第035話 (悪い)魔法使いの馬車

 結局の所、コロン嬢のお茶会に着ていくドレスも大変であったが、コロン嬢のタウンハウスまで行く馬車の手配も大変であった。ドレスに関しては今持っているドレスにジュンやニース達の手助けを得て、手直しのアレンジで何とかしたが、移動手段の馬車に関しては、私はこの国の公共交通機関である駅馬車に頼っていたので、流石に侯爵家のような大貴族の邸宅に駅馬車で行くことは出来なかった。


 一般人であるジュン達も流石に馬車を何とかすることは出来ず、陰鬱とした時を過ごしていると、助け舟を出してくれたのは意外な人物であった。


「どうしたのかね、レイチェル君、浮かない顔をしているが、憑りついているモノに何かあったのかね」


 定期報告に来たディーバ先生の事務室で、私の意気消沈した姿を見て、見るに見かねたディーバ先生が声を掛けてきた。


「実は、コロン嬢からお茶会の招待を受けたのですが、私、大貴族の邸宅に乗っていく馬車が無くて…」


 きっと、お城の舞踏会に行くシンデレラもこんな気分であったのだろう。あぁ、どこかに馬車を出してくれる魔法使いでもいないのかしら…かぼちゃの馬車はお断りだが…


 ディーバ先生にちょっと期待してみたが、難しい顔をしながら、指でコンコンと机を叩いて沈黙を守っている。


 やはり、そう上手く事は運ばないか…この際仕方がない、恥を忍んで駅馬車一台を貸し切って、それで向かうしかない。こんなの公式の場に軽トラックで赴くようなものだが、無い袖はふれない。


「もし…」


 沈黙を守っていたディーバ先生が口を開く。


「もし、マルティナ嬢が意識を回復したら…」


「先生、回復してからでは遅いですよ…」


 先生はむっと、眉を寄せる。


「話は最後まで聞きなさい、レイチェル君」


 私は先生の言葉に身をすぼめる。


「もし、マルティナ嬢の意識が回復したら、その後に君にお願いしたいことがある。その前貸しとして、馬車の事はなんとかしてもよい」


「本当ですか! 先生!」


 喜びを露わにする私に、ディーバ先生はコホンと咳ばらいをひとつする。


「君に嘘をついてどうする。それよりも余計な些事で、君の精神が落ち込み、君に憑りつくモノが力を解放されるという事の方が避けたい事態だ。なのでその様な事態を避けるためには私はいくらでも力になろう」


 やはり、ディーバ先生はドライだな…


「お心遣い、感謝致します」


「うむ、任せておきたまえ」


 こうして、ディーバ先生に馬車の事は何とかしてもらえることになった。こんな事なら、着ていくドレスの事も先生に…いや、それは女の維持というか淑女の矜持というか、男性の先生に相談してはダメだと思う。



 そして、お茶会の当日の休日。


「えぇ…」


 驚愕のあまり、声が漏れる。


「スゴイですね…これ、素敵だわ…」


 ため息を漏らすジュン。


「すごい! すごいです! これが憧れの貴族の馬車!!」


 瞳を輝かせるニース。


「私の地元だったら、これ一台で見渡すばかりの農地付き邸宅が買えますよ…」


 あんぐりと口を開けるサナー。


 今、寄宿舎の前には見たことの無いような、豪華な馬車がある。この寄宿舎にも貴族はいるので、自前の馬車を持つものもいるが、そこは寄宿舎に入る程度の貴族。本当の大貴族は帝都にタウンハウスを持っている。なので、これ程までに豪華な馬車を持つものはいない。


「これを貸して頂く代金って、御幾らかかるのでしょうか…」


 気分はタクシーを読んだら、大統領の乗るような車が来た感じである。


「いや、君からも他の誰からもお金を貰うつもりはない。お金の事を言ってしまえば、金さえ払えば貸してもらえると思う連中が出てくるのでな」


 中からディーバ先生が出て来て私の言葉に答える。


「これはディーバ先生! 本日は誠にありがとうございます。この様な見事な馬車を貸して頂けるなんて」


 私はこれでもかというぐらいに深々とディーバ先生に頭を下げる。よく考えれば、ディーバ先生は公爵家の一族。これぐらいの馬車を持っていてもおかしくはない。


「今日は部屋に籠って研究をする為、外出する予定がないので、構わない。戻ってきたら、学園の厩の管理者に言えば後は大丈夫だ」


 私は少しシンデレラの気分に浸った。私がシンデレラならディーバ先生は魔法使いかな?


「そうそう、この事は前貸しだからな、後で私の頼みごとを断る事の無いように」


 あぁ、でも悪い魔法使いだ…


「レイチェル様、そろそろお時間なので…」


 エマが時間を気にして私に声を掛ける。侯爵家の訪問に貴族令嬢が一人で行くわけにもいかず、私の侍女の代わりにエマについてきてもらう事となっている。


 私とエマは馬車に乗り込むと、その中の内装の凄さで再び驚く。ソファーなんてふかふかでこのままベッドとして使っても良いぐらいだ。


「レイチェルさん、それでは行ってらっしゃい!」


「帰ってきたら、コロン様の邸宅のお話をお願いします!」


「お土産もおねがいします~」


 ジュン、ニース、サナーの三人が見送りの声をかけてくれる。しかし、お土産って…お茶会の出席でお土産が貰えるような事はないし、公式訪問用のドレス姿で帰り道の途中で寄り道して買い物をするなんて事は出来ない…


 皆の声に見送られながら、馬車はゆっくりと動き出す。窓の外を見るとジュン達だけではなく、寄宿舎の窓から多くの生徒が窓から身を乗り出して注目しているのがわかる。


 自分の所有物の馬車であるなら、自慢したいところであるが、ディーバ先生からの借り物の馬車である。


 私は気恥ずかしい思いをしながら、馬車は学園の外に出たのであった。


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