第034話 もう一つの理由

 その手紙が来たのは、エマが来て、朝食に向かおうとした時である。


 扉がノックされ、エマがその応対をする。何事かと思っていたらエマが一通の手紙を携えて私の所へやってくる。


「レイチェル様、お手紙です」


「誰かしら?」


 手渡された手紙の差出人を見ると、コロン嬢の名前がある。随分と素早い手紙だ。彼女は礼拝堂から退出した後、すぐにこの手紙を書き記したのであろう。それほど急ぎの要件なのである。


 私は文房具入れからペーパーナイフを取り出し、手紙の封を解く。そして中身の便箋を取り出し要件を確認する。


「えぇ!?ここで起きるの!?」


 私は手紙の内容に思わず声を上げてしまう。


「どうされたのですか?」


 私が声を上げたことにより、エマがきょとんとした目で尋ねてくる。


「いえいえ、別に大したことじゃないのよ、ただ…」


「ただ、どうされたのですか?」


「お茶会に招待されたよの…正式で公式なものに…」


 昨日ジュン達と行った臨時で非公式のものとは異なり、こちらのコロン嬢のお誘いのお茶会は正式なものである。例えるなら昨日のお茶会はあーちゃんとファミレスでドリンクバーだけでだべるのに対して、コロン嬢のお茶会は、茶道のお茶会に招待されたようなものである。気楽さが全然異なる。


 しかも、このお茶会は、本来、乙女ゲームの話では、人目をはばからずアレン皇子といちゃいちゃする主人公をコロン嬢が呼び出して、説教するという内容である。


 私はアレン皇子と出来るだけ関わりを持っていないので、本来起こるはずの無いイベントであるが、この様な状況で発生したのである。


『本来では起きないはずのイベント…どの様に変化しているのかしら…』


 乙女ゲームのイベント通りなのか、それとも、現状にそって変化したイベントになっているのか、そんな事を考え込む。


「レイチェル様…大丈夫ですか?」


 考え込む私に、エマが心配そうに覗き込んでくる。


「えぇ、大丈夫よ、エマ、心配いらないわ」



 エマに心配させまいと私はエマに笑顔で答える。そもそも、あーちゃんの説明で、乙女ゲームのイベントとしての攻略法は記憶しているし、現実の作法やマナーについても、家庭教師のセクレタさんの指導で叩きこまれている。心配なのは本来のイベントから外れた事態が起こることだ。しかし、逆にこのイベントが発生してくれたのは私にとっての朗報であり、私にはその状況に飛び込まなくてはならない理由がある。


 私が飛び込まなくてはならない理由…それはコロン嬢の死の回避である。


 コロン嬢のみならず、この乙女ゲームの物語通りにイベントが進行していけば、『悪役令嬢』の五人は残らず、死や不幸な人生を辿ることになる。多少、自らの行いの結果ではあるが、大半は他者というか『攻略対象』の五人の周りを顧みない行動の結果によるものが多い。


 友人のあーちゃんはこの乙女ゲームの主人公に感情移入し、『攻略対象』との恋愛模様を楽しんでいたが、私は主人公に感情移入する事や、『攻略対象』に胸をときめかす事より、その事によって運命を振り回され、『攻略対象』達に声を聞き届けてもらえず、不幸な人生を突き進んでいく、まるで『不幸人生を辿った私の母親』の様な『悪役令嬢』達に感情移入をしてしまったのである。


 父によって捨てられ、不幸な境遇でありながら必死に私を育ててくれた母。玲子であった私はその母の恩に報いる事無く、ファミレスでの事故で命を失った。だから、もう二度と母に恩を返す事は出来ない。それどころか私の成長を心の拠り所にしていた母を一人にしてしまった。私は結果的に様々な選択を誤ったのだ。


 だからこそ、この世界で再び生を受け、未来を知る私は、他者を顧みない行為によって不幸に陥る彼女たち『悪役令嬢』を私の選択で、その不幸な運命から解放したいのである。


 もちろん私が救済したい『悪役令嬢』にはマルティナも含まれている。最初の教室での切り裂き事件の時は、本来は私に『攻略対象』には気がない事を教えて説得するつもりでいたのだ。しかし、残念なことにマルティナ嬢は逆上し、その結果、『アイツ』のせいで、彼女は昏睡することになった。その後、彼女を礼拝堂に運んだのも、彼女を救う為なのである。

 

 つくづく、人生とは上手く行かないものである。しかし、マルティナ嬢は回復の可能性もあり、これからの選択次第では十分取り返しが可能であると信じたい。


 この様に出だしを思わぬ『アイツ』の登場為に躓いてしまったが、『悪役令嬢』の中心人物であるコロン嬢と打ち解け合い盟友となることが出来れば、今後の『悪役令嬢』の救済の弾みになり、また後ろ盾になるだろう。なので、失敗は許されない、気合を入れていかないと。


「お召し物の準備はどうなされますか?」


 考え込んでいた私に、エマが顔を覗き込んで尋ねてくる。


「大丈夫よ、寄宿舎内は制服でも失礼に当たらないから」


「あれ? コロン・ミール・マウリシオ・ロラード様って、寄宿舎内に居られましたっけ?」


 私はエマの言葉にしばし固まり、あわててお茶会の場所を確認する。


「…あぁ…そうだった…コロン嬢は寄宿舎ではなく、帝都内のタウンハウスから通学されているんだった…」


 これは大変な事になった。また初っ端から足を躓きそうな事態である。



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