愛の溺れかた

有理

愛の溺れかた


柳瀬 愛花(やなせ まなか)

槙野 譲 (まきの ゆずる)

原野 佐和子 (はらの さわこ)

佐藤 翔真 (さとう しょうま)


ーー

名前のみ

潮見 由実(しおみ ゆみ)…愛花、佐和子の高校時代の同級生。翔真の幼馴染。

原 紗栄子 (はら さえこ)…愛花、佐和子の高校時代の同級生。

前田 あや(まえだ あや)…翔真の元彼女。

白石 礼(しらいし あや)…愛花、佐和子の高校時代の同級生。






牧師「新婦、あなたは彼を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」


佐和子「誓います」


愛花N「私の好きな人は、神に誓った」


譲N「僕の好きな人は、神を呪った」



翔真(たいとるこーる)「愛の溺れかた」


………………………………………


佐和子「愛花、久しぶり。」

愛花「最後に会ったの1週間前だよ?」

佐和子「そう?」

愛花「うん。紗栄子ちゃんと明日飲むーって言ってた。」

佐和子「あ、本当だ。1週間前だ。最近バタついててさ、曜日感覚狂いまくりだよ。」

愛花「結婚式って、準備大変?」

佐和子「結構大変。」

愛花「そうなんだ。」

佐和子「あ、愛花の返信してくれたハガキめちゃくちゃ可愛かった!」

愛花「本当?よかった。さわちゃん好きそうだなって思ってさ。」

佐和子「彼氏にも自慢しちゃった!」

愛花「あはは」

佐和子「ね、愛花、ウェルカムボードに飾る花なんだけどね。」

愛花「うん。」

佐和子「なんかおすすめない?」

愛花「何色?」

佐和子「うーん、黄色とか赤とか元気な色がいい!」

愛花「へー。意外。」

佐和子「え?」

愛花「その赤い爪もだしさ。前はもっと柔らかい色のものばっかり持ってた気がして。」

佐和子「あー。やっぱ似合わない?」

愛花「ううん。意外なだけで似合ってるよ。」

佐和子「じゃあよかった。急遽カクテルドレスも赤に変えたんだ。」

愛花「…旦那さんの趣味?」

佐和子「ううん。本当はずっと原色が好きだったの。」

愛花「…そうなんだ。」

佐和子「でも似合わないんじゃないかなーって無難な色ばっかり選んできてさ。」

愛花「うん。」

佐和子「でも、この間さえちゃんと話して、私も自分で自分の意思で決めてみようって思ったの。」

愛花「…紗栄子ちゃんの影響か。」

佐和子「結婚式にも来てくれるって!介添はしてくれないみたいだけど。」

愛花「…私やろうか?」

佐和子「ううん、由実に頼んだ!」

愛花「そう。」

佐和子「もともと由実の紹介で出逢ったからさ。」

愛花「そっか。佐藤さんはどんな人?」

佐和子「優しいよ?ちょっと無愛想だけど」

翔真「悪かったな。無愛想で。」

佐和子「あ、おかえり。帰ってきたんだ?気づかなかった。」

愛花「お邪魔してます。柳瀬と言います。」

翔真「どうも。」

佐和子「ほらね。無愛想でしょ?」

翔真「…佐藤翔真です。」

愛花「びっくりしますよね。急に知らない人が家にいると。」

佐和子「えー?インターフォン鳴らせばよかったのに」

翔真「鳴らさないよ。自分の家なのに。」

佐和子「そ?」

翔真「前も言ったけどさ一応用心で鍵はしてて。」

佐和子「あれ?してなかった?」

翔真「してなかった。」

佐和子「気をつけますー」

愛花「あの、さわちゃん、そろそろ私」

佐和子「あ、ごめん。そっか!」

愛花「うん。」

翔真「すみません、お友達来てるのにながながと」

愛花「いいえ。お邪魔しました。」

佐和子「また連絡するね」

愛花「うん。花、デザイン考えとくね。」

佐和子「ありがと!じゃあ。」

翔真「…ごめん、業者さんとの打ち合わせだった?」

佐和子「ううん。友達なの、彼女。」

翔真「え、花のデザインって、式のでしょ?」

佐和子「そうだよー。式のお花全部お願いした。」

翔真「そっか。…仲良いの?」

佐和子「うーん。普通に仲良いよ。」

翔真「ふーん。」

佐和子「なに?」

翔真「なんかこう距離感が不思議でさ。」

佐和子「そう?中学の時からの仲だよ。」

翔真「なんとなく、さ」

佐和子「ん?」

翔真「由実に似てるなーって思って。」

佐和子「えー?愛花?」

翔真「顔とかじゃなくて、なんとなく」

佐和子「そうかなあ。」

翔真「うん。…なんとなく。」


