第019話 学園の怪談
私たちは魔法の懐中電灯の様なものを持ち、三人寄り添って、暗くなった学園の敷地をあるいている。無言で歩くには少し心細いので、世間話のつもりでジュンに声を掛けてみる。
「終日、解放していてしかも、採取しても良いって… 本当にそれで温室の環境が維持できるのかしら? 根こそぎ草木がなくなるって事にはならないの?」
「農学や植物学の学生の為に解放された施設ですからね、研究用であれば、ただ採取するだけでなく、栽培にも力を入れますし、金銭目的で採取するにしても足が付きますからね、そんな事で折角入った学園を退学したくはないので、ほとんどの学生はしませんね」
なるほど、学生の良識で成り立っているのか。それにこの学園に入学するためにはかなりの受験勉強が必要である。私自身もセクレタさんという優秀な家庭教師を付けたうえで、一日の大半を勉強に費やし、そんな日々を一年は繰り返してきたのだ。個人能力差があるといっても、大変な努力が必要である。その努力を植物ぐらいでふいにするのは割に合わないであろう。
「それに、農学か植物学を専攻している学生が、栽培の研究の為に、張り付いている事が多いですからね。部外者が来て勝手な事もやりにくいですね」
薬学を専攻しているジュンはそのおこぼれに預かっているようだ。
「ねぇ… 私、その事で変な噂を聞いたことがあるんだけど」
先程まで、無言で不安げな顔をしていたニースが口を開く。
「噂って?」
二人と知り合うまでボッチ状態で噂に疎い私はニースに尋ねる。
「昔、夏の熱帯夜の日に、その温室でとある学生が植物の育成の研究をしていたそうなんだけど、嫌がらせで温室内に閉じ込められて、一晩中、『出して!助けて!』と叫び続けたそうなの…でも、誰も助けてくれず、ようやく、朝になって、熱中症で亡くなった彼女の姿が発見されたそうなの… それ以来、夜の温室には助けを呼び、温室のガラスを叩き続ける女学生の姿が現れるそうなの…」
良くありそうな学校の怪談話みたいであるが、色々と突っ込みどころがある。
「温室がガラス窓で出来ているのなら、どうして叩き割って出なかったのかしら?」
「あぁ、それはガラスは高価だから弁償できないし、一枚でも割れると温室の効果が失われて、研究結果が台無しになるから割れなかったのかなぁ~」
私の疑問にジュンが答える。
「でも、学園で神聖魔法の授業があるのだから、誰かが除霊すればいいだけじゃないかしら?」
この世界は魔法もあり、リーフの様な精霊や妖精が実在する世界である。前世の玲子のような霊を見る事が出来ず、霊能力者のような存在が稀な世界とは異なり、ここは神聖魔法として、霊能力者の様な能力が、技術として体系化されているのに、どうして女学生の幽霊などが怖いのであろう。
「誰しもが神聖魔法の授業を履修して、神聖魔法を使える訳でもないので、神聖魔法が使えない人が出会ったら、ちょっと面倒かな?」
ジュンの言い方は、不可思議なものと遭遇する感じではなく、面倒な人と出会うような物言いである。
「そうそう…物理攻撃が聞かないし… 身体を通り抜けてくるって話だし…」
ニースの殴るのが効かないから怖いっていうのも、どうかと思う。
どうやら、この世界の人物は、霊など存在に対して、得体の知れない未知な物に対する恐怖と言うより、害獣に遭遇するような恐怖なのであろうか…いまいちピンとこない。
「まぁ、そんなに遭遇するものでもないから、怖くないと思うよニース。ほら、見えてきた」
校舎の角を曲がった所で、ジュンが指さす。そこには体育館ぐらいの広さの全面ガラス張りの温室があり、中は魔法の明りを使っているのか、全体が光っており、まるで、深夜の夜道でコンビニの明りを見つけたような安心感があった。
「確かに明りがあるから、そんなに怖くないかも…」
ニースは寄せていた眉を少し広げる。
「それに、先客の人影がいっぱいあるから大丈夫だよ」
えっ? 人影?
「本当だ…人がいっぱいいる… あっ! でも、ジュン! あそこ!! あそこ見て!!」
ニースは大声をあげて、温室の一角を指差す。
「あそこの女の子、私たちを見て、ガラス窓を叩いているよ!! もしかしたら、あの女の子が幽霊じゃ…」
確かにニースの指差す先に、ガラスを叩く女の子の姿が見える。しかし、私の目にはジュンやニースの言う沢山の人影は見えず、ガラスを叩く女の子の姿しか見えないのだ。
ぞわり…
その瞬間、背筋に猛烈な悪寒が走る。
「ひやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
私の後ろから途轍もない大きさの悲鳴が響く。
「えっ!? レイチェルさ…まって! 何これ!!」
私に振り返るジュンとニースに向かって、小さな光の球のような物が飛んでいく。リーフの姿だ。
「ちょっと!! リーフ!! どうしたのよ!! 他の人がいる前で!!」
「なんか出た! なんか出た!!!」
リーフは叫びながら、ジュンとニースの後ろに隠れる。
「ヒギィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!」
すると、今度は温室の方から、何かの断末魔のような叫び声が響き渡る。
「えっ!? 今度はなに! 何の声!?」
ジュンが温室に振り返る。
「人影が… さっきまで一杯いた人影が全員消えてる…」
ニースは人影が消えたことと、リーフの姿に怯えて身体を震わせながら、ジュンにしがみ付く。
二人は温室の中に沢山の人影が見えたと言っていた、その後、ニースはその人影か消えたと言っている。しかし、私の目には人影などは見えておらず、最初から最後まで、ガラスを叩く女の子の姿しか見えていない。
その女の子の姿も、まるで人形の糸が切れたかのように、地面に崩れる。
私はその様子を見るとすぐに温室に駆け出す。
「ちょっと、レイチェルさま!! って、この妖精はどうしようっ!」
駆け出す私を、ジュンがリーフを抱えながら追いかけてくる。
「まってぇ!! 置いてかないでっ!!」
そのジュンにニースが半べそを掻きながらしがみついて追いかける。
私は温室に辿り着き、扉を開け放ち、すぐさま倒れている女の子の所へ駆け寄った。
「ねぇ!! 大丈夫!? 大丈夫なの!?」
私は藍色のおさげ髪で制服ではない作業服姿の女の子を抱きかかえ、声を掛ける。
「うぅ…」
作業服姿の女の子は私の声に反応して声を漏らす。
「ねぇ!? 声は聞こえる? もう大丈夫よ!」
再び声を掛けると、作業服姿の女の子は薄っすらと瞼を開け始める。
「安心して、もう大丈夫よ、何もいないから」
私は女の子を安心させるため微笑みながら優しい声を掛ける。すると女の子は子供の様に泣きじゃくりながら私にしがみつく。
「あーん! 怖かった!! 怖かったよぉ!! あんなに一杯、変なのが出てきて、外に出られなくて、本当に怖かった」
私は女の子を慰める様に、ポンポンと背中を叩く。
そこへ、私を追いかけていたジュンとニースの二人が遅れて私の所へやってくる。
「…えぇっと、この女の子はちゃんとした人間って事なんだ…」
ジュンが少し強張った顔で作業服の女の子を見下ろしながら口にする。
「という事は… 最初に見えていた、一杯の人影の方が幽霊だったって事?ひぃぃぃ!!」
事情を理解したニースが悲鳴をあげる。
こうして私たちは噂の怪談話を体験したのであった。
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※はらついの次回は現在プロット作成中です。
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