第6話 現実

大好きだった

サッカーが

中学生の時までは何も考えず

好きなサッカーに熱中出来た

あの頃は母もちょっとリッチな男と付き合っていて

結婚の話も出てて

精神的にも安定していた

いつもニコニコしていたし

俺も安心して自分のやりたい事に集中できた

高校生になって

数ヶ月経った頃

母は、男と別れた

あれからは、母のメンタルはボロボロ

部活を辞めて

バイト付けの日々

未来なんて見えない

先の事はわからない

今を生きるのが精一杯で


笹館一羽には知られたくないと思った

こんな自分を

だから、アイツからサッカーというワードが出た瞬間

俺は逃げた

これ以上踏み込んでほしくないと思った


バイトを終えて家に帰ると

いつも通りの暗い部屋

散らかったテーブル

だけどその日は、母の姿があって

様子がおかしかった

倒れていたんだ

「母さん?」

意識は朦朧としていた

一瞬焦ったけど

冷静になって

119番に連絡する

救急搬送だ


急性アルコール中毒

数日間の入院となった

これからどうしようか?

入院費用はいくらかかる?

考えさせられた

人生、このままで良いのか?

学校辞めて、働くべきか?

これから先、どう生きて行くべきなのかと

時に、他者を羨む自分もいた

当然の様に両親に恵まれ、当然の様に愛情をもらい、好きなモノを買ってもらえて、好きなモノを食べられて、当たり前の様に生活している

そんな連中が周りにはたくさんいて

羨ましいと思う自分がいる

妬みたくは無い

でも、もっと普通の家に生まれていたら

俺は、今でもサッカーを続けて

何の悩みも無く学校生活を送って

何も考えず卒業して

そんな人生を送っていたのかな?

なんて、考える

"隣の芝生は青く見える"

じゃないけど

自分がたまらなく不幸で

ちっぽけに思えて


辛かった


こんな俺の現実を

なぜか笹館一羽にだけは、知られたくないと思ってしまった

せめて

憧れの王子?のままで消えてしまいたい


そんな事を考えて

あっという間に

3日間が過ぎた

母は、無事に退院した

意外にも、母は保険に加入していて

入院費用は何とかなりそうだ

「ごめん…来、反省した…」

俯きながら歩いていた母は

そう言って、前を向いた

「…うん」

俺は、ただうなづいた

どうか、自分の為にも

生活を見直してほしいと願う

もう、若くないんだから、仕事も見直した方が良い

母は、家に帰ると「少し休む」と横になった

俺は外の空気を吸いに

散歩に出た

いつもの通学路

下校時刻

すれ違う同じ学校の生徒もいた

物思いにふけりながら川沿いを歩いた

川に石を投げる

昔、やったっけ

石が川面をバウンドして向こう岸まで

たどり着くのを眺める

ため息を一回ついて

そろそろ帰ろうかと思ったその時

「らいくぅーーーーん!!!」

俺を呼ぶ声がして

振り返ろうとした瞬間

勢いよく体当たりされ

バシャーン

川にダイブ

ずぶ濡れの俺と

目の前には、ずぶ濡れの

笹館一羽

「全く、何なんだよ!おまえは!」

「ごめんなさぁい」

「あそこから、来くんの後ろ姿が見えて」

「走って声かけようとしたら、止まらなくて」

笹館一羽が土手の上を指差す

「………」

目の前で、ずぶ濡れの子犬みたいになっている笹館と、土手を交互に見ながら

悩んでるのがアホらしくなって

吹き出してしまった

「なんで笑ってるの???来くん???」

涙目の笹館をもう一回見て

大笑いする

つられて、笹館も笑い出す


立ち上がり、笹館の手を引っ張る

「帰るぞ」

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