第5話 地下空間

 突然現れたらせん階段は呼吸するかのようにぼんやりとした光を放ち、アグニを誘っているかのようだった。アグニはらせん階段に近づいていき、そしてそのまま下っていった。

 階段は一段一段が大きめに出来ており、下るにつれて段々と空気がヒンヤリしていくように感じられた。一番下まで下りきると、らせん階段は現れたときと同じように「ガゴォン」という音と共に無くなってしまった。

 天井から放たれるぼんやりとした光以外に辺りを照らすモノは無く、辺りは少し薄暗かった。しかし前にしか道はないので、アグニはソロソロとその道を進んでいく。

 何度か道を曲がって少し進むとそこには学校の教室のような空間が広がっており、何やら半円形の石盤のようなモノがずらりと並んでいた並んでいた。石盤は腰の辺りの高さに並んでおり、細かい文字で色々と書いてあったがアグニの理解できる言葉で書いてあるモノは一つも無かった。長い間誰も来なかったのか、いくつかの石盤には埃が積もっていた。

 アグニがそのうちの一つに近づいて石盤に積もった埃を払うと、石盤の尖った場所にかさぶたになっていた掌の傷が引っかかり血が出てきてしまった。

 石盤に血が何滴かたれてしまったが、当のアグニは傷の痛みによって3ヶ月前おいて行かれた時の事がフラッシュバックしてしまいそれどころでは無かった。

 しかしダンジョンでの生活の中でひたすら落ち着く修行を繰り返していたアグニは、目を瞑って深呼吸をするとすぐに落ち着きを取り戻したのだが、目を開けて目の前の光景を見ると再び混乱してしまった。


 先刻まで何も無かった目の前の空間には半透明のディスプレイのようなモノが表示され、もの凄い速さで大量の文字列が飛び交っていた。まるでそれはコンピュータが再起動しているかのような挙動だった。

 しかしそのディスプレイはすぐにその挙動を止め、次の瞬間ゲームのステータス画面のようなモノを表示した。


――――――――――――――――――――

【名前】熾 火天:19才

【偏差】筋力:-5.0 筋持久力:-6.3

    柔軟性:-12.5 敏捷性:-7.4

    全身持久力:-8.4 瞬発力:-1.2

    巧緻性:-1.0

【評価】筋力:D- 筋持久力:不

    柔軟性:不 敏捷性:不

    全身持久力:不 瞬発力:D-

    巧緻性:D-  総合:E

【推奨】筋力を強化

    瞬発力を強化

    巧緻性を強化

【能力】平均以下、特筆すべき点なし

――――――――――――――――――――

※偏差とはある値が平均とどれだけ離れているかを表す数値



「なんだこれ? 総合評価E? Eだとぉお!! 平均くらいはあるわ! 不ってなんだ! しかも特筆すべき点が無しってなんだよ! 何でもいいから特筆しろよ!」


 このダンジョンに入って初めて、いや人生で初めてアグニが心の底から叫んだ瞬間だった。3ヶ月にもわたるダンジョンでの生活によるフラストレーションがそうさせたのか、将又はたまた何かしらの違う要因が働いたのかは定かでは無いが、アグニはそのツッコミの流れで石盤に人生初の台パンをかましていた。

 アグニの台パンが石盤にクリーンヒットすると、ディスプレイの表示は切り替わった。何やらどうすれば筋力、瞬発力、巧緻性が鍛えられるのか、その結果どういうことが出来るようになるのかということが書いてあった。


「なんだこれ? ……マジで意味わからないな」


 これがもしゲームの中の世界だったら、なんの疑いを持つこともなく表示されたトレーニングをやっていただろう。しかしこれは現実だし、今アグニがいるのはダンジョンの中だ。無駄に出来る体力なんてない。


 アグニがその石盤を離れようと一歩下がると、口がしっかりと閉まっていなかったのだろうか?手に持っていた巾着袋からアンブロシアがひとつこぼれ落ちた。


「もったいないもったいない!」


 3ヶ月もの間、食料をギリギリに節約して生活してきたアグニは、咄嗟にそう言ってアンブロシアを拾い上げた。そして軽く息を吹きかけると、


「うん、3秒ルールだ」


 と言ってソレを口の中に放り込んだ。アグニが先ほど同様の幸せな気持ちに包まれていると、何やら右手がじんわりと温かくなってきたのを感じた。

 アグニが右手を見てみると、かさぶたが剥がれて血が出ていたはずの右手からは暖かい色の光が溢れ、みるみるうちに傷が塞がっていくところだった。


「な、なんだこりゃ!!! アンブロシアの効果か! え! ヤバいじゃん! ……しかもこれ無限に出てくるらしいし。ってことは体力無駄にしたってこれ喰えば別に関係ない、ってことで、俺には時間が腐るほどあるわけで、もっと言えばまあ運動嫌いじゃないし……」


