2・3日目

 「す、好きな人..?」

 ド直球な質問に顔を赤らめ背けるも直ぐに追いかけられて再度聞き直される。


「いる? 好きな人?」

準備を始めてまだ数分だ、これから何度顔を合わせる事になるか。ここで言うのは簡単だがもし断れたら、残りの作業期間は果てしなく気まずい時間を味わう事になる。


 「好きな人は……いる、けど..」


 「え、いるの。

それってどんな人、かな..?」

見つめる視線が強く熱い、何故そこまで知りたがるのか。もしかしてと頭に余計な事がよぎったときには、既にそれを口走っていた。


「俺の事、好きなの..?」


「え…」

じっと見つめた視線をずらして頬を赤らめる。

気まずさはぐっと増し、後の雰囲気をかなり難しいものに変えた。これからの数日、どのような顔をして振る舞えばいいのだろう。


「これ、やっちゃおう..」

口が閉じれば自然と手が動く。繊細に気まずさをお互いに誤魔化しながら作業に励み、その日は日暮れ近くまで顔を背けながら余り会話を弾ませる事なく準備を進めた。


「明日になれば忘れてくれるだろ」

その日どこで帰ったか、余り覚えていない。別れの挨拶を交わしたのかも、どこまで看板を仕上げたのかも家に帰ったら直ぐに忘れた



       〜2日目〜


 「準備するぞー!」


「皆わかってんだよ、言われなくても。」

 掛け声の前に既に持ち場に移動している生徒たちを目で追いながら満足げな表情を浮かべている、形だけでも仕切れているのが心地良いのだろう。ここまで来ると一種のフェチシズムともいえる気がする。


「‥さて、俺もやるか」

文化祭に乗り切な訳ではないが、容易にサボる事の出来ない理由がある。


「……」

勝手に休めば、ペアの片方が一人で作業を担う事になる。接点や興味の無いクラスメイトならそれも気にならないのだが..。


「今日も頑張ろう、素村くん!」


「…はいっ!」

彼は今、目の前の笑顔の為に生きている。


「昨日土台が出来たから、看板組み立てて色塗らないとね。それで入り口のは完成かな?」

作る看板は全部で六つ。

お化け屋敷の入り口を示す看板と出口の看板、そして屋敷内でお化けが出現する箇所を示す起点の看板を四つ。屋敷内の看板はそれぞれみんな「〇〇の間」と示して表現する。


「昨日の事は忘れてくれてるみたいだな..」


「入り口と出口は今日で出来そうだね〜。

...あとは中の看板が大変だね。」

準備は今日と明日のみで明後日からは公開日となる。校内公開からの一般公開、二度に分ける意味を聞いたところで全生徒が首を傾げる事だろう。クリスマス・イブのように、不思議と一日目の公開は前夜祭のような盛り上がりを見せる事は無く、無意味な前の日となることが多い。狙って失敗したのだろうか?



「素村くん、さ...」 「ん?」


「当日はどうするのかな。」「え…」

空いた隙間に突き刺さる一撃を与えるのが上手い、昨日も見事に直撃を食らった。


「逃げ場ないんだな..。

予定は無いけど、そんな気になる?」


「いや、気になるっていうかその..もし予定が無いのなら...一緒に回りたいなって....。」


「お願いします」「え、いいの⁉︎」

断る理由が無い、それどころか願ってもない展開である。出来ることなら小踊りをかまして喜びに溺れ狂いたい。


「取り敢えず、今は作業に集中しよう」

冷静になる為に手を動かす、人の体は都合よく便利に作られている。口を閉じれば他を動かす余裕が生まれる、同時に他の箇所を動かすことも出来てしまう。


「..そうだね。」

腕と同時に動かした目で彼女を顔を見ると、物凄く嬉しそうに笑っていた。良太は確信した、今目の前にいる憧れの人は、小踊りをかまして喜びに溺れている。


「俺と約束してか、嘘だろ」

そんな人がいたんだと衝撃を受けている。

良太の脳裏から〝サボる〟という選択肢が完全に消滅した、文化祭の何と楽しいことか。


「明後日までに全部終わるかな?」


「終わらせましょう、二人で一緒に!」


「……ふふ、頼りにしてますね。」

人は少しのきっかけで大きく変わる事があると聞くが、どうやら嘘ではないらしい。



「おい、また箱崎いねぇよ」


「またかよ?

ったくしょうがねぇなアイツはよ。」

最早邪険に扱われ姿が見えずとも日常の一部だとして気に留める生徒はいないに等しい。


「……本当に仕方ないな。」

心配している人物がいるとすれば、クラスの代表かリーダーシップを取りたがる正義感の強い人間だけだ。


「オレが手伝うよ!」

抜けた穴は埋めればいいが、蓄積されて開いた大きな〝溝〟はなかなか埋まらない。


「逃げてばかりでもいけねぇのかもな..」

各々が様々な思いを抱え作業に励みお化け屋敷を作り上げる。


「問題起きなきゃ間に合いそうだな。」



        〜3日目〜


 「おはよう。」「あ、おはよう!」

 多目的室に入ると既に有里紗が作業を初めていた。普段の教室は二階だが、三階にある作業場に登校する事に慣れてしまっていた。


「あ、ごめん。もう始めてた⁉︎」


「ちょっと早く着いちゃって、ホームルームとかも無いから一時間目とかの間隔むずかしくって。先に始めちゃったんだ」


「…直ぐにやろう、俺も始めないと。」

かなり手際良く作業を行なっており、屋敷の中に置く看板の半数を既に終わらせていた。


「これ全部一人で作ったの?

