第2話 白い怪物

 待ち合わせていた場所に着くと、すでに火天アグニを誘ったクラスメイト達は集まっていた。


「久しぶり」


「おお! おき! 久しぶり~、全然変わってねえな!」


「ま、まだ高校卒業して1年しか経ってないからね」


「俺の事覚えてる?」


「佐田くん、だろ。君は今尾くん、君が大井くん」


「おお~! ってまあそりゃ名前くらい覚えてるよな」


「ま、まあね」


「あれは? 許可証は取れたの?」


「うん、とれた」


「当たり前だろ! これ取れないのってマジで壊滅的な運動能力の奴だけらしいぞ」


 今尾の問いに佐田がそう答える。


「じゃあもう行こうよ、あんまり遅く行くと混んじゃうから」


「そうだなさっさと行くか」


 集合場所から歩いて10分とかからない距離にあるダンジョンは、休日になると多くの人でごった返し、入り口には入場をまつ人達の列ができる。

 今日はまだ時間が早いからだろうか、列は出来ておらずスムーズに中に入ることが出来た。遺跡の入り口にある大きな門をくぐると、薄暗い遺跡がそこには広がっている。所々に協会が設置した電灯があるが、そこまで強い光では無いためほとんど役目を果たしていない。


「よっしゃ行くぞー!」


「「おう!」」


 佐田の声に今尾と大井が答え、俺には大きな鞄が渡された。


「俺らが遺物アーティファクト探したり鉱物掘ったりしてくるからさ、熾はその鞄に俺らのもってきたそういうの入れて運ぶ係やって、あと使ってないピッケルとかも運んでくれる?」


「あ、ああわかった」


「それと今日稼いだ分は普通に四等分するから安心してな」


「いいな~荷物持ち」


「荷物持ちのが楽まであるよな」


「それな」


 今尾と大井がそう言ったが、探索が長引けば長引くほど、キツいのは荷物持ちだ。しかし火天アグニがそんなことを言うわけも無く、その日の探索が始まった。


 高難度のダンジョンでは信じられないような大きさのバケモノや、銃弾すらも跳ね返す生物が出るらしいが、最下級のダンジョンではそんな物が出る心配は無い。もはやこのレベルのダンジョンの場合、ほとんどの生物が捕獲され何も出てこない。

 この日も特に問題無くダンジョンの探索が進んでいったが、半日経った頃には火天の体は限界だった。むしろなんのスポーツをやってきたわけでも無いただの19才が、半日もの間40キロ以上の荷物をもって動き回れたのは賞賛に値する。信じられない根性だ。しかし彼を誘った者達はそう思わなかったらしい。だんだん遅れはじめるアグニに、空腹も相まったのかあからさまにいらついた態度を取り始めた。


「おいおき!! おっせえよ!」


「早く来いよ! お前荷物もってただけじゃねえか!」


「俺らなんて手にまめが出来るくらい頑張ったんだぞ!」


「ぅ、ごめん、今行く。っ!」


 肩に食い込む荷物はすでに激痛などと形容できるレベルを超えていたが、それでもアグニは歯を食いしばって佐田達を追いかけた。


「早く来いってばクソ!」


 佐田が苛立ちを隠そうともせずそう言うと、側に落ちていた瓦礫をアグニに向かって投げつけた。咄嗟に手を前に出して防いだが、尖った瓦礫でアグニの手が切れ、ポタポタと血が垂れた。

 地面に落ちた血は、ダンジョンの石造りの床に吸い込まれていった。

 次の瞬間、ダンジョンの床がぐらりと揺れた。


「なんだ? 地震か?」


「ダンジョンの中も地震てくるんだな」


 そんな風に話す佐田達の声を打ち消すような咆哮がダンジョンの奥から聞えてきた。身の毛もよだつようなその咆哮を聞いた佐田達は、顔を見合わせると我先にと出口に向かって走り出した。


「ま、待って! 待ってよ!」


 アグニの叫びに佐田達は振り返りもしない。

 アグニは肩に食い込む荷物を担ぎ直すと、出口に向かって歩き出した。少しするとどういうわけかアグニの後ろからペタペタという湿った足音が聞えてきた。

 恐る恐る後ろを振り返ると、そこにはアグニの2倍はあろうかという大きさの白い犬のような怪物がいた。怪物は口からダラダラとよだれを垂らし、赤く光る目でこちらを睨んでいる。

 唇の隙間からのぞく鋭い歯は、明らかに肉食動物のものだ。

 ゆっくりと後ずさるアグニの方へと、その白い怪物も近づいていく。

 アグニは背負っていた荷物を投げ捨てると全力で出口に向かって走り出した。白い怪物はアグニが走り出したのを見ると「ウォォォォォオン!!」と一声叫んでからアグニの方へと走り出した。

 全力で逃げるアグニに軽々と追いついた白い怪物は、しかしどういうわけか少し離れた距離を保ったままアグニを襲うことは無かった。

 しかしそんなことはアグニには関係ないし、そもそもそんなことに気がつくような余裕は無かった。

 そしてアグニがダンジョンの出口を視界に捉えると、ちょうど佐田達が出口で協会の職員のような人と話しているところだった。


「たすけ、助けて! 佐田! 今尾! 大井!」


 アグニの声に気づいた佐田達はそちらをみてギョッとしたような表情をし、こちらを指さし何かを叫んでいた。

 その指の先を見た協会の人もギョッとしたような表情をすると、彼らは走ってダンジョンの外に出てしまった。そして次の瞬間、各ダンジョンの前に協会が設置した大きな扉、通称ゲートが音を立てて閉まり始めた。


「まって! ま、まだ閉めないで! 俺が! 俺も外に出る! ゴホッゴホッ! 頼む! 閉めないで!」


 アグニの悲痛な叫びが叶うことは無かった。ダンジョンの入り口はアグニの目の前で閉ざされてしまった。

 しかし人間はそう簡単に生きる事を諦められるようには出来ていない。


「いやだ! 死にたくない! まだ生きたい!」


 アグニはこの時初めて自らの意思で何かをしたいと、そう思った。扉の方に進んでも逃げられないと悟ったアグニは急カーブすると、ダンジョンの奥にある迷路のようなエリアに向かって走り出した。

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