第38話 実地研修

「はーいそれじゃあ今からダンジョンに入ります! レベル2とはいえ普通に死ぬ人もいるので気を付けていきましょう」


 ピタッとした黒い服を着た7人のインターン生の前に立った風早さんがそう言うと、それに続けて六角さんも話し出した。


「まあ今回は本物を知るために少し入ってみるだけだ。それに君らが着ているそのスーツは我々の着ている物と同じで遺跡由来の技術が使われた最先端の鎧だ、レベル2で死ぬ心配はほとんど無い。ダンジョンがどういうところなのか、しっかりと見て学んで欲しい」


「そっちの4人は私と、そっちの3人は六角さんと入ります。まあ指示に従っていれば特に問題ないですからね、楽しんでいきましょう!」


「それじゃあまずは俺たちが入る。中に入ったら最大限に慎重に行動しろ、一人の失敗で全員が死ぬ可能性があることを理解して行動するんだ。それじゃあ行くぞ」


「いってらっしゃーい!」


 風早さんのその声に見送られ、六角に続いてアグニ、一条、そして笹木が中に入っていく。中は薄暗く、隙間から差してくる光があるせいで暗いところが余計に見えづらくなっていた。

 しばらく進むと六角さんが止まった。3人がどうしたのかと思っていると振り返ってこう言った。


「じゃあここからはお前達が先を歩け。今まで学んだことを活かして一番深いところを目指して進むんだ」


「六角さんはどうするんですか?」


「おれは近くで見てる」


「……分かりました」


 一条さんはそう言うとさっさと進み始めてしまった。アグニと笹木がその後を追って歩き始める。

 そしてその後ろでは六角が渋い顔をしてその様子を眺めている。六角の口からはため息のような物が漏れ出た。



――30分後


「アグニって呼んでもいい?」


 一条さんについて歩いていると突然笹木が話しかけてきた。


「え? ああ、全然いいよ。笹木、は名前なんていうの?」


冬司とうじだよ、笹木冬司」


「冬生まれなの?」


「いや8月だよ。僕って肌の色も髪の色も薄いから冬っぽいってよく言われるんだよね」


「確かにめちゃめちゃ冬っぽいね」


 白い肌に日本人にしては色素の薄い髪は、冬司という名前も相まってなんとなく冬っぽい印象を与える物だった。


「アグニって名前はどういう漢字なの?」


「火曜日の火に、天気の天でアグニ」


「へ~、珍しいよね?」


「まあそうだね。同じ名前を聞いたことは無いかな」


「アグニは逆に夏っぽいね」


「うちの家族みんなそうなんだよ」


「なんかそういう決まりがあるのかな?」


「知らんけどね」


「一条さんは名前なんて言うんだっけ?」


 冬司がそう聞くと一条さんは一瞬だけ立ち止まって少し間をおいた後、ボソッと


「遥奈」


「春っぽいね」


「その春じゃない」


 一条さんはそれだけ言うとまた歩き出した。

 シャイなんだろうかとアグニは思ったが、口に出さない方がいいような気がしたので言うのはやめておいた。


 その後は5分ほど黙々と歩くだけの時間が続いた。アグニはなんとなく嫌な感じがする気がしたが、その正体がわからなかったのでとりあえず黙って歩いていた。

 するとアグニと冬司の先を歩いていた一条さんが角を曲がった次の瞬間、


「逃げて!」


 と言いながら凄い速さで戻ってきた。何事かと一条さんの戻ってきた角を見ていると、二人の目線の少し上に大きな手がヌッと現れ、それに続いて大きな顔が現れた。

 お世辞にも綺麗とは言えないその顔には目が三つついていて、口からは長い牙がはみ出ている。

 腕も足も筋肉が盛り上がっていて、丸太のように太い腕は二人の体など軽く吹き飛ばせそうだった。

 嫌な感じの正体はこれだったのだ。ダンジョンに入って一度も魔物に遭遇しないはずが無い。


「アグニ、これちょっとヤバいんじゃ」


 冬司がそう言うと三ツ目の巨人は身も凍るような恐ろしい声で吠えた。そしてそのままズシンズシンと近づいてくる。


「ちょっとじゃないかも…………逃げろ!」


 アグニのその声で二人は走り出した。一条さんは既に50メートル以上向こうにいた。しかしその隣には六角さんが立っている。立っているだけで人を安心させられるレベル7というのは本当に凄いなと、改めて思った瞬間だった。


 幸いにも巨人は走るのが遅い、というか走れないようで、アグニ達が六角の元についたときにはまだ40メートルほど向こうをこちらに向かって歩いてきていた。

 二人が六角のもとにつくと六角はニッコリと笑って言った。


「ここでお前達に嬉しい報告がある。あいつの手首と足首についてる輪っか、アレは大体10万円で売れる。それからアレの目玉は一つ30万円で売れる。まあほかも合計すると大体あいつ1体で300万弱だ」


「「「…………へぇ」」」


「そしてココに君たちの選んだ武器がある」


 そう言って六角さんは背中から武器を下ろして地面に置いた。アグニは太刀を選んだから一条さんか冬司が槍で、もう片方が短めの剣二本を選んだということだ。


「あいつの弱点は人間と同じだ」


「「「…………ほぉ?」」」


「高さがあるから最初は下半身を潰すといいんじゃないか?」


「「「…………なるほど?」」」


「武器の使い方は君たちに前回の訓練の後で送ったはずだから特に質問はないよな?」


「「「…………」」」


 実際のところ今から何をやらされるのかというのは全員理解していたし、そもそもダンジョンに入ると聞いた時点である程度はこうなることは予想していた。

 しかし最初の相手が身長4メートルで三ツ目の巨人だなんて予想できるはずがない。もっと小さめの奴から練習すると思うのは当然だろう。

 そんなわけでこれから戦う事は三人とも理解できていたのだが、それを心が受け付けなかったのだ。

 しかしそんな話をしている間にも巨人はズシンズシン近づいてくる。


「じゃあ頑張れよ。もしもほんとに誰かが死にそうになったら助けるけどそうじゃない限りは何もしないからな。まあ、……気をつけろよ」


 六角さんはそう言うと「ブオンッ!」という音と共に消えてしまった。


「…………何を気をつければいいんじゃぁぁああ!!」


 アグニの叫びはダンジョンの中に木霊したが、それに応えるのは巨人の声だけだった。


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