ごめんね手伝えなくて、あと休んでていいよ」

残すは小さな看板二つ。

板を組み立て文字を書くだけではあるが、元々サボるを前提としていた良太にとってはまぁまぁの億劫な工程である。


「えーっと針地獄の間..と。」


「……明日、楽しみだね!」「え...うん。」

心の準備を忘れていた、校内といえど、本番は明日から始まる。深く考えないようにと思い過ぎてしまっていた。


「お化け屋敷は最後にしようね、全部回ってから....最後に二人で。」


「二人で..‼︎」


「二日目は二人で何処か行こうか?」


「え!?」

さらりと放った言葉の意味がわからなかった。


「校内公開に日に文化祭を楽しんでさ、2日目はその...本当はダメだけど....。」


「‥ダメだけど?」


「おサボりしてお出掛け。」


「お、お出掛けですかっ....‼︎」

思春期の男子には、大いなる想像が出来過ぎてしまう。そんな筈はないとわかってはいるが、もしかすればという無限の可能性を強く激しく信じてしまう。


「イヤ、かな..?」


「‥行かせていただきます。」「やった!」

断る理由が無い

それどころか、絶対に行きたい。


「私たちもう作業終わるね。

これからどうしようか...少し、お話しする?」


「…はいっ!」

後は二人の自由な時間。だれも来ない多目的室で、楽しい癒しの時間が流れる。話の内容の殆どは、より楽しい明日の予定合わせ。



「箱崎!」


「..あぁ、なんだよ?」

そんな二人をよそに別の場所では、穏やかではない感情が蠢いていた。


「お前も一緒に作業してくれよ。

お前も同じ2-Bのクラスメイトだろ?」


「はぁ? 何言ってんだお前!

聞いたかよ、ダッセェ奴だなオイっ!!」


廊下の窓の縁に座り、人相の悪い連中と共に文人を指差しあざ笑う。やはり無駄だった、忌み嫌われている同級生はみたままの通り嫌な奴で間違っていなかったようだ。


「リーダー気取ってウゼェんだよ、テメェ。」


「……!」


「おい、お前たち何してんだ?」

通りかかった教師が声を掛かる。問題は起きていないが、確かに状況は余り良くない。


「サボってないで準備しろ。

作業終わったのか?」


「…ちっ、めんどくせぇな!

お前のせいだぞクソが、折角ラクな場所見つけたってのによ。じゃあなお前ら!」

同類に別れを告げ渋々重たい腰を上げる、横暴な態度は文人の正しさすらも否定し罵る。


「お前も作業に戻れ」「…はい。」

肩を落としため息を吐く、会心させるなどと贅沢な事は望まなくとも真の人間性を信じたかった。しかし思っていたより、本物の性質は周囲のイメージに素直だった。


「あ、いた!」

項垂れる文人の元へ一人の少女が駆け寄る。


「フミト、あんた本当にやったの?

人良すぎでしょ! 結果は、聞かずともね。」

態度を見ればよくわかる

失敗というよりは、現実を突きつけられた。


「だからやめろっていったのに。

言ってもやめないのがアンタなんだけど」


「菊音、お前はいつでも元気だな。

...うらやましいよ、ホントにさ」


「何言ってんのよ。アンタだっていつも元気でしょ、今だけよそんな感じなの。」

同じクラスの宮脇 菊音

2-Bの副クラス長で文人の幼馴染。文人と仲の良い事もあり友達の少ない良太の事を心配している、同時に有里紗の友達でもある。


「あんなの気にしなくてもいいのよ、正義感だけで突っ走るといつか大怪我するわよ?」


「だってよ!

アイツだって...クラスメイトなんだよ。」

放っておけはしない、仲良くとはいかなくとも邪魔者扱いされているのは心苦しい。相手の性質か悪くとも、本気でそう思っている。


「……バカね、ほんとに。

作業に戻りましょ、日が暮れちゃうわよ?」

肩を落とす文人の腕を引き、教室へ向かう。

どちらも厄介な性質ならいつか引き合う事があるかもしれない、人は簡単な要因で大きな変化を遂げる事がある。



後半戦は様々であった。

早く終え暇を持て余すもの、長引き焦り汗をかくもの。偏りはあれど作業は仕上げを迎えやがて全体が完成に辿り着いた。


「…出来た!」


「遂に完成ね、みんなありがとう!」

歓声に沸く廊下。2-Bの教室はお化け屋敷と姿を変え、客を待ち受ける盛大なアトラクション施設と化した。


「衣装は?」


「美術室に置いてある。合わせもしたし、直ぐに着れるようになってるよ」


「そうか、なら心配ないな。

みんな本当に遅くまでありがとう!」

クラス長の御礼と共に最後の準備期間を終えた、後は本番に備えるのみだ。


「明日、楽しみだな..!」

初めて持つ感覚だ。参加した事が無かったからか、特別な出来事への期待感からか。


順調だと思われた文化祭

しかし当日を前に、悲劇は訪れた...。

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