第015話 困惑する事態

キーンコーンカーンコーン♪


 授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響く。他の生徒にとっては、普通に授業の終わりを告げる鐘の音であるが、私にとっては、なぜ、玲子の世界にあったビッグベンと同じメロディーなのか、不思議に思う。歴史で学んだ時に、日本人の名を幾つか見たので、私以外にも、この世界に来ている日本人がいて、その様なものを広めているのでないかと考える。


 とにかく、ディーバ・コレ・レグリアス先生の緊張気味の授業は終わり、私は次の授業を確認する。次は『貴族魔法』の授業だ。ここの授業はクラス単位で授業を受けるのではなく、それぞれ自分の受けたい授業を受ける仕組みである。なので、それぞれ、受けたい授業に合わせて、教室を移動することになる。


 次の授業である『貴族魔法』は貴族の子弟には必須の科目である。貴族という立場の人間は容易に毒殺や暗殺、魔法により眠らされたり、操られたりしないように、普段から防衛魔法をかけていなくてはならない。昨日のマルティナによる、昏睡魔法が良い例だ。私が事前にある程度覚えていたら、あのような不測な事態にはならなかったであろう。


 貴族魔法の授業は、引き続きこの教室で行われるので、次の授業を受けない者は、他の教室へと移動していき、私は次の授業の準備をする。ふと、視線を感じるので、顔をあげると、神聖魔法の講師であったディーバ先生が私を眉を顰めて見下ろしている。


「君、名前は?」


 目が合ったところで、いきなり名前を尋ねられる。


「はい、レイチェル・ラル・ステーブと申します」


 なんで名前を尋ねられるのか、不思議に思いながら答える。


「今日の受講が全て終わったら、後で私の事務室に来るように」


 やはり、教科書の表紙が切り裂かれていたのを見られたのだろう。お説教されるのかもしれない。


「分かりました… 午後の一コマ目までありますので、その後伺います。で、あの… 先生の事務室はどこにあるのでしょうか?」


「礼拝堂だ」


 私は心臓を掴まれたかの様にビクリと肩を揺らし、目を伏せる。


『礼拝堂!? もしかして、昨日のマルティナ嬢の事!? 礼拝堂から逃げ出す後姿を見られていた!?』


 私は恐る恐る顔をあげ、再びディーバ先生の顔を見る。眉を顰めたまま私を見ている。


「必ず来るように」


 先生はそう言い残すと、踵を返し教室を後にした。私は先生の後姿を背中に冷や汗をながしながら見つめていた。


『もしかして、もしかすると入学して早々に退学になる!? いや、それどころか、上位の令嬢を害したということで、逮捕される?』


 私はまるで、死刑宣告でも受けた気分である。家庭教師のセクレタさんのお陰で、ポーカーフェイスはある程度保てているが、心の中は絶叫状態であった。


 そんな私の事情を知らずに、入れ替わりで教室に入った生徒の中に、私の姿を見つけて近づいてくる人物がいる。


 五人いる『攻略対象』の一人でメイン『攻略対象』の『アレン・カウ・アシラロ皇子』である。


「やぁ、レイチェル嬢」


 さらりとした金髪碧眼、甘いマスクのイケメン皇子様である。普通の女の子なら、声をかけられただけで、目をハートにしてキャーっと叫んでしまう所であるが、私はそんな事をしない。だって、この教室の後方にはアレン皇子の婚約者である、コロン嬢がいるのだから…


「これはアレン・カウ・アシラロ皇子様、ご機嫌麗しゅうございます」


 私は座席から立ち上がってカーテシーで答える。


「そんな畏まらないでくれ、レイチェル嬢。それより、この前は話す時間がなかったから、今日は時間はとれるかな?」


 『この皇子は目が悪いのだろうか...貴方、後ろの席にいる婚約者の姿は見えないの?』


 私はそんな事を心の中で思いながら、皇子に気付かせるように、コロン嬢のいる後方をちらりと見る。皇子はコロン嬢に気付いたようで、視線を向けて手をあげる。


 『よかった、気付いてくれて』


 そう思ったのも束の間、皇子は私に向き直る。


「で、どうなんだい?」


 私はその言葉にピクリと眉が動く。

 

