第39話 対三ツ目の巨人
「あの巨人は足が遅いようだから適度に距離を保ったまま逃げながら作戦を考えましょう」
一条さんのその声にアグニと冬司は頷いて小走りで走り出した。走りながら一条さんが色々と話し始めた。
「私は人間程度の大きさの相手なら得意だけどあそこまで大きいと戦ったことが無いから分からない。あなた達はどう?」
「僕は槍術を小さい頃から習ってたんですけど、巨人は相手にしたことないしそもそも本物の槍なんて使ったことないし…………」
「あんたは…………この前の正拳突き打てる?」
「打てるけど、あいつに効くか分からない、です」
「いやあの威力が効かない方がおかしいわよ。そうね! じゃあ一旦アレに打ってみて」
上から目線な物言いなのは生まれつきなのだろうか? それとも育てられ方が原因なのだろうか? 少なくともこいつあんまり友達いなさそうだな、アグニはそんな風に思いながら巨人のほうを振り返って雷鎚を撃つ準備をした。
あと30メートル、25、20、15、10、いまだ!
アグニは地面を強く蹴り出して巨人に向かって飛び出す。巨人の手前でジャンプして辺りに雷のような音を響かせながら巨人の腹部に全力の雷鎚を叩き込んだ。
アグニの右手には重い質量が伝わってきて、轟音と共に地面が割れた。巨人を中心に亀裂が広がり、割れた破片が空に舞った。
しかしここで安心してはいけない。父さんにも六角さんにも大して効いていなかった訳だからこいつにもそこまでのダメージは無いかもしれない。
アグニはそう思って連続の縮地でそこから離れた。
15メートルほど離れたところでアグニが振り返ると巨人はそのままよろけて、仰向けに倒れてしまった。顔を見れば泡を吹いている。
「…………ん?」
「…………え?」
冬司は不思議そうな顔をしてアグニの方を見ていて、一条さんは驚いたような悔しいようなよく分からない表情で巨人を睨みつけていた。
アグニが歩いて2人のもとに戻ると冬司が興奮した様子で話し出した。
「凄い! 凄いよアグニ!」
「あ、ありがとう」
「今何したの?」
興奮した様子の冬司とは比べものにならないほど冷静な様子で一条がアグニに問いかけた。
「何って、この前六角さんにやったのと同じ攻撃しただけだけど…………」
「全然違うじゃない! 地面が割れるなんてどう考えてもおかしいでしょ! それにその後の動きもよ! どうやったらあんな速さで動けるのよ!」
「あれは縮地って言って――」
「そんなこと聞いてない! もういい!」
一条さんはそう言うと少し離れたところで座ってしまった。
「俺なんかした?」
アグニは小声で冬司に尋ねたが、冬司もよく分からないといった風に肩をすくめるだけだった。
しかし巨人を倒したはずなのに六角さんは中々出てこない。何をしているんだろうか?
アグニは地面に落ちている破片を蹴りながらそんなことを考えていると、ふと一つ気になったことがあったのを思い出した。一条さんに訊いてみようかなとアグニが顔を上げると、いつの間にか一条さんはいなくなっていた。
「あれ冬司、一条さんは?」
「え? いない……いないね」
するとどこかの通路から叫び声が聞えてきた。
ダンジョンのなかでひとりぼっちになる恐怖を誰よりも身に沁みて知っていたアグニは、すぐに走り出した。
「ちょ、ちょっとどこ行くの!」
冬司もそう叫びながらアグニの後をついて行く。
そのまま少し走ると、一条が腰から下げていたのとよく似た1対の短剣が落ちていた。
「冬司、これって一条さんのやつだよな…………」
「多分、そうだね」
もしそうだとすれば一条さんは武器もない状態でダンジョンの中を彷徨っているということだ。彷徨っているだけならまだいい、魔物に追われていたりするのだとすればどうなってもおかしくない。
「急ごう!」
アグニはそう言うと再び走り出した。
*****
「あれ、あいつらどこ行ったんだよ。まったく…………」
怒って雄叫びを上げる巨人を後ろにゾロゾロと引き連れながら現れた六角は目の前に倒れた三ツ目の巨人を見て、そしてその周りを見回してそう呟いた。
「巨人1体じゃ物足りないと思ってせっかく探して連れてきたのに…………」
感覚のイカれた
これでも一応は教官だ、生徒を死なせるわけにはいかない。というか死んでもらっては困る。
日々の訓練で鍛えた感覚、能力をすべて動員して3人の気配を探る。
少し走ると魔物のモノでは無い人間らしき気配を感じた。気配の方に向かってしばらく走って行くと、アグニと冬司が前を走っていた。
「おい! 熾! 笹木!」
六角の声に気がついたのか笹木が後ろを振り返り、そしてアグニを呼び止めた。
「一条はどうした」
二人に追いついた六角がそう尋ねると、笹木が応えた。
「巨人を倒して、……え~っと、気がついたらいなくなってたので今探してました」
「それでさっきこれを見つけたんです」
そう言って渡されたのは一条に渡したはずの双剣だった。
「…………ついてこい」
六角はそれだけ言って二人のついてこられるであろう限界の速さで走り出した。
幸いにもレベル2のダンジョンというのはそこまで広くは無い。走っているとすぐに何かの気配を感じた。
気配は通路の奥の空間から出ているようだ。
近づくにつれて段々と鮮明に気配を感じ取れるようになってきた。
「結構いるな…………」
後ろを走る二人には聞えなかったが、六角はそう呟いていた。感じ取れる気配だけでも10数の気配があったのだ。
そして三人が長く伸びていた通路の奥、開けた空間にたどり着くと、そこには円形に並んだ柱に縛られた何体もの巨人がいて、円の中心辺りの床には一条さんが倒れていた。
一条さんの防御スーツはビリビリに破かれ、肌がそこら中からのぞいていた。
スーツの太ももの辺りには特に長い裂け目が出来ており、何やら模様のような物が赤いインクで描かれている。他にも上腕から手にかけて、腹の辺り、そして胸の辺りにも同じような模様が描かれていた。
「一条さん!」
六角はそう叫んで近づこうとするアグニを引き留めた。
「何するんですか」
「よく見ろ、あそこに誰かいるだろう」
そう言って六角が指さした先には、人のような何かが立っていた。
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