第017話 新たな知人
私は心に重く伸し掛かっていたストレス原因が無くなったので、歌でも歌いたくなるルンルン♪気分であったが、ここは貴族の通う学園であり、私自身も貴族令嬢であるので、静々と歩く百合の花のように、淑女としての見た目を保ちながら、寄宿舎の自室へと向かった。
「帰ったわよ、エマ」
「おかえりなさいませ、レイチェル様」
自室に戻ると、エマが眩しい笑顔で迎えてくれる。マルティナ嬢の事を問い詰められなかった喜びと、自分のパーソナルスペースに辿り着いたことで、思わずエマを抱きしめて、歌でも歌いたい気分であるが、ぐっと押さえる。
「レイチェル様、今日はなんだかご機嫌ですね。あっ、そう昨日言われておりました、制服の洗濯は終わっておりますので」
エマは洗濯した制服を見せてくれる。
「ありがとうエマ、手早くしてくれたね」
私は羽織っていたケープコートの制服を脱ぎ、エマに渡す。
「はい、朝一から始めましたので、それより、今日も汗を掻いておられますね」
ケープコートを脱がせるときに、ブラウスが少し肌に張り付いているのを見つけてエマが声をあげる。
確かにディーバ先生に声をかけられた事で、冷や汗を掻いたせいであろう。
「そうね、今日も色々あったから、また明日にでも洗濯してもらえるかしら、私はこの後、寄宿舎の大浴場にいってくるから、着替えも出してもらえる?」
昨日からかけての嫌な事をさっぱりさせたいので、今日は室内の浴室ではなく、寄宿舎にある大浴場へ向かう事にする。
「分かりました、こちらをどうぞ」
エマは私の要望に答えてすぐさま着替えを取り出してくれる。
「ありがとうエマ、では今日は上がっていいわよ」
着替えを受け取り、昨日遅くまで残ってもらったエマをねぎらう為、早めに上がらせる。
「ありがとうございますっ 着替えたお召し物は、またいつもの場所へ入れて置いて下さい」
エマは一礼すると、部屋を後にする。私も入浴セットを持って、寄宿舎の大浴場へと向かう。
公衆浴場などの他人と一緒に入浴する文化は、前世の世界では古代ローマ時代に発展し、キリスト教の広まりによって、他人と裸になって入浴する行為は淫らな行為であるとされ、中世ヨーロッパでは禁止されていた。ここも中世ヨーロッパに近い時代背景をもっているが、初代皇帝の意向もあり公衆浴場の文化は維持されてきた。しかも、なんだか、日本の入浴文化に近い所がある。
私は浴場に辿り着き、脱衣所で入浴の準備を始める。ちゃんと脱衣籠と鍵付きロッカーがあるのは、一瞬、現代の日本に戻ったのではないかと思わせる光景だ。
脱衣を済ませ、洗面器に石鹸などの理容道具を入れ、手ぬぐい片手に浴場へと向かう。大きな浴場と数々の個人洗い場があり、本当に日本の浴場に似ている。入浴する作法も、いきなり湯船に浸かるのはダメで、身体を洗ってから入浴するように言われている。
私は洗い場の一つに座り、身体を洗う事と洗髪を始めようとするが、他の入浴者の様子をみると、他人に洗髪をさせている人がいる。確か髪を洗っている人物はメイド姿を見たことがあるので、貴族の学生がメイドと共に入浴しに来ているのであろう。
メイド同伴の入浴が許されるのであれば、今度、エマを誘ってみようかなと思いながら、身体の洗浄と洗髪を済ませると、湯船へと向かう。
つま先から湯船に付け、徐々に身体をしずめていく。それと共に身体がお湯に包まれて行き、なんだか身も心も解放されていく様な気分を感じる。こうして、自分では自覚していなかった身体の強張りがお湯の暖かさで解れていく度に、ディーバ先生やアレン皇子の事で、強いストレスを受けていた事を自覚する。
チクリ
入浴を満喫する私に、小さく鳩尾の痛みを覚える。血行が良くなったことで、神経が過剰に反応しているのであろうかと思ったが、その痛みがチクリという感覚から、シクシクと、そして、最終的にはキリキリと締め上げる様に痛み出した。