……………………………………………………


譲「愛おかえり。」

愛花「…ただいま、譲。」

譲「…なんかあった?」

愛花「ううん。」


譲「夜ご飯適当に作っちゃった。ランチ何食べた?」

愛花「食べなかった。」

譲「え?原野さんと喧嘩した?」

愛花「ううん。してない。」

譲「…なんかあった?」

愛花「…」

譲「…シチューあっためるから、先に食べよっか。」

愛花「うん。」


譲N「僕と彼女は一緒に住んでもう5年が経つ。高校の時に知り合って、そのまま同じ大学へ行って。」


愛花「…幸せそうだった。さわちゃん。」

譲N「彼女は僕の恋人ではない。」

愛花「旦那さんも、かっこよくてさ。」

譲N「彼女にはずっと好きな人がいる。」

愛花「結婚…かあ。」


譲「式、ボイコットしちゃえば?」

愛花「ダメだよ。そんなことできない。」

譲「佐藤くん、だっけ?旦那さん」

愛花「そうだよ。」

譲「刺しちゃえ、後ろから。」

愛花「譲はすぐそんなこと言う。」


愛花「さわちゃんの幸せは、壊したくないんだよ。」


譲「そこに愛がいなくてもいいの?」

愛花「いいよ。…嫌だけど、いいよ。」

譲「…愛がいいならいいけどさ。」

愛花「はーあ。男に生まれてればよかったのにな。」

譲「そう?」

愛花「ううん。そんなことないか。」

譲「でもチャンスは増えるもんね。」

愛花「無理だよ。私、女友達でも1番になれないんだからさ。」

譲「…紗栄子さん?」

愛花「うん。紗栄子ちゃんにも勝てないし、恋人にもなれないし。さわちゃんの何かにはなれなかった。」

譲「愛は頑張ってると思うよ。」

愛花「全然。」

譲「ううん。佐和子さんだって、」

愛花「…」

譲「…、ほら食べよ?」

愛花「…うん。」


譲N「彼女の選ぶ性別は、どちらでもない。どちらでもよかったんだと思う。特別になれるなら、どちらでもよかったんだと思う。」


譲N「そんな彼女の特別に、僕はなりたかった。」


…………………………………………


翔真「お、譲、おつかれ」

譲「あ、久しぶり。商談?」

翔真「いや、コーヒー飲みたくて。」

譲「わざわざ社外まで?」

翔真「うん。息抜き」

譲「また上司と揉めたの?」

翔真「頑固なんだよー」

譲「はは。それは翔真もだと思うよ」

翔真「譲もな。」


譲「そういえば総務課の若い子、今年で総入れ替えだってさ。僕らが入社した頃いた社員みんな退職したって。」

翔真「え、ブラックなの?総務課」

譲「ううん。寿退社。」

翔真「ああ、じゃあいいだろ。」

譲「今度顔出してみて。引き継ぎも絶え絶えで凄いことになってるからさ。」

翔真「面白がってんだろ。」

譲「はは。」

翔真「性根が腐ってる。」

譲「いやでも本当に。最近結婚ラッシュだよな。」

翔真「…だなー」

譲「翔真は?ないの?浮いた話」

翔真「…俺、再来月結婚するわ」

譲「へー。翔真が結婚ねー。」


譲「え?結婚すんの?」

翔真「うん。」

譲「ま、前田さんと?」

翔真「それ元カノな。」

譲「…へー。」

翔真「会社には黙ってるからさ。」

譲「なんで?」

翔真「式呼びたくないから」

譲「へー。そりゃ僕も呼ばれないわけか。」

翔真「譲、そういうの嫌いだと思ってたからさ。」

譲「人が幸せになる瞬間が?好きだよ。」

翔真「じゃあ、来いよ。」

譲「え?再来月でしょ?席考え直さなきゃじゃん」

翔真「そこまで人数呼んでないし。大したことない」

譲「翔真はよくても、調整するの奥さんでしょ?」

翔真「席順は俺担当だから。」

譲「意外。手伝ってんだ。」

翔真「手伝うっていうか、俺の結婚式でもあるんだし普通じゃないの?」

譲「なんか翔真ってさ、勿体無いよね。その仏頂面さえなきゃもっと世渡り上手にやれそうなのに。」

翔真「悪口言ってるだろ。」

譲「褒めてんの。」

翔真「このまま昼飯行こうぜ。」

譲「え?今まだ11時だよ?」

翔真「いいだろ、譲もフロア抜け出してきてんだしさ。」

譲「僕は、」


着信音


翔真「ちょっと待って、」


翔真「もしもし、どうした?…ああ、いいよ。デザインは任せる。いや、本職とか関係ないから。webデザインとは違うって。骨組み考えてくれればいいからさ。あとは一緒に考えよう。うん。あ、俺もさ、一席増やしたくって。そう、友達。うん。佐和子もな。じゃあ」


