第033話 思わぬ来訪者
私とディーバ先生は、マルティナ嬢の眠る部屋にいる。しかし、マルティナ嬢の状況は昨日と同じで、静かに穏やかに眠っている様にしか見えない。
「私がモノクルでコーザル体を確認しているが、やはり欠損した魂は回復していない。その背後霊という存在が補助して魂を補完する状況が理解できない。だか人の魂自体が高位の存在より分け与えられたものだとする説がある。現状では君の説に頼るしかない…」
確かにそうだ。私も私自身が直接見たわけではない、あの玲子時代のトモコの受け売りである。かと言って、私にはこの方法しか知らないので他に助言できる事はない。しかし、いくつか思いつく事があった。
「私もどこかで見聞きした知識ですから、確証することはできません…ただ…」
「どうした?」
先生は私に向き直る。
「背後霊がつくといっても、全く無縁の者がつくとは思いません。彼女と関連のある霊でないとダメかもしれませんね。そう言う事であるなら、彼女の縁者が近くにいる方が良いかもしれません」
「ふむ… 彼女の家族が側にいる方が良いという事か…」
「あくまで、可能性の事ですけどね」
家族に背後霊が余っていて、尚且つ神聖な場所に臆さない良い霊と前提であるが…
「それよりも他者の霊で魂を補完した場合、その人物は元の人物と同一であるか、それとも、別人であるかどう思いますか?」
「それは難しい問題だな…しかし言える事は、魂を補完した霊によるとしか言えないな」
「それはどういう意味ですか?」
私は先生に向き直る。
「元々の人物の事を汲み取る霊であれば、出来るだけ元の人物に沿った行動を摂るであろうが、そうでない霊であれば、自分勝手な行動に出るだろう」
「でも、それでは前者の場合に於いても、ただ演じているだけで別人ではありませんか?」
「例えば酒に寄っている場合と素面の時や、精神の病に患っている時と癒えた時、同一の人物でもその時の状況で、人は大きく変わる。しかし、どちらの場合においても本人が自分は自分であると言えば、他者には何もいえないだろう」
私は先生の言葉に目を丸くする。ちょっとそれはドライすぎるというか、冷酷すぎないだろうか。その人の本質が変容しても、気にしないなんて…
先生の言葉に、私が言葉を詰まらせていると、表の廊下から騒がしい物音がなり始める。
「マルティナ! マルティナ どこなの!?」
若い女性のマルティナ嬢を呼ぶ声である。物音はどんどんこちらの部屋に近づいており、唐突にこの部屋の扉が開かれる。
「あっ」
「えっ」
扉を開けた人物と私が突然のその状況に声を漏らす。扉を開けた人物は一瞬、固まっていたが、すぐに眠っているマルティナ嬢の姿を見つけて彼女の方へ駆け寄る。
「マルティナ! マルティナ! こんな所におりましたの!? 私、心配していたのよ!! さぁ! 目を覚まして下さいまし!!」
扉を開けた人物は必死にマルティナに呼びかける。
「コロン・ミール・マウリシオ・ロラード嬢」
ディーバ先生が扉を開けた人物の名を呼ぶ。そう扉を開けた人物は『悪役令嬢』の一人、コロン嬢なのだ。
「マルティナ! マルティナ!」
コロン嬢は見事な金髪の縦ロールを振り乱し、マルティナに呼びかけ続ける。
「コロン嬢、取り乱す出ない、ここは病室だ」
ディーバ先生の言葉に取り乱していたコロン嬢は我に返る。
「申し訳ございません。ディーバ先生。私、マルティナがここに保護されていると聞きまして、居ても立ってもいられず我を忘れてしまいました」
そう言ってコロン嬢は深々と頭を下げる。しかし、すぐに顔を上げ、ディーバ先生に訴えかける。
「それよりも、マルティナは大丈夫ですの!? どうして目を覚まさないのですか!?」
「マルティナ嬢は理由は分からないが、精神をかなり消耗している。暫くは目を覚まさないであろう」
「そ、そんな…」
ディーバ先生の言葉にコロン嬢は驚愕する。私はゲームでのマルティナ嬢しか知らないが、コロン嬢はこんなにもマルティナ嬢の事を心配しているのか。あと、先生は上手く魂が欠損している事や、悪霊の事は伏せてくれた。
「だが、いつかは目覚めるはずだ。それまで、ここでマルティナ嬢を預かっているので、時折、見舞いにくればよい」
「ありがとうございます…マルティナの事、よろしくお願い致しますわ…」
コロン嬢は再び先生に深々と頭を下げる。そして、頭を上げると何故だか私に向き直った。
「貴方…確かレイチェル・ラル・ステーブ嬢でしたわよね?」
なぜ、コロン嬢が私の名前を覚えているのだろう? もしかして、アレン皇子の事で目をつけられていたのだろうか…私の背筋に冷や汗が流れる。
「はい、左様でございます。コロン・ミール・マウリシオ・ロラード様」
私は表立っては冷静にしながらカーテシーで答える。そして、頭を上げると突然にコロン嬢が私の両手を掴む。
「ありがとうございます!! 貴方がマルティナを保護して、この礼拝堂まで運んでくれたのでしょ?」
「あっ…はい…」
私はコロン嬢の勢いに気圧される。
「貴方がマルティナを保護してくださらなかったら、マルティナは助からなかったかもしれません! 私の大切な友人を救って下さってありがとうございます!!」
コロン嬢は私の手を握り、ぶんぶんと振りながら礼を述べてくる。
「人として、当然の事をしたまでですわ…」
原因はほぼ私にあるので、手柄を自慢する気にはなれない。
「いえいえ、そんな事はありませんわ! か細い女の手でマルティナを礼拝堂まで運んでくださったのでしょ? 普通の令嬢ではできませんわ」
本当にコロン嬢にとってマルティナ嬢は大切な友人なのであろう、何度も何度も礼を言って私を褒めちぎる。
彼女の事はゲームの中の事しか知らないが、思った以上に情に厚い人物であるようだ。
「コホンッ」
コロン嬢にやりすぎだと言わんばかりにディーバ先生が咳ばらいをする。
「あら、私としたことが、お礼の気持ちを伝える為に取り乱してしまいましたわ」
コロン嬢は今までの子供の様な礼の述べ方を改めると、侯爵令嬢然とした作法のカーテシーで私に頭を下げる。
「取り乱してしまい申し訳ございませんでしたわ、レイチェル嬢。お礼についてはまた後ほど、公式に差し上げますわ。それでは私はマルティナの婚約者の方にもお伝えしてきますので、失礼致しますわ」
コロン嬢はそう告げると、最初訪れた時とは異なり、完全に侯爵令嬢の仕草で静々と退出していった。
そして、次の日の朝、私の所へコロン嬢からの手紙がきた。
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