第009話 貴方は誰?

 再び、意識を取り戻した時、私はベッドの上に寝かされていた。ベッドと言っても自宅の折り畳みベッドや病院のベッドではなく、なんだか大きなアンティーク風のベッドだ。ファミレスでの事故があった後であるなら、私は、病院の中で病院のベッドで寝ているはずである。しかし、霞む視界で辺りを見回しても、古めかしい洋風の大きな部屋に、天蓋付きのベッド。とても病院の一室には思えない。


 その光景に、私はまだ意識がまだ混濁しており、夢の記憶の様なものを見ているのであろうと考え、再び眠りにつくことにする。置き降り、僅かに覚醒する意識の中、女性の人影や、小さな動く物体が、霞む視界に写る事があるが、見上げる天井が、自宅の部屋でも病院の一室とも異なる、ベッドの天蓋が見えるので、私はまだ記憶の混乱の中にあると思い、再び意識を沈める。


 そんな微睡の様な覚醒と睡眠とを繰り返していたが、猛烈な喉の渇きと飢えで完全に意識が覚醒する。私はむくりと上体を起こし、辺りを確認するが、私の古めかしい洋風の大きな部屋で、天蓋付きのベッドの上にいる状況は変わっていなかった。


 一体、どういう事だ、夢や記憶の混乱ではないのかと考えていると、視界の端に、ベッドの側のサイドテーブルが写る。その上には、トレイの上にグラスに入れた水と何かの料理に被せたクローシュが見える。


 飢えと渇きに苦しむ私は、滑る様にベッドから降りて、サイドテーブルの上のグラスに手を伸ばし、口に運ぶ。最初は少し味見をするつもりだったが、想像以上に身体が渇いていたのか、コクコクと飲み続け、グラス前部を飲み干してしまう。生ぬるいただの水がこれ程美味と感じる事は今までなかった。


 次に飢えを満たすことを期待して、クローシュを取り去り、中の料理を確認する。そこには冷え切ったお粥の様なものがあった。私はスプーンを手に取ると、すぐさまお粥を食べ始める。口に含むとお粥は米でつくったものではなく、水もただの水ではなく、何かの出汁を引いているのが分かる。私はむさぼる様にお粥を胃袋に流し込んでいく。


 お粥を食べきった後で、私は再び、身体をベッドに委ねる。飢えと渇きに我を忘れていたが、それが満たされたことで、落ち着いて自分の置かれた状況について観察する。


 視界も夢の様にぼんやりしておらずハッキリしており、外の風に揺れる木々の騒めきも聞こえてくる。お粥の出汁の味も香りも分かった。今、横たわってるベッドの柔らかさの感触もある。つまり、五感が明確に機能している。


 私はふと、自分の両腕を掲げて眺める。ファミレスでの事を思い出せば、割れたガラスでの切り傷や最後の爆発時の火傷があるはずであるが、そんな傷は一切なかった。それに事故にあったのは夏休み前で、半袖を着ていて日に焼けていた私の腕は、血の気がないように青白く、またか細い。私はその状況に再び困惑する。日焼けの色が抜けて色白になり、切り傷や火傷が完全に癒えて消えるほどの長時間、私は眠っていたのであろうか?


 しかし、それ程長時間、昏睡していたのであれば、普通なら延命装置でも付けられていそうだが、そんなものはない。でも、私の腕はか細くなって...いや、縮んでいる?


 私は状況を確認するため、ベッドから滑り降り、自分の両足で、床の上に立つ。やはり、視界が低い。いつもの視界より、頭一つ分、視界が低い。足元を確認すると、寝間着の裾から私の裸足が見える。足が切り落とされていると言う訳ではない。


 私は部屋の中を見回すと、部屋の一角に姿見の鏡がある事に気が付く。私は自分の姿を確認するために鏡に駆け寄る。そして、鏡の手前で立ち止まり、そこから、一歩一歩確認する世に歩み寄る。


 そして、映し出された自分の姿にはっと息を飲む。


『私じゃない!!』


 鏡に映し出された私の姿は、17歳の高校生だった私より、3歳ぐらい小さい中学生ぐらいの身体で、髪は同じ黒色の長髪であるが、顔の造りが日本人っぽくなく、欧米人に近い。そして、一番異なるのが、まるで宝石を埋め込んだような、ルビー色の赤い瞳だ。


 瞬きしても、口を開いても手を動かしても、鏡の中の私は同様に動く。間違いない、これが今の私の姿だ。何故、私の姿が変わっているのか理解できない。そんな困惑している私に背中から声が掛かる。


「よかったぁ、意識が戻ったんだね」


 小さな女の子の声だ。私はその声に振り返ると、そこには宙に浮き、仄かに光る物体がある。私はその物体を認識するまで少し時間が掛かった。


 トンボの様に羽ばたく羽に、昆虫では考えられない小鳥より一回り大きい大きさ。そして、木の葉を纏って、緑の髪をした人の形。そのような存在が実在していることをすぐに認識できなかったのである。


 現実世界であれば、すぐさま悲鳴でもあげていたであろうが、私は困惑している状態にさらに驚いて、声を出せずに固まっていた。


「貴方が私の枝を使って首を括った時は驚いちゃったよぉ、私の本体は動かすことが出来ないから、精神体で貴方の中に飛び込んで、なんとか首吊りを止めさす事が出来たけど…」


 驚愕している私にその存在は話を続けるが、その話の内容が更に私を驚かす。


 私が首をつった? 確かに、ファミレスで真っ白になった後、首が苦しくなって、首縄を解く体験をしたことは覚えている。しかし、それは臨死体験の一部であると考えていた。そして、その臨死体験中に何かが私の中に飛び込んできたことも覚えている。


 まったく身に覚えのない所にいる事、自分自身の姿が異なっている事、自分が首吊りをしようとしていた事、そして目の前に絵本に出てくるような妖精が実在している事。それら全てが私を困惑させる。何一つ理解できる状況ではない。


「まだまだ、色々と混乱している様だね、ゆっくりと休んで落ち着いた方がいいよ」


 妖精の様な存在が、休息して落ち着くように提案してくる。今の先程の会話の通り、私を救おうとした事や、気遣うような発言からして、その妖精は今現在では友好的な存在の様に思われた。私はその言葉に従い再び休もうとベッドへと足を進める。


「あっ、誰か来たみたい… 隠れなきゃっ」


 妖精はそう言うと、窓に向かって飛び、そのままぶつかるかと思ったが、窓ガラスを通り抜けて、そのまま外へと消えていく。


 それと同時に、部屋の扉がカチャリと開く音が聞こえる。振り返り扉を見てみると、ふくよかな中年のメイド姿の女性が入ってくるのが見える。そして、部屋の中央にたたずむ私の姿を見止めると、くわっと目を開く。


「レ、レイチェルお嬢様!!」



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