譲「さわ、こ」


翔真「ごめん、彼女だった。」

譲「…」

翔真「譲?」

譲「し、翔真って苗字、佐藤だよね」

翔真「何今更言ってんの」

譲「…奥さん、さわこ、なの?名前」

翔真「ああ」

譲「…原野、佐和子?」

翔真「え、知り合い?元カノとかじゃないよな」

譲「…ああ、なんか、すごいな。」

翔真「おい、譲」

譲「知り合いの知り合いだよ。全く知らない。」

翔真「そ、そうか。」

譲「うん。全く知らない。」


翔真N「そう言った譲の顔は、酷く優しい歪んだ顔だった。」


………………………………………………


佐和子「もしもーし、さえちゃん?今休憩時間?…うん、この前由実と話してたんだけど席順なんか希望ある?」

佐和子「えー、立食っぽくしたかったんだけどさ、ご時世的に良くないっていうから席決めることにしたの。誰の横がいいとかある?」

佐和子「由実?やっぱり?由実も言ってた。礼は?多分娘さんと来ると思うよ?」

佐和子「あはは、わかった。考慮させていただきます」

佐和子「私のドレス姿びっくりすると思うよ。うん。ダイエット頑張ったんだから!…うん。じゃあまた連絡する。用事なくても連絡する!うん。またね!」


愛花「おわった?」

佐和子「うん。それで?デザインどう?」

愛花「うん、こんな感じはどうかな?」

佐和子「…可愛い!でも色合いは抑え目だね。」

愛花「うん。白いのも着るんだよね?」

佐和子「そうだよ」

愛花「カクテルドレスばっかりに合わせると浮いちゃうからさ。花よりさわちゃんがメインだから。」

佐和子「そっかあ!この白い花、可愛いね」

愛花「ブバルディア?」

佐和子「そんな名前なんだ。」

愛花「うん。花言葉は羨望とか」

佐和子「羨望…」

愛花「他にも、夢とか親交とかね、いろい」

(被せて)佐和子「それさ控室の出窓に飾れないかな、」

愛花「…さわちゃんの控室に?さわちゃんがしたいならできると思うよ?でもなんで?そんなにこの花気に入った?」

佐和子「そういうんじゃないけど。花言葉が気に入った。」

愛花「そう?」

佐和子「私のドレスさ、彼より先にさえちゃんがみる約束してんだよね。」

愛花「…そ、うなんだ」

佐和子「さえちゃんは私の憧れだからさ。羨望。似合うでしょ?」

愛花「そう、だね。」

佐和子「さえちゃんがこの花知ってるかどうかはわかんないんだけど、私がそうしたいからさ。」

愛花「うん、さわちゃんがそうしたいなら、」

佐和子「愛花が作ってよ。」

愛花「え、私?私はデザインまでしか、」

佐和子「できるでしょ?ブーケでも花籠でもいいからさ。」

愛花「でも、本職に任せたほうが」

佐和子「愛花が作って。友達でしょ?」

愛花「…う、うん。私でよければ」

佐和子「ふふ。ありがと。」

愛花「…どうして、私」

佐和子「だって、愛花私の趣味わかってるんだもん。」

愛花「ああ、」

佐和子「デザインは愛花がやったって、こう、細かい部分とかまでは言わないでしょ?」

愛花「まあ、」

佐和子「とびっきりの出窓にしたいの。その花で。」

愛花「…わかった。さわちゃんの為なら、」

佐和子「ありがと!さすが愛花。」

愛花「う、うん。」


愛花N「どうして私が。紗栄子ちゃんのために。喉につかえたままの言葉は、さわちゃんと別れた後、一緒に食べたサンドイッチと一緒にトイレに流れていった。」


愛花N「私は、何にもなれない、一生種のままだ。」


…………………………………………………


愛花「おか、えり。」

譲「ただいま。」

愛花「早かったね。」

譲「うん。仕事ボイコットした。」

愛花「しないくせに。」

譲「テイクアウトしてきちゃった。」

愛花「…私が変なメッセージ送ったから?」

譲「ううん。ちがうよ。帰りたかったしさ。」

愛花「…ごめん。」

譲「ほら、プリン買ってきた。食べよ。」


愛花「何プリン?これ。」

譲「かぼちゃ。」

愛花「おいしい。」