『貴方、婚約者のコロン嬢がいる事に気が付きましたよね? 手も上げましたよね? それでも私に対してナンパみたいな事をするのですか!?』


 ディーバ先生の呼び出しでビクついて心臓が縮みあがっている私にとって、婚約者の前で他の女をナンパする皇子の毛が生えまくった心臓が羨ましく思う。


 ディーバ先生の所へ行けばマルティナの事で問い詰められるかも知れないが、教科書の事でお説教だけで済む場合がある。だが、皇子の要望に答えたら、間違いなくコロン嬢の侯爵家を敵に回す。


 ディーバ先生かアレン皇子か…前門の虎、後門の狼みたいな選択肢であるが、選ぶと言えば説教だけ済む可能性があるディーバ先生の所だ。


「申し訳ございません。皇子様。私は授業の後、ディーバ先生の事務室に出頭することを厳命されておりまして、ご希望に沿う事が出来ません。何卒、お許し下さい…」


 私は深く頭を下げ、謝罪の意を示す。


「そうか、それは残念だね、それではまた今度」


 アレン皇子はそう言うと、教室の奥に向かい、コロン嬢の隣の席に腰を降ろす。一体、どういう神経をしているのであろうか…


 そんな状況でも隣に座るコロン嬢は、ヒステリックに怒り狂うでもなく、扇子を広げ、他者には聞こえないように気を使いながら、何か皇子に言っている様だ。結構、理性的な人物だ。


 私は前に向き直り、少しため息をつく。アレン皇子の事も面倒であったが、ディーバ先生にマルティナ嬢の事を聞かれたらどうしようかと思う。


 あの時、礼拝堂にマルティナ嬢を運んだことは最善だったと思う。私の玲子時代の経験からして、そうしないと助からなかったはずだ。だが、誰かに現場を目撃されていて、その理由を尋ねられたら返答に困ってしまう。


 マルティナ嬢を礼拝堂に運んできた事、そもそもマルティナ嬢がこの様な状態になってしまった事。それらの理由を問い詰められた時、私は、前世があり転生者である事、前世で『アイツ』に憑りつかれている事、『アイツ』がこちらの世界でも憑りついている事、『アイツ』のせいでマルティナ嬢が人事不省になっている事、前世の経験から『アイツ』の被害者は神聖な場所に運ばなくてはならない事…これら全てを話さなくてはならない。


 これらの事は、こちらの世界では誰一人にも話していない私自身の重大な秘密である。そもそも、こんな突飛な話を信じてもらえない可能性も十分ある。また、『アイツ』の存在の為、私が魔女狩りの魔女の様な扱いになる可能性も十分ある。


 自分自身の事だけを考えれば、あの場でマルティナ嬢を見捨てる選択肢もとれた。しかし、私はその選択肢をとらなかった。その為に私は破滅の道を突き進もうとしている。


 あの時、あのファミレスであーちゃんが言っていた『正しい選択肢』という言葉を思い出す。私は選択肢を間違えたのであろうか。ゲームであれば、セーブとロードを繰り返せばよい。しかし、ここがいくらあの乙女ゲームの世界と言えど、私にとっては現実世界であり、セーブロードなど出来ないのだ。


 私はこの学園に受かった事に浮かれていて、慎重さや警戒心が薄れていたのであろうか。それとも、自分自身の事も満足に出来ていないのに、他人を助けようなどと驕った考えをしたからであろうか。


 他人が決めた選択肢であれば抗議も出来ようが、今回の件は自分で決めた選択肢である。それが例え、限られた中から選んだものでも自分で選んだ選択肢で、その結果は自分で受けなければならない。


 気が付くといつしか教壇には先生が立っており、授業が始まっていた。貴族魔法の授業は私にとって重要な授業であったが、マルティナ嬢の弁明の事で頭がいっぱいで、何一つ、頭に入らなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei


ブックマーク・評価・感想を頂けると作品作成のモチベーションにつながりますので

作品に興味を引かれた方はぜひともお願いします。


同一世界観の作品

異世界転生100(セクレタさんが出てくる話)

はらつい・孕ませましたがなにか?(上泉信綱が出てくる話)

もご愛読頂ければ幸いです。

※はらついの次回は現在プロット作成中です。



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る