難易度『熾天使(セラフィム)級』の最凶ダンジョン ~初めてダンジョンに入ったら入り口を閉じられてしまいました。死にたくないので死ぬ気で修行したら常識外れの縮地とすべてを砕く正拳突きを覚えました~

ウォーカー

第1章 『基礎訓練』編

第1話 探索許可証

 今から50年前、世界中に突如として遺跡が現れた。各国政府は緊急でこれを調査したが、全く地球由来のものがないということ以外、ほとんど何も分からなかった。

 日本政府は把握できる限りすべての遺跡を一時的に封鎖して、事故が起こらないよう厳重な警備を施した。しかし日本中に山のように現れたすべての遺跡を把握して封鎖するなど出来るはずもなく、何人もの命知らずがその蛮勇のために行方不明となってしまった。

 そしてしばらく時が経ち遺跡のほとぼりが少し冷めた頃、SNS上で一人の人物が「遺跡をクリアした」と、そして同時に「天使が信じられないような褒美をくれた」と呟いた。

 この情報は瞬く間に世界中を駆け巡り、人々は政府に遺跡の即時解放を求めた。


 そして現在、遺跡(ダンジョン)は9つの難易度に分類され、最下級の『無印ノーマーク』と呼ばれる遺跡ならば簡単な試験に合格して探索許可証を取得することで、18才以上なら誰でも探索できるようになっている。

 遺跡でとれる鉱物や遺物アーティファクトのような物は、仲介業者にそこそこの値段で買い取ってもらえるためある程度運動能力に自信がある人には人気の副業になっている。

 無印ノーマークに人を雇って鉱物を回収しに行くよりも、仲介業者から買い取った方が安く済むため企業は自社で探索隊を派遣したりすることはほとんどない。


 そんな探索に行くための許可証を取得するための試験にちょうど向かっているのがオキ 火天アグニという19才の青年だ。彼は高校時代の友人に誘われて今週末に『無印遺跡ノーマークダンジョン』の探索に行くことになったのだが、彼は探索許可証をもっていないため、今日の試験を受けに来たのだ。試験と言っても基本的な運動能力と判断力のテストが2時間ほどあるだけで、運動能力が一定以上あれば特に対策することなく合格するようなものだ。

 会場の体育館につくと、仮設の受付が体育館の入り口に2つ設けられており何人かの人がすでに並んでいた。

 前の人に続いて並ぶと、列はすぐに進んで5分もしない間に火天アグニの番がやってきた。


「次の方~、どうぞ~」


「はい」


「こちら『無印遺跡ノーマークダンジョン』の探索許可試験ですが問題無いですか?」


「だいじょぶです」


「では申し込み画面の提示をお願いします」


「……どうぞ」


「はい、問題無いですね。それではこちらが受験票になります」


「ありがとうございます」


「はい! 頑張ってください!」


 受付のお姉さんの応援になんと返せばいいのか戸惑っている内に、お姉さんが次の人を呼んでしまったから俺はそのまま体育館の中へと歩いて行った。

 体育館の中にはアスレチックのような物が設置されていて、一見すると公園のような雰囲気があった。

 しかしこれは一応試験だ、合格するように頑張らなければ。

 そう気を引き締めてから誘導に従って更衣室に進むと、中には体格のいい人達が何人もいた。自分のような細長い男はいなかった。しかし今回の試験で主に見られるのは基本的な走る、飛ぶ、登るなどの能力であり、そこまで力が必要なものではないと聞いている。恐らく大丈夫だろう。


 着替え終わった火天アグニは更衣室を出て左に曲がると、体育館の方へと進んでいった。体育館のなかでは何人かの人がウォーミングアップをしていた。ある人は走り、またある人は縄跳びをしていた。しかしそれとは対照的に舞台で寝転んでいるような人もいた。それに対して火天はというと、体育館の壁に寄りかかり周りを監察している風をよそおっていた。

 実際のところ、火天アグニの目には誰も映っていなかったが、兎に角壁にもたれかかり、伏し目がちに周囲の様子を観察している風の雰囲気を出しておけばなんとかなると、彼は長年の経験で学んでいたのだ。