譲「愛かぼちゃのお菓子好きでしょ。」

愛花「うん。すき。」

譲「うん。」

愛花「譲は私のことよく知ってるね。」

譲「まあ、その辺の男よりは愛のこと知ってるよ」

愛花「…よかった。譲もずっと片想いだから話しやすい。」

譲「…うん。」

愛花「私、男に生まれてたらよかったのかな。」

譲「…」

愛花「でもどうせだめだね。友達でも一番になれないんだからさ。恋人なんてきっと無理だよ。」

譲「愛はいつもそう言うね。」

愛花「え?」

譲「佐和子ちゃんとなんかあった時。いつもそれ言う」

愛花「だってさあ」


愛花「だって、ダメなんだあ。私、何にもなれないんだもんなあ。」

譲「愛だって佐和子ちゃんの友達じゃん。」

愛花「それじゃダメなんだよ。強欲だって思うけどさ、特別になりたいんだよ。友達なんてたくさんいる中の内の1人でしょ。そんなんじゃ、そんなんじゃさ」

譲「愛…」

愛花「嫌われるほうが、マシだよ。」

譲「…」

愛花「…やっぱりやだ。嫌われるくらいなら死にたい。」

譲「僕が一緒に死んであげるよ。」

愛花「え」

譲「嫌だろ?じゃあ一緒に生きてよう。」

愛花「うん」

譲「…大丈夫だよ。」

愛花「うん」

譲「うん」


譲N「特別になれない僕の心はずっと、黒くて重たい何かでいっぱいだった。」


愛花N「毎朝カレンダーにバツを書くという日課を今日からやめた。さわちゃんの結婚式、そう書いた日に近づく度、自分の罰を思い知らされるようで。」


…………………………………………………


翔真N「会社の同期の槙野譲は、自分から見ても達観しているような人間だった。腹黒くて賢くて優しくて、でもどこか他人行儀がすぎる。」


譲「このデザインいいね。翔真のデザインはいつも目を惹くよ。」


翔真N「他人への無関心。ドライな性格だからこそ、俺も楽だったところはある。ただ、たまに見せる寂しそうに伏せた目が他人に触れさせないこいつの部分を物語っていた。」


譲「…なに?顔になんかついてる?僕」

翔真「いや。綺麗な顔してるなーと思って。」

譲「…熱でもあるの?」

翔真「なんでもない。」


翔真「譲モテるだろ。」

譲「いや、性悪なの知ってんじゃん。モテないよ。」

翔真「彼女は?」

譲「いないよ。もう5年はいないかな。」

翔真「意外。好きな子いないの?」

譲「…いるよ。もう5年になるかな。」

翔真「へー。仲良くないわけ?」

譲「仲良いよ。一緒に住んでるし。」

翔真「は?付き合ってんじゃないの?」

譲「うん。そういう仲じゃないんだよね。」

翔真「…好きなのに?」

譲「僕はね。」

翔真「相手は?」

譲「別に好きな人がいるよ。」

翔真「なのに一緒に住んでんの?」

譲「そう。」

翔真「…なんで?」

譲「…なんでだろ。」

翔真「…譲ってさ。前からちょっと思ってたけど、変だよな。」

譲「そう?」

翔真「うん。俺は好きだけど、変。」

譲「はは、告白?」

翔真「はは。」


譲「彼女ね。」

翔真「うん。」

譲「女の子が好きなんだよ。」

翔真「…うん」

譲「というか、好きになった子がたまたま女の子だったってだけなんだけどね。」

翔真「…そっか。」

譲「驚かないんだ。」

翔真「知り合いにいるからさ。同性が好きってやつ。」

譲「そっか。」

翔真「…いいわけ?このままで。」

譲「いいよ。僕は。このままで。」

翔真「一生1人?」

譲「うん。それでもいい。」

翔真「…」


譲「僕ね、すっごい狡いからさ。彼女の好きな人が届かないくらい遠くに行ったときに、そばに居ればチャンスあるんじゃないかってさ。」


譲「ずっと叶わなきゃいいのにって、ずっと思ってんの。好きな人が不幸になるように願ってんだよ…ああ、言葉にすると酷いなあ。でも事実なんだよね。」


譲「彼女、嫌われるくらいなら死にたいっていうんだよ。じゃあ一緒に死んであげようか、って言っちゃったんだよね。でも、彼女のためなら僕は死ねるよ。冗談じゃなくて、本当に。」


