第018話 お茶会

「狭い部屋ですが、どうぞお入りください」


 そう言って、眼鏡少女のジュンが自分の部屋に通してくれる。


「こちらこそ、お招き有難うございます」


 そう言いながら、通された部屋の中に入る。部屋の広さは私の部屋よりも一回り程小さく、部屋の両端にはシンメトリーの様に、ベッドと学習机があり、部屋の中央にはテーブルと椅子がある。


 どうやら、二人部屋の様で、ジュンとニースは同部屋のようである。


「レイチェル様の部屋と比べると狭いですよね」


 ニースが自嘲するような笑みを浮かべながら中央のテーブルへと案内してくれる。


「いいえ、そんなことないわ、私、恥ずかしい話だけど、広すぎる部屋ってなんだか落ち着かなくて、本当は少し狭い所が好きなのよ」


 この世界に来る前は、一般人であり母と二人暮らしで狭いアパートに住んでいたので、広い部屋が落ち着かないのは本当であった。


「あっ それなんだか分かりますっ! 私も戸棚の中とかクローゼットの中みたいな狭い場所が好きなんですよね」


 広すぎるのも落ち着かないが、戸棚の中やクローゼットの中はどうかと思う。


「今、お茶を入れますのでしばらくお待ちくださいね」


 ジュンはそう言うと、戸棚から、猫のイラストが描かれたポットを取り出し、小瓶の中から葉っぱを摘みだし、お湯を注ぐ。


「ところで、レイチェル様、アレン皇子様って、どんな方なんですか?」


ニースは前のめりで私に聞いてくる。


「そうそう、ディーバ先生の事務室もどんな所なのかお尋ねしたいですっ」


 ジュンがポットとマグカップを持ちながら聞いてくる。なるほど、ただ単に善意だけではなく、本当は噂の当人から、話題の人物の話を聞きたかったのか。運動少女のニースはアレン皇子で、眼鏡少女のジュンはディーバ先生の事が気になる様だ。


 でも、なんだか女子会をしているようで、気分は悪くない。


「いや、私は声を掛けられただけだから、アレン皇子様の事は良く知らないのよ…ただ…」


 本当は良く知っている。乙女ゲームの世界での設定の事であるが…


「コロン侯爵令嬢の前でお声がけされのは、ちょっとおやめ頂きたいですね… 心臓に悪いです…」


「あ~ 確かにそれはキツイですね… 私の様な一般市民だったら、学園から逃げ出しますね…」


見た目だけは良いが、あの思考回路は理解できない。


「ディーバ先生の方はどうだったんですか? 先生の事務室にいかれたのですよね? 中はどのような感じでした?」


ジュンがお茶のポットを置きながら聞いてくる。


「これと言って特に… 本当に事務だけの様で、片付いてスッキリした部屋でしたね、ただ、部屋の中では片目にモノクルをされておられました」


 もともと、視力が悪いのであろうか、それとも老眼がはいっているのであろうか。老眼であれば、まだ30前後に見える若さなのに、お気の毒な事である。


「モノクルかぁ~ ちょっと、その御姿見たかったなぁ~ 私も眼鏡止めて、先生と同じようにモノクルにしようかな?」


 確かにディーバ先生のモノクルは似合っていたかも知れないが、女性のモノクルはどうなのであろう? 実際に見てみないとなんとも言えない気がする。


 そんなことを考えていると、ジュンがポットからマグカップにお茶を注いで渡してくれる。


「無作法な入れ方ですが、お許しくださいね、私、ティーセットを持っていないもので…」


「いえいえ、お気になさらずに、それより、このマグカップ可愛いですねっ」


 私は渡されたマグカップの絵柄を見る。白いマグカップの中央には猫が「にゃっ♪」と言っている可愛らしいイラストが描かれている。ポットとお揃いのようだ。


「喜んでいただけたのなら幸いです、私のお気に入りですので」


 ジュンは目じりを下げながら、ニースと自分自身の分を注ぐ。私は全員に行き渡ったのを確認してから、マグカップを口元に運ぶ。すると甘酸っぱいカモミールに似た香りが鼻腔に広がる。一口含むと口内にちょっぴりピリッとしたジンジャーに似た味を感じる。


「どうですか?レイチェル様」


 ジュンが私の顔を覗き込むように聞いてくる。


「不思議な香りと味ね、でも、なんだか気分が落ち着いてくる」


 今飲んだばかりなので、すぐさま薬効成分が効くはずはないが、気持ち的には鳩尾の痛みは引いたような気がする。やはり、精神的な原因が大きいのであろう。すぅっと身体にしみわたる様に感じる。


「よかったぁ~ レイチェル様の様子からして、かなり参っておられる感じだったので」


 ジュンが私の満足している様子ににっこりと微笑む。


「そうそう、私たちも最初来た時は、ガチガチに緊張していたので二人で飲んでいたんです」


 ニースが一口飲んで、へへへと笑う。


「これいいわね、どちらで購入できるのかしら?」


 学園生活はまだまだ始まったばかりである。しかし、「物語どおり」ならまだまだストレスの溜まりそうなイベントは目白押しである。その都度、ジュンの所に頂きにくるのは心苦しいので、出来れば手に入れておきたい。


「これ、買わなくてもただで手に入りますよ」


 ジュンがきょとんとして答える。


「えっそうなの?」


 ジュンの様子から、日本のヨモギの様にどこにでも生えている植物なのであろうか?


「はい、学園の敷地にある温室でいくらでも生えているので採り放題ですよ」


 やはり、雑草レベルの植物なのか。


「その温室に私も入って植物を勝手に採取してもいいのかしら?」


「えぇ、学生の研究用に解放された施設ですから、学生なら、何時、誰が入っても大丈夫ですよ。貴重な植物なら採取に許可が要りますが、このお茶の材料なら雑草扱いなのでいくらでも採り放題です」


 一度、現物を採取すれば、エマに頼んで採取してもらう事も出来るし、リーフの言っていた、危なくなったら森の中に逃げる時も、使えるかもしれない。


「じゃあ、ジュンさん、申し訳ないけど、教えてもらえるかしら」


「えぇ、よろしいですよっ なんなら、今から行ってみますか?」


「今からですか? もう日が沈み始めてますよ」


「温室は魔法の明りでずっと明るくしているので大丈夫ですよ」


 ここまで進めてくれているし、次にお互いの都合が合うかどうか分からない。また、この後の予定も特になく、夕食を食べるにしても、もう少し胃の痛みが収まってからの方が良い。ならば、このまま善意にすがるのがよいかもしれない。


「じゃあ、お願いできますか?」


「喜んでっ」


 ジュンは笑顔で答えた。


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