第013話 思った以上にレベルが高い
樹が切り倒されてしまった後も、マーヤさんによる再教育を受ける日々は続いていた。その日々の中で、小さな苗木になってしまったリーフの世話も行っていた。最初の数日はなんの反応も無いので心配していたが、一週間程経った所で、蜂ぐらいの大きさになったリーフがひょっこり姿を表したので安心して喜んだ。
どうやら、名前を与えると言う行為は契約という行為になるらしく、私の力を与える事でリーフは新たに復活したそうだ。
次に私は完全に記憶を失っているのではないらしい事が分かった。マーヤさんの再教育の中のキーワードで、それに関連する記憶を思い起こすことがある。思い起こすと言っても断片で、なんだか数分の動画付き辞書を引くような感じである。
そんな中で私が一番驚いたのが、この国の名前を聞いた時である。この国の名は『アシラロ帝国』という名前なのだ。そこで、レイチェル側の記憶ではなく、玲子側の記憶が思い浮かぶ。
確か、玲子時代に親友のあーちゃんがやっていた乙女ゲームのタイトルが『アシラロ帝国ロマンスファンタジー』だった。そして、あーちゃんに勧められて、一度、そのゲームを始めた時に、主人公キャラとして、キャラメイクしたのが、この私、レイチェルなのだ。
そのゲームは主人公の名前と容姿を決める所から始められるのだが、容姿はあーちゃんになんだか『エヴァファミリー』か『ヘルガール』の主人公みたいと言われながら作り、名前は私の玲子からとってレイチェルと名付けたのだ。一度しかプレイしていないので忘れていたのだ。
それらの状況から、ここはもしかしてあの乙女ゲームの世界、『アシラロ帝国ロマンスファンタジー』の世界ではないかと推察した。
「ねぇ、マーヤさん、この国に『アシラロ国立学園』って学校はあるの?」
「えぇ、帝都ナンタンにございますよ、ただ難関校ですので、お嬢様は無理なさらなくても結構でございますよ」
やはり、ゲームの舞台となる『アシラロ国立学園』も存在するのか… しかも、ゲームの中では説明されていなかったが、難関校だったなんて。
その日の夜、私はリーフと話をする。
「ねぇ、リーフ話があるのだけど」
「なあに? レイチェル」
小さくなったリーフがちょこんと私の肩に止まる。ちょっと可愛い。
「私が夢の中で未来の事を見たって言ったら信じる?」
「うん、信じるよっ!」
素直なところも可愛い。
「その未来の物語ではね、私は帝都の学園に通って、そこで様々な人と出会うはずなの」
「へぇ~ そうなんだ」
「それでね、その人たちはそのままだったら、不幸な人生をおくってしまうの、だから私は、その学園にいってその人たちを助けたいのだけど、いいかな?」
この世界があのゲーム通りの世界であるのかどうか確認する必要がある。その上で、もし物語通りであれば、かなり不幸な事件が起きるはず。未来を知っているなら出来れば助けてあげたい思いがある。
しかし、学園に行くためには試験も受けなければならないが、帝都で暮らさないとならない。リーフの本体の樹は切り倒されてしまったが、この地から離れる、もしくは私から離れる事が出来るのか尋ねてみた。
「えっ? レイチェルは見ず知らずの人間を助けに行くの? まぁ、私の本体は切り倒されちゃったから、私の苗木を一緒に持って行ってくれるのならいいよ」
確かに今のレイチェルにとっては見ず知らずの人間かも知れない、しかし、学園で出会って知り合いになってしまったら、見捨てる訳には行かないであろう。だから、私は学園へと行くつもりであるが、リーフは苗木さえ持っていけば問題ないとの事だった。
次の日、私はマーヤさんに『アシラロ帝国ロマンスファンタジー』の舞台である、『アシラロ国立学園』に入学したいと告げた。反対される事も想定していたが、お館様もマーヤさんもあっさりと了承してくれた。どうやら目標を持てば、再び自殺など考えないであろうとの判断である。
そして、一週間後、お館様が入試の為に家庭教師を手配してくれたようで、今日いらっしゃるとマーヤさんより告げられた。私はどの様な家庭教師が来るのであろうかと緊張していたが、そこに現れたのは予想の斜め上を行く存在であった。
「貴方がレイチェル・ラル・ステーブ嬢ね」
そこには大きな白い鳥がいた。サギだろうか...いや睫毛の長い所をみるとヘビクイワシに似ている。というか、本当にこの鳥が家庭教師なのだろうか?