翔真N「そう話す譲の顔は、穏やかで悲しそうだった。俺は、この顔を知っている。叶わない人を思い続ける感情を俺は知らない。ただ、この顔が目に焼きついた。」


……………………………………………


佐和子「ね?愛花。」

愛花「うん。さわちゃん好きそう。」

佐和子「でしょ?かわいい。」

愛花「このピンクの花も添えたらどうかな?」

佐和子「あー。なんか、私すぎてやだ」

愛花「え?そう?可愛いと思うけど」

佐和子「こうさ、新しい自分っていうか、新しい名字だし今までの自分とはちょっと違うぞっていうのにしたいんだよね。」

愛花「…そ、そっか。じゃあ、」

佐和子「これは?この黄色い花」

愛花「あ、フリージアね」

佐和子「こんな元気な色も入れて?」

愛花「…じゃあ、これは?」

佐和子「んー?」

愛花「同じ黄色なんだけどさ。」

佐和子「…わあ、バラ?」

愛花「うん。」

佐和子「可愛い!色もビタミンカラーだし!これにして?」

愛花「…うん。」


愛花N「黄色いバラがどんな毒を持っているかなんてさわちゃんは死ぬまで知らなくていい。」


翔真「お疲れ様。コーヒー買ってきたから、休憩しなよ。柳瀬さんも。」

佐和子「わー!ありがとう!これ何?」

翔真「キャラメルなんとか。よく頼んでるやつ。」

佐和子「やったー!」

愛花「すみません。気を遣わせてしまって。」

佐和子「いいの!だって私だけの結婚式じゃないんだからさ!」

翔真「佐和子の言う通りです。」

愛花「あはは、ありがとうございます。」

佐和子「ね、私さこの花さえちゃんに写真撮って見せてもいい?」

翔真「わざわざ柳瀬さん来てくれてるんだからさ、今じゃなくても」

愛花「いえ、いいですよ。休憩してますし」

佐和子「愛花ありがと!電話してくる!」


翔真「…すいません。」

愛花「いいえ。さわちゃん、紗栄子ちゃんに目がないですもんね。昔からです。」

翔真「会ってる回数とか連絡取ってるのは柳瀬さんの方が多い気がしますけど。」

愛花「はは、たしかに。紗栄子ちゃん、忙しいですからね。」

翔真「柳瀬さんも忙しいでしょう」

愛花「そんなことないですよ。」

翔真「俺見に行ったことありますよ?展示会。」

愛花「あ、そうなんですか?ありがとうございます。」

翔真「お名前が全然違うから最初気付かなかったけど。」

愛花「そうですね。“巌水燈”(いわみず あかり)なんて全然かすってもないし。」

翔真「俺が知ってるくらいだからデザイン界では有名だと思いますよ。」

愛花「はは、そうですかね。」

翔真「…」

愛花「…」


愛花「さわちゃんは、」

翔真「?」

愛花「さわちゃんはお家ではどうですか?」

翔真「あー。家でもあんな感じですよ。好きなものに一直線で。でも案外器用ですよね。分別のできる人だと思ってます。」

愛花「手料理作ってもらったりとか、」

翔真「ああ、料理はお互いに。」

愛花「お掃除とか洗濯は」

翔真「それもお互いに、」

愛花「…そうですか。」

翔真「してもらってばかりのように見えますか?」

愛花「あ、いえ!普通はそうなのかと思いまして。」

翔真「近頃は大分多くなったんじゃないですか?共働きの生活の仕方です。」

愛花「そう、なんでしょうか。」

翔真「…男の人は、気が利かないイメージ?」

愛花「あはは、多少は。そう思ってるのかも。」

翔真「佐和子が、心配ですか?」

愛花「幸せになってくれるなら、いいんです。」

翔真「絶対っていう綺麗事は言えませんけど、幸せになりますよ。多分。」

愛花「はい。お願いします。」

翔真「はい。」


翔真「あの。俺、すっごく失礼なこと聞いてもいいですか?」

愛花「なんですか?」

翔真「柳瀬さんって、佐和子のこと好きですか?」

愛花「…え、…へ?あの、や、え?」

翔真「…」

愛花「いや、す、好きですよ!友達として。…はい」

翔真「今どんな気持ちですか?」

愛花「へ?」

翔真「今、嘘つきましたよね。柳瀬さん自身に。」

愛花「いや、その」

翔真「俺の身近にもそういう人いるんで、分かるんです。柳瀬さんの佐和子を見る目とか、なんとなくそいつに似てて。」

愛花「…」

翔真「引いてるとか、遠ざけようとか、そういうふうに思ってるわけじゃなくて、その、本当にこのままでいいのかって思ってて。」

愛花「…いいんです。」

翔真「俺、前付き合ってた彼女に浮気されたんです。結構長い期間付き合ってたのに、その内半分以上別の人が好きだったんですよ。」

愛花「ひどいですね。」

翔真「被害者側から見れば、ですね。でもそのことに気づかなかった俺もいけないと思うんです。誰に言っても同情しかされなくって。」

愛花「普通はそうですよ。」

翔真「本当にそう思ってますか?」

愛花「え?」

翔真「柳瀬さんは、佐和子の話以外どうでも良さそうにみえるんです。」

愛花「あ、すみません。そういうわけでは」

翔真「たしかに友達の彼氏の話なんてどうでもいいとは思いますが。」

愛花「そんなこと、」

翔真「どうでもいい与太話として、聞いてください。」


翔真「柳瀬さんは佐和子に没頭してるんでしょう。こんなこと言うと怒られるかもしれませんが、俺は佐和子が好きで結婚するわけですけど、没頭しているわけではありません。佐和子もきっとそうです。俺たちはお互い同じ距離感で心地いいから一緒になるんです。」

愛花「はい。」

翔真「佐和子も特段俺じゃなくてもよかったのかもしれません。俺も同じです。でも柳瀬さんは違いますよね」

愛花「…」

翔真「柳瀬さんは、佐和子でないといけないんじゃないですか?人にそれだけ没頭できるっていうのは特別なことだと思います。だからこそ、思うんです。このままで本当にいいんですか?」

