第014話 出頭要請
「おはよう、レイチェル、朝だよっ」
リーフの元気な声が、眠っていた私の耳に響く。私はその声にむくりと起き上がり、辺りを見回す。ここは学園の寄宿舎の部屋だ。昨日の『アイツ』との再会で、私は転生前からここに来るまでの過去の夢を見ていたようだ。
「おはよう、リーフ」
私はベッドから降りて、洗面所に向かい顔を洗う。そのついでにリーフの朝の水遣り用の水をコップに注ぐ。そして、リーフの苗木に水をやる。
「ん、そこまででいいよ、ありがとう~」
リーフは水加減を申告してくれるので楽だ。水のやりすぎによる根腐れの心配がない。今度、錬金術の研究室にでもいって、植物の栄養素である、リン、窒素、カリウムなどを手に入れて、リーフに与えてどんな反応をするか見てみたい。
リーフの水遣りが終わると、扉がコンコンとノックされる。その音にリーフはさっと私の髪の中に隠れる。ノックの音にちょっとドキドキしたが、このノックの仕方はエマのものだ。
「エマですっ!」
エマの元気な声が聞こえる。
「どうぞ」
「失礼いたします」
扉からエマが現れ、ぺこりと挨拶する。
「昨日の制服は汗を掻いたので、今日は予備の制服を出して、昨日の物は洗濯してもらえるかしら」
「分かりました。お食事はどうされますか?」
エマは早速クローゼットの中から、新しい制服を取り出し、食事の事を聞いてくる。
「朝は食堂に行っていただくわ、夕食については帰って来てからね」
私はそう答えながら、エマに制服の着付けをしてもらう。私はもともと、一般人である玲子の記憶があり、服装もドレスなどではなく、ブラウスにスカートの一般的なものにケープコートを羽織るだけなので、自分で着る事もできるが、万が一、着付けに問題があった場合にはエマの責任になるので、エマに着付けとその確認をしてもらっている。
「今日のお帰りは?」
昨日の事があるのでエマが帰宅時間を聞いてくる。昨日は放課後まで待つ必要があったが、今日は確か、『攻略対象』の一人に声を掛けられる程度のイベントしかなかった筈である。
私は、ある事情から『攻略対象』との関わりをあまり持ちたくない。だから、受け流すつもりでいるから、そんなに遅くはならないと思う。
「昨日の様に遅くならないつもりよ」
「分かりました。では行ってらっしゃいませ」
「行ってくるわ、留守番をお願いね」
着付けの終わった私は、昨日、教室に残した以外の勉強道具の入ったカバンを手荷物と部屋を後にして、食堂に向かう。ここの寄宿舎の食堂は個人ごとに異なる講義の受講時間や、お貴族様の我儘もあり、決まった時間ではなく、自由時間で好きな食事を摂ることができる。寄宿舎は共同生活を学ぶ場所ではないのかと思うが、そこは異世界、異文化なのであろう。ただ、この世界になれていない私には、知人や友人がおらず、ボッチ飯になってしまうのだが。
朝食を済ませた私は、そのまま、校舎に向かい、授業のある教室を目指す。昨日の事があるので、少し緊張した趣で進むが、あの一件で何か教室の設備が破壊されたと言う訳はなく、教科書も私の座席に戻しておいたので特に問題はないものと思われる。
昏睡状態のマルティナ嬢に関しても、学園が大事にして取り扱う場合には、寄宿舎にも連絡がされるし、校舎に入ったところでも噂になっているだろう。それらがない所を見ると、彼女の事は学園の上層部で内々に処理するつもりだと思われる。
私は昨日の教室の中に入り、最前列の自分の指定席に腰を降ろす。そして、天板の下の物入れの中に、昨日、マルティナに表紙を切り裂かれた教科書があるのを確認して、胸を撫でおろす様に息をつく。
昨日の今日なので、正直、今日の授業は休みたい所であったが、イベントの是非、マルティナの事での学園の対応を確認したかったのである。朝のノックも学園側が私に辿り着いたのではないかと心配していたが、エマだったので安心したのだ。