「うふふ、驚いている様ね、鳥人は初めて見るのかしら? 私はセクレタ・ロピラ・ノルン。貴方の家庭教師よ」
その鳥は落ち着いた女性の声で自己紹介する。チラリとマーヤさんを見るとコクリと頷く。やはり、私の家庭教師で間違いない様だ。
「私は、レイチェル・ラル・ステーブです。よろしくお願いします…」
私は戸惑いながらも、両手を膝の前で揃えてお辞儀する。
「記憶喪失だと聞いていたのだけれど、本当の様ね。でも、全てを忘れているのか分からないから、テストをして調べさせてもらうけど、いいかしら?」
「は、はい、お願いします…」
そんな訳で、家庭教師の一日目は丸一日を使ってみっちりテストをさせられた。採点は次のテストを行っている時にセクレタさんがすらすらと行い、それらの結果については全てのテストが終わったところで、纏めて報告された。
「うーん、自然科学関係はそこそこ出来ているわね、特に数学はいい感じだわ、物理や生物もまあまあ… でも歴史・人文関係はさっぱりね、魔術もさっぱり、でも錬金は少し出来ているわね…」
セクレタさんは私のテスト結果をそう総括する。ここの歴史や魔術などは初めからさっぱり分からない事は承知していたが、それ以外の所は正直、この世界を舐めていた。時代背景的に中世ヨーロッパ程度だから、数学・物理なんて無いと思っていたが、がっつりあった。数学に至っては微分積分はもちろん対数計算まで出てきた。ちなみに化学は錬金術の分野である。
私はテストが終わって肉体的にも精神的にもがっつりと消耗してぐったりとしていた。
「落ち込まなくていいのよ、レイチェルちゃん、最初から出来る人なんていないし、出来ないから私が来たのだから、ちゃんと教えてあげるわ安心して」
「私、ちゃんと出来る様になるのでしょうか?」
「大丈夫よ、数学がここまで出来るのだから地頭は良い方だと思うわよ、数学だけなら、国立学園は難しいけど、他の学園ならそのまま合格できる点数よ」
セクレタさんはにっこりと答える。数学でこれぐらい必要という事は、大学入試レベルなのか… このレイチェルの年齢が13歳だと考えると、この世界は結構進んでいるのかもしれない。
そう言う事で、私は次の日の朝から晩まで、ぎっちりと受験勉強をすることとなった。勉強内容は、出来の悪かったものからという事で、歴史から行う事となった。その歴史を学んでいく中で、ちらほら日本人っぽい名前が出てきたことに驚いたが、一番驚いたのは、剣豪の一人、上泉信綱の名前が出て来た時であった。その時は日本史をやっているのではないかと疑ったぐらいだ。
また、受験勉強以外では、一般常識や、礼儀作法の授業もあった。そこで、セクレタさんに初めて会った時に行った、膝に両手を沿えて頭を下げるお辞儀はダメで、淑女なら、スカートを摘まんで、少し膝を軽く曲げるカーテシーを教わった。
そんな勉強の日々を過ごしている時に、ふと視線を感じ、そちらに向き直ると、扉の隙間から男女の小学生ぐらいの子供が除いていた時があった。子供なので私が微笑みを送ると、二人はすぐさま蜘蛛の子を散らす様に逃げ去った。
恐らく、あの二人が私の弟と妹なのであろう。しかし、父の髪色はブロンズで、私の色は黒、二人は銀髪だった。私への態度や、母親が未だに姿を現さない事、髪の色などで、マーヤさんからは直接話を聞いていないが、そう言うことなのであろうと考える。
そんな日々を一年ちょっと過ごす事で、15歳になった私は、見事試験に合格し、念願の『アシラロ帝国ロマンスファンタジー』の舞台、『アシラロ国立学園』に入学する事となったのだった。
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