愛花「…いいんです。」

翔真「…まだ、間に合いますよ。」

愛花「…いい、んです。私は、私は、さわちゃんの特別になりたかったのは確かです。でも、幸せになってくれれば、いいんです。」

翔真「でも、」

愛花「いいんです。よくないけど、もう、いいんです。私は。」

翔真「…」

愛花「だから、綺麗事でいいから、絶対幸せにするって、言ってください。」

翔真「…式の後、俺は人生最後の煙草を吸います。」

愛花「へ?」

翔真「その間、控室には佐和子が1人でいます。」

愛花「あの、」

翔真「柳瀬さんは花を片付けに行ってください。その間、誰も部屋には入れません。絶対、約束します。」

愛花「佐藤さ」

翔真「特別を、諦めて欲しくないんです。俺。」

愛花「っ、」


佐和子「何話してるのー?あ!何泣かしてんの!愛花何言われたの?」

翔真「いや、俺の元カノの話してて。」

愛花「っ、…びっくりしちゃって、」

佐和子「ああ、それね。」


佐和子「8年も付き合ってたのに、そのうち3年間は浮気してたんだっていうんだもん、びっくりするよね。」

翔真「もういいから。」

佐和子「それも、女の子に盗られたんだよ!」

愛花「え」

佐和子「いい男に盗られるならまだしも、女の子に彼女盗られるなんてびっくりでしょ」

愛花「…」

翔真「…さ、そろそろ準備再開しようか。」

佐和子「そだね。各テーブルの花はどんな感じ?」

愛花「…あ、うん、えっと、」


………………………………………………………


譲N「さわちゃんの結婚式。小さく書かれた文字。その日は変わらずやってきた。相変わらず彼女は毎日白い花を生け、毎日同じ距離感のまま生きていた。」


愛花「え?譲今日休みじゃなかった?」

譲「うん。」

愛花「何でスーツ着てるの?」

譲「結婚式行くんだ。」

愛花「偶然、そんなこと今日まで言わなかったのに。」

譲「うん。」

愛花「え、それ、喪服?」

譲「ん?」

愛花「その黒、いつものスーツじゃない。」

譲「…うん。」

愛花「…結婚式でしょ?よくないよ。あのストライプのスーツにしたら?」

譲「いや、いいんだ。同世代の式だから、色合いなんて気づかないよ。」

愛花「でも…」

譲「ほら、ネックレス貸して?つけてあげるから。」

愛花「うん。」


譲N「濃紺のワンピースに2連のパール。普段より長いまつ毛の奥で薄い涙の膜が揺れていた。」


愛花「…さわちゃん、結婚するんだなあ。」

譲「準備ずっと付き合ってたじゃん。」

愛花「…実感してる。今ようやく。」

譲「嘘つき」

愛花「嘘じゃないよ。」

譲「今日中止になればいいって思わなかったの?」

愛花「…思わないよ。」

譲「あの花籠。完成したの?」

愛花「うん。さわちゃんの控え室に置くんだって。」

譲「随分時間かかってたね。」

愛花「…うん。」

譲「…綺麗だよ。」

愛花「ブバルディアっていうの。」

譲「十字架みたいな花だね。」

愛花「花嫁の為の花だよ。」

譲「何の罪を背負うの?」

愛花「…さわちゃんは、何も背負わないよ。」

譲「狡いね。」

愛花「…譲。」

譲「ごめん。」


愛花「行かなきゃ。」

譲「うん。」


………………………………………………


佐和子N「白いドレスが映えるように。愛花の生けた花達で溢れたバージンロード。グリーンに咲くかすみ草と黄色いバラ。トレーンの長いドレス。パイプオルガンの歌う賛美歌。」


