第020話 お食事会

「レイチェル様、すみませんね、こんなメイドみたいな事をさせてしまって」


「いえいえ、気にしなくていいのよ、私の分もあるのだし、それよりも同じ学生同士なんだから、呼び捨てでいいわよ」


 今、私は食堂からトレイに乗せた夕食を受け取って、ニースと二人して、廊下を歩いている。


 温室での事件があったあの後、作業着姿の女の子を保護して、寄宿舎に戻り、保護した女の子は落ち着けるためにジュンの部屋で、あのお茶を飲ませており、手の空いた私とニースが夕食を食堂に貰いに行ったわけである。


「えぇぇ… 流石に呼び捨ては…」


「では、『さん』付けでどうかしら? ニースさん」


 私は、微笑みながらニースに声を掛ける。


「では… レイチェル…さん」


 ニースは遠慮しがちに答える。


 私はその様子を見ていると、なんだかこの世界で初めての同世代の友人が出来たようで思わず、笑みが零れてくる。すると、ニースも私の笑みを見て微笑みで返してくる。その微笑みから、友人だと思うのは私の片思いの様なものでなく、ニースからも友人だと思ってくれているようで安心した。


「帰ったよ~」


 ニースたちの部屋の前に辿り着くと、ニースが声をあげて部屋の中へと進む。私もその後に続き部屋の中に進むと、少し落ち着いた作業服少女がジュンの入れた、精神安定のお茶を啜っている所であった。


「レイチェル様、ニース、夕食を頼んでごめんなさいねっ」


 作業服少女の面倒を見ていたジュンが私のトレイを受け取りに来る。


「いいのよ、みんなお腹減っているし、私の分もあるし、ジュンはその子の面倒をみてもらっていたから。それと、私の事は様付けでなくていいよ、もう『ニースさん』とは『さん』付けで呼び合っているから」


「そうなの? じゃあ…レイチェルさん、ありがとねっ」


 ジュンも微笑んで返してくれた。これで、ジュンともお友達になれた気がする。ほんとうであれば、呼び捨てでもよいのであるが、良く考えると他の貴族との兼ね合いもあり、間違って他の貴族の事を呼び捨てしないように、『さん』付けで呼び合う事にする。


「それで、その子は大丈夫なの?」


 私はジュンの猫のマグカップでお茶を啜る作業服少女を見る。


「貴方が私を助けてくれた人ですねっ! ありがとうございます〜!! 私、サナー・シスラと申します。貴方は私の命の恩人ですっ!! レイチェルさまっ!」


 そう言って、作業服少女が私に抱きついてくる。


「よ、よかったわね、無事でそれよりも、どういう事になっていたか説明してもらえるかしら?」


 私は抱き付いて縋りついてくる作業服少女のサナーを宥めながら尋ねる。


「えぇっとですね、私が研究対象である薬草の植え付けをしていたんですが、夢中になってやっていたら日が沈んでいて、それでいつしか人影が増えていたので、挨拶してみたら、みんな姿が半透明で透けているし、声を掛けても無視して『ケケケ』と笑っているだけだし、逃げようと思っても扉が開かないしで…それで怯えていたら皆さんが現れて…」


 そう言えば、前世で似たような怪談を聞いたことがある。


 確かそれは、バスか電車で、乗客全員が亡くなる事故が起きて、それ以来、最終か回送の車内にはその幽霊が出るとかで… それで誰かが写真を撮って見たら、噂通りに、満員の車内に、一人だけ外に向かって叫ぶ人影が映ったから、それが幽霊だと言っていたら、霊能力者に見せた所、叫んでいる人影だけが人間で、それ以外の人影全部が幽霊だったとか…


 ここの温室も昔、大勢人が亡くなるような事があったのだろうか?