 そして体育館に60人ほどの人数が集まったとき、試験官だと思われる人が集合をかけた。


「集合をお願いしまーす! 試験を開始いたしますので集合をお願いしまーす!」


 ゾロゾロと集まる人のなるべく後ろに行けるよう、火天は一際のろのろと進んでいた。受験者が試験官の周りに集合すると、試験官は話し出した。


「はい! それでは第282回最下級遺跡探索許可試験の説明を開始します。よろしくお願いします」


 何人かの受験者がぼそぼそと返事をしただけで他の人は各々軽く会釈したり頷くのみだった。そして試験の説明が始まり、2時間ほどをかけて試験が実施された。

 合格発表はその日の夜8時に協会の公式サイトで行われるということで、来たときとは対照的に火天アグニは一目散に更衣室へと戻り、誰よりも早く体育館を出た。帰りに受付を片付けていたお姉さんから


「お疲れ様でした!」


 と声をかけられたが、火天アグニに出来たのは


「あ、ふっ、おつかれぃsjなl」


 という意味不明な事を叫びながら足早に立ち去ることだった。


*****


 火天アグニが家に着くとちょうど母親がご飯を作っているところで、奥から母の「お帰り」という声が聞えてきた。しかし火天アグニは「う~ん」とだけ返して自分の部屋へと歩いていった。

 火天の家は23区にあるごく普通の家だった。父と母と姉と自分の4人家族、どこからどう見ても普通の家だ。

 そんな家の長男である火天アグニは将来やりたいことも、もはや今やりたいことも無いような無気力人間だった。どうしてそんな人間が遺跡の探索に行こうとしているのかと言えば、高校時代のクラスメイトに誘われたからという、ただそれだけの理由だった。

 大方荷物持ちが欲しいだけなのだろうが、別に家にいても何をするわけでも無いから別にいい。そんなわけで探索許可試験を受けに行ったところなのだが、火天アグニはガラにも無く緊張していた。今まで試験の結果で、これ程緊張したことがあっただろうかというほどに緊張していた。

 なぜこれ程緊張しているのかは全くの謎だったが、夜ご飯も何を食べたか記憶に残っていない。

 そして午後8時、公式サイトの探索許可試験の結果発表のページから最下級ノーマークを選択する。上から順に受験番号が表示されていく。1F8600403、あるか、あってくれ、頼む!





 あった……、あった!

 火天アグニの受験番号はしっかりとそこに表示されていた。これで晴れて遺跡の探索に行くことができる。こみ上げてくるこの嬉しさは久しく忘れていた物だった。


 そして週末、朝ご飯を食べ終えた火天アグニが運動着に着替えて家を出ようとすると、ちょうど姉が洗面所から出てきた。


「あれ、アグニが出かけるなんて珍しいじゃん。どこ行くの?」


「浅草のダンジョン……」


「ダンジョン!? 何しに行くの?」


「何って、探索だけど……」


「許可証取れたの?」


「当たり前だろ」


「お母さんに言った?」


「言ってないけど……」


「え~それ絶対駄目って言われるよ」


「別にいいじゃん」


「誰と行くの?」


「高校の時の……、友達」


「友達、ともだちね~、ふ~ん」


「なんだよ」


「いや別に私はいいけどね、パパめちゃめちゃ怒るかもよ」


「何が言いたいんだよ!」


「危ないから行かない方がいいんじゃ無い?」


「いいだろ行きたいんだから!」


「まあ別に行きたいならいいけどさ、無理矢理行かせられるんだったら行かない方がいいんじゃ無い?」


「む、無理矢理じゃない!! 俺が行きたいんだ!」


「あっそ、じゃあまあ頑張ってきなよ。あ、私は寿司でいいよ」


「ん?」


「儲かったらおごってね」


 姉はそう言ってニッと笑うと3階の自分の部屋に戻っていった。

絶対に奢らん、火天アグニは心の中でそう誓って待ち合わせ場所へと向かった。

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