佐和子N「牧師さんの柔らかな声。隣に立つ彼。」


翔真「誓います。」


佐和子N「バレないようにそっと振り返ると、鮮やかな青が優しく揺れた。前を向け、そういう仕草にホッとする。ちゃんと来てくれた。私の大好きな彼女。」


佐和子「誓います。」


佐和子N「私はつまらない幸せを、神に誓った。」


…………………………………………………


翔真「お、お疲れ。」

譲「はは、素敵な結婚式だったね。」

翔真「デザイン凝ってたろ?」

譲「さすが巌水燈を呼んだだけあるね。」

翔真「…知ってたんだ。」

譲「うん。翔真こそ。」

翔真「うん。」

譲「…てか何してんの。」

翔真「煙草。」

譲「吸わないじゃん。普段」

翔真「うん。」

譲「一本吸う?」

翔真「うん。」


譲「何浮かない顔してんの?幸せの絶頂は?」

翔真「そんなのないよ。絶頂なんて味わったら急降下待ってんだろ。」

譲「ネガティヴ。」

翔真「うるさい。」

譲「佐和子さんは?」

翔真「控え室。」

譲「一人で?」

翔真「いや、2人。」

譲「紗栄子さん?」

翔真「ううん。」


翔真「柳瀬さんと2人。」

譲「…っ、」

翔真「動揺した?」

譲「なに」

翔真「譲のそんな顔、初めて見た。」

譲「…」

翔真「俺は、人に執着できないからさ。お前達の気持ちは分からないけど、こんな関係よくないよ。」

譲「…ほっとけよ。」

翔真「…」

譲「諦めてんだろうが。愛は。」

翔真「…」

譲「だから、それでいいんだよ。」

翔真「よくない。」


翔真「よくないんだよ。このまま、佐和子の為だけに生きてちゃ、よくないんだよ。」


翔真「な、譲。」


翔真「お前も、諦めるなよ。」


………………………………………………………


愛花「…さわちゃん」

佐和子「愛花!今日はありがと」

愛花「とっても綺麗だったよ。」

佐和子「愛花の花も!とっても綺麗だった!」

愛花「よかった。」

佐和子「この花籠もね、さえちゃんに自慢しちゃった!めちゃくちゃ綺麗だってさえちゃんも言ってたよ。」

愛花「…よかった。」

佐和子「ふふ。二次会いくでしょ?」

愛花「あ、うん。」


愛花「…ねえ。さわちゃん。」

佐和子「んー?」

愛花「変なこと、聞いてもいい?」

佐和子「なにー?」

愛花「もし、女の子から好きだって言われたらさ、付き合ってたと思う?」

佐和子「えー?私が?」

愛花「うん。」

佐和子「うーん。言われたことないから分かんないけど、好きだったら付き合ってたと思うよ。」

愛花「そ、う、なんだ、」

佐和子「うん。」

愛花「あのさ、さわちゃん」

佐和子「あ、でも」


佐和子「付き合うなら、さえちゃんがいいな。」


愛花「…」

佐和子「だって私が男の子だったら絶対アタックしてるもん。」

愛花「…本当に紗栄子ちゃん好きだね」

佐和子「そうだよ。私にとって特別なんだもん。さえちゃんは。」

愛花「…そっか。」


佐和子「ねえ、愛花。私も変なこと聞いてもいい?」


佐和子「私わがままばっかり愛花に言ってるけど、嫌いになったりしないの?」

愛花「…しないよ」

佐和子「…なに、泣いてるの?」

愛花「さわちゃんが綺麗だったなあって。」

佐和子「そ、う」

愛花「私、さわちゃんが好きだからさ。嫌いになったりしないんだよ。」

佐和子「ふふ、ありがと。」

愛花「好きだよ、さわちゃん」

佐和子「告白みたいだね。」

愛花「そうだね。」

佐和子「これからも一緒に遊んでくれる?」