 長い間誰とも係わらずに過ごしていると独り言が増えてしまうと言われているが、

アグニもその例に漏れず独り言が増え始めていた。


――10分後


「よし! トレーニングするか!」


 一人で色々考えた結果、どうせすることも無くて体力も余っているのだから、暇を潰すため指示に従ってみてもいいのでは無いかという考えに至った。

 決まってしまえばあとは早い、アグニは石盤のあった部屋の隣に運動できそうな明るくて広い空間を見つけたので、そこでディスプレイに表示されていたメニューをやってみることにした。


 最初は運動して体が疲れたり痛くなったりするとすぐにアンブロシアを食べるようにしていたのだが、続ける内に段々と巾着から取り出しに行くのが面倒になったアグニは最初から口にアンブロシアを含んで運動するようにした。

 しかしこの方法には唯一、どうしても心配な点が存在した。


 もし運動中にアンブロシアをかまずに飲み込んでしまって喉に詰まった場合、いくらソレがアンブロシアといえども呼吸困難で死んでしまうのでは無いかという心配だ。もしも神々の霊薬とも言えるアンブロシアを喉に詰まらせて死んだとすれば、もう恥ずかしいどころの騒ぎでは済まない。


 それがひたすら気になったアグニは、しかし実践してみるわけにもいかないので結局は口に含むサイズをかなり小さくするという結論に落ち着いた。

 そんな風に運動を続けることしばらく、久方ぶりに石盤でステータスらしきモノを見てみるためにアグニは運動場の隣の部屋へと歩いて行った。


 石盤の部屋には特に変わった様子も無く、アグニはこの前ステータスのようなモノが表示された石盤のところへとむかった。

 よく見ると石盤からは短い針のようなモノが生えていて、前回はこれにひっかかって掌が切れてしまったのだろう。

 アグニが石盤に触れると前回のようにディスプレイが表示されたが、今回は大量の文字が画面上を走ることはなかった。


「あれ? ……出てこないな?」


 アグニが石盤を押しても引いてもこの前表示されたような画面は出てこなかった。代わりにどういうわけか針に掌を押し当てているイメージ画像のようなモノが表示されている。


「……刺さないと駄目なんか」


 アグニはそう呟くとアンブロシアを口に含み、石盤の針に掌を押し当てた。針が皮膚を突き破る嫌な感覚があった。アグニはすぐに手を石盤から離し、アンブロシアを飲み込んだ。すると手の傷はすぐに塞がり、痛みもさっぱりと消え去った。

 顔を上げると目の前のディスプレイには以前見たような画面が表示されていた。


――――――――――――――――――――

【名前】熾 火天:19才

【偏差】筋力:5.1 筋持久力:2.6

    柔軟性:4.2 敏捷性:2.7

    全身持久力:4.4 瞬発力:6.2

    巧緻性:6.8

【評価】筋力:D+ 筋持久力:D

    柔軟性:D 敏捷性:D

    全身持久力:D 瞬発力:D+

    巧緻性:D+  総合:D+

【推奨】筋力を強化

    瞬発力を強化

    巧緻性を強化

【能力】特筆すべき点なし

――――――――――――――――――――


「おおぉ!! 上がってる! 大分上がってんじゃね? うわー! 筋力5! 瞬発力6.2! 巧緻性6.8! 総合評価もD+じゃねえか! マジかよ! ハッハァ!!」


 数字の上がり方は僅かなモノだったが、自分の努力が数字になって現れた経験がほとんど無いアグニには、これ以上のご褒美は無かった。







――――――――――――――――――――

※偏差とその評価に関しては何かしらのデータに基づいたモノではございません。

ですので違和感を感じる方もいらっしゃるかと思いますが、世界観を表現するために使っているだけですのでご容赦ください。

今後とも【難易度『熾天使(セラフィム)』の最凶ダンジョン ~初めてダンジョンに入ったら入り口を閉じられてしまいました。死にたくないので死ぬ気で修行したら常識外れの縮地とすべてを砕く正拳突きを覚えました~】を応援していただけると幸いです。

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