「これからどうするの? また、出るかもしれないよ?」


 ジュンが作業服少女サナーに声を掛ける。


「そうそうっ! あいつら、物理攻撃きかないんだよっ!」


 ニースが怯えながら声を掛ける。


「そうですよね… また、出てくるかも知れませんよね… だけど、薬草の世話もしないと行けないし… 出来るだけ作業は日のある内にすませて、あとは学園側に連絡しておきます。神聖魔法が使える先生がいるので何とかしてくれると思います」


 サナーは学業の為に、温室に行かないという選択肢は無い様だ。


「所で、レイチェルさん…その…」


 ジュンは聞きづらそうに私に向き直る。


「はい、何でしょう?」


「この子はなんですか?妖精の様に見えるのですが…」


 そう言ってジュンは小さなミルクピッチャーを使ってお茶を飲むリーフを指差す。


「えっ?私? 私の名前はリーフだよっ」


 リーフは開き直ったのか、ニコニコとして答える。


「あ、あの、リーフちゃんは妖精さんなんですか?」


 サナーがマジマジとリーフを凝視しながら尋ねる。


「私は妖精ではなく、本来は樹木に宿る精霊なんだよっ」


「へぇ~!! リーフちゃんは樹木に宿る精霊様なんだっ! では、農学を学んでいる私にとっては神様みたいな存在だよっ! ありがたや~ありがたや~」


 サナーはリーフが樹木の精霊である事を聞いて、拝み始める。


 その拝む姿に大げさではないかと思ったが、良く考えると、リーフが植物の状況が分かるのであれば、栽培や収穫が捗る事は間違いない。サナーが拝むのも分かる。


「それで、リーフちゃんはどこの樹木に宿っているの?」


 リーフの明るい性格にニースが警戒心を解いて尋ねる。


「私はね、元々はレイチェルのお屋敷の庭に生えていた樹木なんだけど、今はレイチェルの部屋にある苗木が本体だよ」


 リーフは素直な子なので、次々と秘密を話していく。もう皆に姿を見せてしまった以上、私も皆の目の前で、リーフの発言を止める事が出来ない。


 というか、リーフは元々、おしゃべりが好きな子なので、今まで我慢していたのか、皆と会話するのが楽しそうだ。


「で、リーフちゃんは、どうしてあの時、飛び出してきたの?」


 今まで好きに喋らしていたが、喋られては困る内容をジュンがリーフに尋ねる。


「そ、それは得体の知れない気配を感じて、飛び出して来たんだよね? ね?リーフ」


 私はポーカーフェイスを保ちながら、リーフに目で訴えかける。


 私はリーフが飛び出してきた理由が分かる。原因はあの時感じた、ぞわりとした背中の悪寒だ。前世の玲子と同じならば、あの感覚は『アイツ』が私の中から出ようとした時だ。


 リーフは私の中から這い出てきそうな『アイツ』の気配を感じて、私の髪の中から飛び出して、私から逃げ去ったのであろう。


 それに、『アイツ』が私の中から出てきそうになるという事は、恐らく温室の中にいた、あの人影達に反応して出てきたに違いない…


 となると…あの人影は人間、生けるものに対して害意を持つ者たちだったのであろうか…


「リーフちゃんは精霊だから、肉体を持たない存在に敏感なんだね」


「もしかすると、リーフちゃんの悲鳴であの人影たちも逃げ出したのかな?」


「流石、樹木の精霊リーフちゃん! ありがたや~ありがたや~」


 ジュン、ニース、サナーの三人がそれぞれリーフを褒め称えるが、リーフはどう答えるべきかと返答に詰まっている。


「とりあえず、一時的な事として、本格的な除霊は、学園の先生にお願い致しましょう。それよりも、夕食が冷めてしまうから頂きませんか?」


 私は皆に夕食をすすめる事で話題をはぐらかす。それは真実を知っているはずのリーフは、素直で嘘を付けないからだ。


 温室のあの人影達が姿を消した本当の理由…それは私の中に潜む『アイツ』が外に出ようとしただけで、恐れて逃げ去ったのだ… 決して、リーフの悲鳴に驚いたのではない。


「そうね、私、お腹ペコペコ」


 お腹を擦るニース。


「食べ物を粗末にできません」


 お百姓さんのような事をいうサナー。


「お茶のおかわりを欲しいなら言ってね」


 明るく微笑むジュン。


「私もジュンのお茶のお陰で、鳩尾の痛みも無くなったし、いっぱい食べられそうだわ」


 いつしか鳩尾の痛みもすっかり消えている。


「「「「それでは、いただきますっ!」」」」


 食事を前に皆で声を合わせる。


 こうして、私は初めての脱ボッチ飯を果した。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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