愛花「…うん、」

佐和子「巌水展、観に行くから。」

愛花「…ありがとう。」


愛花「私、花片付けてから二次会行くね」

佐和子「あ、それも愛花がやるの?スタッフじゃなくて?」

愛花「ここは私が勝手に飾ったことになってるから。」

佐和子「そう?じゃあ先に行くね。」

愛花「うん、またあとでね」

佐和子「うん、じゃあ。」


愛花N「窓際の白い花が嘲笑っているような気がした。」


…………………………………………………


譲「あ、」

佐和子「あ」

譲「どうも。」

佐和子「夫の、友人の、」

譲「槙野です。」

佐和子「ああ。今日はありがとうございました」

譲「こちらこそ素敵な式をありがとうございます」

佐和子「夫をお探しですか?」

譲「いえ、翔真くんとはさっきまで、」

佐和子「ああ、じゃあ」

譲「愛花さんを。探してて。」

佐和子「愛花?」

譲「はい。」

佐和子「愛花のお知り合いなんですか?」

譲「はい。同居人でして。」

佐和子「えー!偶然ですね!」

譲「はい。僕も驚きました。」

佐和子「彼氏さん?」

譲「いえ、」

佐和子「愛花全然言ってくれないんだもん!」

譲「いや、あの」

佐和子「今度4人でご飯でも食べましょ?」

譲「…ええ。」

佐和子「あ、愛花なら控え室で片付けしてくれてますよ。」

譲「そう、ですか。」

佐和子「私先に出るので、どうぞ。」

譲「はい。」



譲N「扉を開けると、白い花びらが引きちぎられ土が床に散乱した部屋の真ん中に濃紺がうずくまっていた。」


譲「愛。」

愛花「っ、」

譲「片付けしてるんじゃなかったの?」

愛花「わ、たし」

譲「うん」

愛花「この花ね、っ紗栄子ちゃんに見せるために作ったんだよ」

譲「…うん」

愛花「私が紗栄子ちゃんだったらね、結ばれてたんだ」

譲「うん」

愛花「なれなかった、」

譲「…」

愛花「私じゃ、なれなかった」

譲「愛。」

愛花「譲、私じゃダメだった」


譲「愛。僕ね」


譲「愛が好きだよ。」


譲「ずっと、愛が好きだったよ。」


愛花「ゆ、ず」

譲「ずっと愛の特別になりたかった。」

愛花「…やめ」

譲「愛してるよ。」

愛花「やめて」

譲「愛してる」

愛花「やめてよ!」

譲「愛。」


愛花「…しにたい」

譲「うん。」

愛花「譲」

譲「うん。」

愛花「ねえ」

譲「なに?」

愛花「一緒に死んでくれるんでしょ」

譲「…いいよ。」

愛花「溺死がいい。」

譲「うん。」

愛花「最期くらい満たされて死にたい」

譲「僕が満たすよ。」

愛花「っ、」


譲「愛花。いこう、」

愛花「…ごめんね」


……………………………………………………


譲N「巌水展最終日、甘ったるい香りの底に腐臭が漂うフロア。真っ赤なワンピースを着て彼女は立っていた。」


愛花N「あの日、踏みつけたブバルディア。私が溺死するには十分な理由だった。」


翔真N「彼女は何も知らない。スマホを片手に無邪気にこう言う。」


佐和子「愛花も赤似合うね」

愛花「さわちゃん、この花覚えてる?」

佐和子「この枯れた花?」

愛花「うん。」

佐和子「わかんない。」

愛花「ふふ、」


愛花「枯れない花なんてないもんね。」

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愛の溺れかた 有理 @lily000

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