キリキリと痛み出す様になると、熱さで流していた汗が、痛みの脂汗へと変わっていく。
「ねぇ、レイチェル大丈夫?」
私の髪の中に隠れて一緒に入浴していたリーフが心配そうに声を掛けてくる。
「…鳩尾がキリキリ痛むの… 早いけど、もう上がるわね…」
私は湯船から上がり、脱衣所へと向かう。ロッカーからバスタオルを取り出し、痛みに耐えながら身体を拭い、着替えを済ませて、長椅子の上に腰を降ろし、痛む鳩尾に手を当てる。
『どうして鳩尾が痛むのかしら… 鳩尾という事は胃の痛み? 今まで気を貼っていたけど、緩んだことで、ストレスによる胃の痛みが吹き出してきたのかしら…』
私は自分自身の事を冷静に分析しながら、学園生活が始まったばかりの序盤であるのに、そんな事ぐらいでストレスによる胃の痛みを覚える自分の弱さを情けなく思った。
「あの… 大丈夫ですか?」
ふいに背中から声がかかる。
「はい?」
答えながら振り返ると、湯上りで着替えを済ませた二人の少女がいた。貴族子女が持つ独特の張り詰めた雰囲気を持っていない所をみると、貴族子女ではなく、一般人入学生であろう。
一人は手足が長く感じるほっそりした赤髪ショートのマラソンランナーの様な運動少女、もう一人はむっちりとした茶髪のセミロングの眼鏡少女だ。
「あれ? レイチェルさ…ま?」
眼鏡少女が私が誰であるか気が付き、まだ慣れていない取り繕った貴族に対する仕草で、私の名前を呼ぶ。
その眼鏡少女の仕草を見て、運動少女が私が貴族である事に気が付き、慌てて頭を下げる。
この学園は表立っては、生徒間に身分の上下はなく、平等に接するようにと言われているが、実際には学園外での親の問題に発展することが多いので、身分の上下を気にすることが普通になっている。
「学生同士なのだから、気を使わなくて結構よ。それより、どうして私の事を?」
現在の身分は貴族子女であるが、私の記憶では一般市民の玲子として生きた時間が長いので、貴族子女として扱われるより、普通に接してもらえる方がありがたい。なので胃痛に苦しみつつも、気を使わないように言葉を掛けながら、私の事を知っている事について尋ねる。
「アレン皇子やディーバ先生と、言葉を交わされていたようなので…」
運動少女が少し顔を赤らめながら答える。
『あぁ、やはり教室での事が、悪目立ちしていたようだ…』
教室での出来事が悪目立ちしており、その事で皆から奇異の目で見られている事を思うと更に胃が痛む。
「やはり、教室での出来事を気にされていて、その事で胃が痛むのですか?」
眼鏡少女が私の様子を気遣って、言葉を重ねる。
「えぇ、そうね… アレン皇子に声を掛けてもらえる事は光栄だけれども、婚約者のコロン侯爵令嬢のおられる所で声をかけられるのは…」
ディーバ先生の事はマルティナ嬢の事があるので言う事は出来ないが、アレン皇子の件については正直に告げる。
私の返事に眼鏡少女は顎に手を当て、しばらく考え込んでから口を開く。
「私、薬学を専攻しているのですが、よろしければ、症状を緩和するお茶を御馳走させて頂いてもよろしいですか? 不安と緊張を和らげ、精神を落ち着けるものがあるのですが」
願ったり叶ったりの申し出である。
「よろしいのですか? 是非とも頂きたいのですが… えっと、その…」
二人は私の名前を知っているが、私はまだ二人の名前を知らなかった。
「あぁ、私はジュン・カッパエンです」
眼鏡少女が自己紹介する。
「私はニース・ゾンコミクです」
運動少女が自己紹介する。
こうして、私はこの学園に来て初めての学生の知人が出来たのであった。
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