第012話 贖罪と契約

 記憶喪失を打ち明けた日の夜、久しぶりに妖精が私の前に姿を現した。


「久しぶりだね、レイチェル」


妖精は私の名を呼びながら、私の膝の上に乗る。


「えっと、久しぶり… どうして、この数日、姿を表さなかったの? それに私の名前を知っているという事は、私たち、知り合いだったのかしら? 私、以前の記憶を失っているの…ごめんなさいね」


 私はこの妖精にも記憶がない事を告げ、謝罪を述べる。


「そうなんだ、レイチェルは記憶を失っているんだね、あっでも、心配しないで、私とレイチェルが知り合ったのはあの時が初めてだから。それと今まで、姿を表せなかったのは、レイチェルにずっと監視がついていたからだよ」


 私に監視がついていた? あぁ、そうか、私が再び首吊りをしないように誰かが見張っていたのか。しかし、私とこの妖精とが、あの時出会ったのが初めてなら、どうして助けてくれたのであろう、どうしてその後も気をかけてくれるのであろうか…


「では、どうして私を助けてくれて、その後も気をかけてくれるの?」


私は疑問を妖精に投げかけてみる。


「だって、あの樹木は私そのものなんだよ、私はあの樹木に宿った精霊そのものなんだ。だから、私の身体で誰かが死んでほしくなかったの」


「ご、ごめんなさい…」


 私は素直に謝罪する。確かに自分の身体を使って自殺をされてはたまったものではないだろう。


「結果的にレイチェルが助かったからいいよ、それより、レイチェルはまだ疲れている様だから、休んだ方がよいね、私、今日は挨拶に来ただけだから」


確かに、今日は思い切って記憶喪失を告白したので、精神が疲れていて身体が重い。


「そうね、そうするわ」


「じゃあ、またね」


 妖精はそう言うと、元気に飛び去って行った。私は妖精が飛び去ってから、彼女の名を尋ねる事を忘れていた事に気が付いたのであった。



 そして、次の日の朝食の後から、マーヤさんによる私の再教育が始まった。そのマーヤの再教育によると、私のフルネームは『レイチェル・ラル・ステーブ』という名前のこの家の13歳になる長女で、お館様の名前は『ファルス・ラピア・ステーブ』という帝国の子爵位を持つお貴族様で、私の父上で間違いないそうだ。他にも家族として、ルシールという母親とロータルという弟とロッテという妹がいるようだ。二人は双子らしい。


 その他にも、この家はどのような家であるのか、私がどんな人間であったのか、説明を受けたが、マーヤさんが意図して話そうとしていないのか、本来のレイチェルという人物が自殺するにいたった理由を話してくれることは無かった。しかし、私が意識を取り戻したというのに、父親以外の母親や弟妹が顔を出さない所をみると、その辺りに理由があるように思える。


 午前中にそこまで説明を受け、昼食を摂り、休憩をしている所に、昼間だというのに、妖精が私の所へ飛び込んできた。


「レイチェル! レイチェル、助けてっ!!」


「一体どうしたのよ!?」


「私の樹が… 私の樹が切り倒されちゃう!!」


 私は妖精の言葉にはっと目が開く。昨日の夜、妖精は私の監視が外れたと言っていた。私は監視が外れた理由は、記憶を失い、自殺する理由まで忘れているから監視する理由がなくなったものだと考えていた。しかし、違った。切り倒すつもりだったから監視を取り除いたのだ。


 私は慌ててベッドから滑り降り、裸足のまま駆け出して、部屋の扉へと向かう。そして、扉を開け放ち、部屋の外に出るが、記憶の無い私にはどちらに進んでよいのか分からない。


「どっち!?」


「そ、そっちだと思う…」


 妖精は弱々しく答える。恐らくすでに斧を叩きこまれているのに違いない。すぐに止めさせないと!


 私は妖精の指示に従い、屋敷の中を駆け出していく。途中、マーヤさんや他のメイドとすれ違う。


「レ、レイチェルお嬢様!!」


 寝間着姿で駆けている私をマーヤさんが慌てふためいて追いかけてくるが、私は無視して走り続ける。


 そして、屋敷を飛び出し、目的の庭の妖精の樹があるところに辿り着いたが、既に樹は切り倒された後であった。


 倒れた樹の周りには斧を杖代わりに汗を拭う使用人数名と、それを見守るお館様の姿があった。


「レイチェルお嬢様!!」


 私を追いかけてきたマーヤさんの声が響くと、お館様が振り返り、寝間着姿の裸足で、駆けてきた事による荒い呼吸の私の姿を見て驚く。


「レイチェル! どうしてここに!?」


 いつしか妖精の姿は消えており、私は自然と涙が溢れてきた。止めどなく涙が溢れてきた。


「ごめんなさい! ごめんなさい! 私のせいで大切な樹を…」


「いいんだレイチェル、お前が気にすることはない」


 お館様が気難しい顔で私を見下ろす。


「ささっ、レイチェルお嬢様、お屋敷に戻りましょう」


 そういって、マーヤさんが私の肩に手を乗せる。その時、頭の中に声が響いた。


『枝を… 枝をとって…』


 妖精だ、あの妖精の声だ。


 私はマーヤの手を払いのける様に、無言で倒れた樹の所へ進み、小ぶりな枝を一本折る。


『レイチェル… 私に名前を頂戴… そして、力を分けて…』


 私は手の中の小枝を見る。そして優しく握りしめ、祈る様に力を込める。


『ごめんなさい…私のせいで… 私に出来る事ならなんでもするわ… 貴方の名前… 貴方の名前はリーフ… リーフよ』


 私は心の中で妖精に語りかける。


『リーフ…私はリーフ… いい名前をありがとう… 私、暫く眠るね… ありがとう…』


 声はか細く私の中に消えていく。声は消えてしまったが、妖精…いや、リーフの存在は私の掌の小さな小枝にちゃんとあった。私は決意を固めて、マーヤに振り返る。


「マーヤさん、この樹は私のせいで切り倒されてしまいました。私はその罪を償う為にもこの枝を育てるつもりです。何か部屋に置ける植木鉢をもらえますか?」


 マーヤさんは許可して良いものかとお館様の顔を見る。お館様は好きにさせるがよいというように頷く。


こうして、リーフは私と共に生きる事になったのであった。




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