とりあえず、現状では学園の状況に不審な点は見られないので、落ち着いた私は教室内を見回す。少し早めに来た為かまだ着席している生徒の数はまばらで、全体の三分の一ほどであろうか。そんなまばらにしかいない生徒の中で目立つ人物がいる。中央最後列の指定席、『攻略対象』の『アレン・カウ・アシラロ皇子』の婚約者で、主人公のライバルキャラとなる『悪役令嬢』の一人、コロン・ミール・マウリシオ侯爵令嬢だ。
彼女はメイン『攻略対象』の婚約者だけあって、金髪碧眼のモデル体形に、見事なまでの縦ロールの髪型、真紅を基調としたゴージャスな衣装に、申し訳程度のケープコートの制服を羽織っているので、黙っていてもかなり目立つ。そんな、彼女がキョロキョロと教室の中を見渡しているので、目につかない方がおかしい。
何をしているのであろうかと見ていたが、良く考えてみると、いつも彼女の取り巻きの一人であるマルティナの姿を見かけないので、捜しているのではないかと思いつく。
そんな彼女を見ていると、ふいに目が合ってしまう。私が彼女に対し目礼をすると、彼女も普通に目礼で返し、その後、彼女はため息をついて少し落ち着く。
私は正面に向き直り考える。もし、昨日のマルティナ嬢の所業を、コロン嬢が指示していたのであれば、私の目礼に対して目礼で返すなんて事はしないであろう。きっと、睨んで返すはずである。また、マルティナ嬢が復活しているのであれば、彼女の隣にいるはずであるし、昏睡している事を知っているのであれば、彼女の姿を探しはしないのだろう。
以上の事から察するに、昨日の事件についてはコロン嬢は無関係で、マルティナ嬢の昏睡の事も知らないとなると、彼女の所に、マルティナの所に事情聴取も来ていないという事であろう。まぁ、私の推察でしかないが…
確実な事を知りたいのであれば、コロン嬢に話しかけたり、昨日の礼拝堂にマルティナの事を調べに行くのがよいが、そんな事は藪蛇にしかならない。ここは黙って様子を伺うのが良いだろう。
私が色々と考察していると、いつしか座席のほとんどが生徒で埋まっており、授業開始の鐘の音が鳴り響く。その鐘の音にざわついていた生徒達は、静かにして大人しく、教師が来るのを待つ。
一時間目の授業は神聖魔法だ。どの様な教師が来るのかと、扉を注視しながら待つ。すると扉が開き、白いローブを纏った長身の男性教師が姿を現す。
そして、男性教師は扉を閉め、教室に向き直ると、ビクリと肩を震わす。
どうしたのであろうか? 男性教師の見た目は銀髪碧眼の端正な顔立ちをしているが、年のころは30に届くか届かないかの年齢だ。学園が大学レベルであることを考えると若い教師なのであろうか、生徒の多さに驚いているのであろう。
男性教師は、少し強張った感じで、一歩一歩確かめる様に、教壇へと歩みを進める。そして、教壇の前に立ち、一度気持ちを落ち着けるように、深呼吸をして、一瞬、私をチラリとみてから、教室全体を見渡す。
「わ、私は神聖魔法の講師を務める、ディーバ・コレ・レグリアスだ」
男性教師の良く通る声が教室内に響き渡る。
「それでは第一回目の講義として、神聖魔法概論を始める。みな、教科書を出してくれ」
私は男性教師の指示に従い、教科書を取り出す。表紙を見ると昨日、付けられた傷がある。男性教師はまた私をチラリと見て、ついでに切り裂かれた表紙を見られてしまった。
しまった、こんな事なら昨日、囮にする教科書は別のものにすればよかった。第一回目の授業でこんな教科書を見られて、少し恥ずかしい。
「それでは5ページ目を開いてくれ」
こうして、第一回目の授業は進められた。
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