第031話 小さな功労者

 今日は早く寄宿舎に帰って、ジュンたちと一緒にお風呂や夕食を摂ろうと考えていたが、礼拝堂から出た時には、もう夕暮れ時になっていた。


 もう皆、お風呂や食事はしたであろうか。しかし、それよりも私の為に憲兵と渡り合ってリーフの苗木を守り通してくれたエマの所へ急ぐべきである。


 私はそう思うと、寄宿舎の自室へと急ぐ。


「エマ! 帰ったわよ! 大丈夫!?」


 私は扉をノックし、中にいるであろうエマに大声で話す。


「レイチェル様っ!!」


 すぐに中から返事が帰ってきて、部屋の扉が開かれる。そこには泣き腫らした目をしたエマの姿があった。


「エマ! 大丈夫!? エマ!」


 私はすぐさまエマを抱きしめる。するとエマは安心したのか堰を切ったかのように泣き始めた。


「レイチェル様っ! レイチェル様っ! 私、怖かったですっ! 憲兵の人が来て、部屋に入れろ! 苗木を渡せって、声を張り上げて… でも、私はレイチェル様からお部屋をお預かりしていますし、リーフちゃんとも友達になったばかりなのに、リーフちゃんの苗木を渡す事なんか出来なくて、それでもそれでも、いっぱい言い返して追い返したんです!! 怖かった! 怖かったぁ!」


 怖かった記憶を泣きながら話し続けるエマを、私は抱きしめて、黙って聞き続ける。これが雇った者の責務であり、また年上の役目だと思う。エマは13歳で、必死に働いている。前世での世界であれば、まだ遊びたい年頃である。そんな若くて小さいエマが、私やリーフの為に大人の憲兵に対して、この部屋とリーフの苗木を守ってくれたことに、私は胸が詰まる思いであった。


 そして、エマが一頻り泣いて話して、落ち着き始めたころ、私はスカートのポケットからハンカチを取り出す。しかし、渡そうとした瞬間、それはディーバ先生のハンカチであったのに気が付いたので、私はもう一度ポケットを捜して自分のハンカチを取り出す。


「ありがとう、エマ、私は貴方のような人が私のメイドになってくれて本当に幸せだわ」


「エマ、私の苗木をまもってくれたんだっ! ありがとう~」


 私とリーフがそうエマに伝えると、エマは再び涙を流し出す。


「そんな風に言って頂けるなんて、私こそ、レイチェル様に使えて幸せです!」


 私が泣きじゃくるエマを見守っていると、扉が開いたままで、エマの泣き声が廊下まで響いていたので、人が集まってくる。


「えっと、あの… 大丈夫ですか?」


「えぇ、大丈夫って、サナー? それとジュンとニース?」


 扉の隙間から、心配そうに覗き込んでいたのは、昨日知り合ったサナーとジュンとニースであった。


「あれ? ここってレイチェルさんの部屋だったんですか? なんだか、泣き声が廊下の奥まで響いていたので…」


 サナーは部屋の中に入っていいのか、外で待つべきなのかそわそわしながら、顔を出している。


「サナー、それとジュンとニースも入ってきたら?」


 私の肩にいるリーフがサナー達に声を掛ける。


「えっ、いいんですか?」


 貴族の部屋に興味深々なニースが顔を出してくる。


「どうぞどうぞ、お茶でも御馳走するわ」


「あっ、貴族のお茶飲んでみたいですっ!」


 今度はジュンが顔を出してくる。


「エマ、そう言う事だから、お茶会にしましょう! 私も手伝うから準備してもらえる?」


「分かりました、レイチェル様っ! 私、がんばりますっ!」


 こうして、突然ではあるが、サナー、ジュン、ニースの三人と私、リーフ、エマも加えた六人でお茶会を開催することとなった。


「それで、なんでメイドのエマちゃんが泣いていたんですか?」


 お茶を入れている間にサナーが事情を尋ねてくる。


「今日ね、ディーバ先生の所にリーフの報告に行ったのだけれど、私と先生が話している間に、リーフの本体である苗木を憲兵が押収しに来たのよ、それをエマが怖い思いをしながら、必死に守ってくれて…」


「えっ!? そんな事があったんですか!?」


 話を聞いたサナーが目を丸くして、すぐにテーブルに擦らんばかりに頭を下げる。


「ごめんなさいですっ!! 朝市の授業の時に私が話しちゃったからそんな事に!!」


「いえいえ、いいのよ、何れ伝わる事だから、それにそんな手段に出たのは学園側なんだから」


 私は頭を下げるサナーに罪がない事を告げる。


「そう言って頂けると有難いですっ」


 サナーはようやく頭を上げて、へへへと笑う。


「それより、レイチェルさん、帰ってくるのが遅かったようですが、リーフちゃんの事でこんな時間までかかったんですか?」


 今度はニースが帰宅が遅かったことについて聞いてくる。


 そこで私は考える。私に憑りつく『アイツ』の事は話すことが出来ないが、マルティナ嬢の事については、知人などに礼拝堂で保護していることを告げてもよいとディーバ先生に言われている。


「いや、ちょっとね、先日、マルティナ嬢が倒れていたのを見つけてディーバ先生に預けたので、その経過報告と、お見舞いをしていたのよ」


「えぇ!! あの大貴族の侯爵令嬢のマルティナ様を!?」


 ニースは驚きの声を上げる。皇室の血を引く公爵家以外で、普通の貴族の上位は侯爵家なのだから、その驚きは当然である。


「そうよ、彼女はまだ、意識が戻らなくて、今、礼拝堂の一室で保護されているの」


「へぇ… そんな事があったのですか」


 サナーとジュンも私の情報に興味が惹かれているようだ。彼女は上位貴族の中でも何かと目立つ方なので、姿を見せないことに違和感を感じていたようだ。


「みなさん、お茶が入りましたよっ」


 エマが皆にお茶を運んでくる。


「エマ、貴方の分のお茶も入れて、みんなで楽しみましょう」


「えぇ!? 私が同席してもよいのですか?」


 私の提案にエマが驚く。


「えぇ、今日はエマが頑張ってくれたから、いいでしょ?」


「では…よろこんで…」


 エマははにかみながら答える。


「そうそう、私、リーフちゃんにお土産もってきたの」


 ジュンが声を上げる。


「私に? なぁに?」


「じゃーん! 魚粕と骨粉を固めた物よ、これ、サナーに聞いたら肥料になるんだけど、どうかな?」


「ありがとう~♪」


 リーフはジュンからカリカリのペットフードを貰うと、すぐさま噛り付く。


「えっ? 食べるの!?」


「意外といけるかも…なんか、元気がでてくる」


 そういってリーフはぽりぽりとかじり続ける。


「あぁ…リーフちゃんが喜んでくれるのならそれでいいよ」


 ジュンは少し強張った顔をで笑う。


「リーフちゃん、それは苗木の下に入れておいても良いよ」


 農学が専門のサナーがフォローを入れ、自分の分のお茶を入れたエマが遠慮しがちに席に座る。


「では、お茶会を始めましょうか」


 こうして、私の部屋で皆とお茶会を楽しんだ。



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