。私、カフェイがご案内申し上げます」


 壮年の執事に私たちは待合室を通さずにお茶室まで案内される。館の外も立派な邸宅であるが、館の中もかなり立派な装飾である。それも立派と言っても金に物言わせた品のない立派さではなく、センスを感じさせる上品な立派さである。といっても、下品にマジマジと見ることは出来ないので、頭は動かさず、チラチラと見る程度だ。


 前を進み案内する執事が、ある扉の前に立ち止まり、コンコンと扉をノックする。


「コロンお嬢様、レイチェル・ラル・ステーブ子爵令嬢様をご案内致しました」


 執事はシブいバリトンの声で部屋の中に告げる。


「どうぞ、お招きして」


 中からコロン嬢の声が響く。


 そして、扉が開かれたのであるが、扉を開かれた部屋の中を一瞬、黒い影が横切る。


「えっ?」


 私は何が起こったのか分からず、執事はピクリと肩を動かせ、部屋の中で椅子に腰を掛けているコロン嬢は目を丸くしている。その場にいる皆は何が起きたのか分からなかった。


 するとコロン嬢がおもむろに立ち上がり、私に一礼する。


「レイチェル様… 少し失礼致します…」


 コロン嬢は謝罪の言葉を述べると、天井の角に向き直る。


「ちょっと! デビド! 降りてらっしゃい!! 貴方、何をやっているの!!」


 コロン嬢は天井の角に声をかけているが、鳥か猫でもいるのだろうか?もしかして、先程横切った黒い影はカラスか黒猫なのかも知れない。


「し、しかし…」


 ここからでは見えない天井の角から返事が返る。しかも結構、イケメンボイスである。オウムか九官鳥なのか?


「しかしもかかしもありません! 大事なお客様にお越しいただいているのに、貴方は何を遊んでいるの!!」


「コ、コロンお嬢様…私は遊んでいるわけでは…」


 言い訳をする声に、コロン嬢は腰に手を当てプンプンである。


「デビド! 私に恥をかかせないでっ! さぁ!降りてらっしゃい!!」


「…わ、分かりました…」


 ご立腹のコロン嬢に声はそう答えると、シュタッと部屋の中央に黒い影が降り立つ。ペットだと思っていた声の主は、鳥などではなく、黒服、黒髪の青年執事であった。


『えっ!? 人間? それも執事!? 侯爵家の執事ともなれば、こんな動きができるかしら?』


 そう思って、案内してくれた壮年の執事を見ると、


「私には無理ですよ」


 と答えてくれた。


「改めまして、レイチェル・ラル・ステーブ子爵令嬢様、ようこそお越しくださいました。どうぞ、中へお進みください」


 コロン嬢自ら、カーテシーで言葉を掛けてくれる。


 私はその言葉に部屋の中に進み、部屋の中からは、先程の執事がお茶会の用意がされたテーブルの席へと案内してくれる。


 ただ、その案内してくれる黒い執事は、ギクシャクと強張って、脂汗を流しながら、チラチラと私の様子を伺っている。



 あぁ…なるほど、この黒い執事は所謂、『見える人』だ。



 しかも先程の粗相や、この怖がり様を見ると、かなりの精度で『見えている』と思われる。それでも執事は主の命令があるので、かなり恐怖心を我慢しながら、私にテーブルの椅子を引き座らせてくれる。


 椅子に座り顔を上げると、コロン嬢は座っておらず、立ったままであった。


「先程は私の執事が粗相をしてしまい、大変もうわけございませんでした。この執事の主である私より、心より謝罪を申し上げます」


 コロン嬢はそういって深々と頭を下げる。


 自分の主であり、侯爵令嬢のコロン嬢が、高々子爵令嬢に深々と頭を下げる所を見て、黒い執事は気を取り直して、コロン嬢と合わせて私に頭を下げる。


「いえいえ、直接私が被害を被ったわけでもないので、お気になさらないでください。それよりも本日はお茶会にお招き頂き、誠にありがとうございます」


 こうして、互いのお礼と謝罪を述べた後、両者が席に座り、お茶会が始まる。


 黒い執事が脂汗を流しながらもお茶をいれて、私とコロン嬢の前に差し出し、コロン嬢がじっと私の顔を見つめる。


 このシーン、確か乙女ゲームであったのと同じシーンである。ゲームの中のこのシーンでは三つの選択肢が出る。


 一つ、ダージリンですよね?

 一つ、アールグレイですよね?

 一つ、アッサムですよね?


 で、肝心の正解の選択肢は…その三つのいずれでもなく、タイムアップ、つまり時間切れである。時間切れになると、先ず初めにコロン嬢がお茶に口を付ける。


 何故かというと、この国のお茶の作法では、主賓が先ず初めにお茶に口をつけ、毒物が混入されていないことを示す為なのである。


 ゲームの中では主人公が選択肢を選ぶことによって、先に口を付け、その事をコロン嬢に作法がなっていないと説教を受けるイベントなのである。表面敵に見ると『悪役令嬢』が主人公を呼びつけ、お茶の作法を持ち出して主人公をいじめるシーンに見えるが、本質はそこではない。


 あまりに無作法にアレン皇子に付きまとう主人公に対して、コロン嬢が作法を指導する為のものなのである。


 例えアレン皇子から主人公に対して好意を持っていたとしても、主人公が無作法に付きまとっていては、皇室の権威が下がることになる。その事態に憂慮してコロン嬢が作法の指導を主人公に対して行おうとしたイベントなのである。


 私がコロン嬢の様子を伺っていると、コロン嬢はティーカップを手に取って口を付ける。これで、第一関門を突破した事なる。本番はこれからだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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